諜報員と悪魔祓師
惨劇を目の当たりにした両親は子どもの養育を拒否。その結果、教会に預けられた後、子どもの才能に目をつけた政府によって極秘諜報局の諜報員として育てられた。
五年後。
子どもは十一歳の少年へと成長していた。
黒い服で全身を包み、大きなムーンライトブルーの瞳は無造作に伸ばされた淡い金髪で隠されている。そして整った顔立ちは性別を曖昧にしていた。
市外が見渡せるビルの最上階近く。少年が歩く廊下の窓からは今にも雨が降り出しそうな空が見える。
少年はドアの前に立ち止まると軽くノックをして名乗った。
「月です」
「入れ」
少年が無言で部屋に入る。
その様子をたまたま通りかかった二人組みの男が見ていた。
一人は二十代でTシャツ、ジーパンといったラフな姿だが、もう一人は四十歳前後でマネキンのようにスーツを着込んでいる。
二十代の男が四十歳前後の男に質問をした。
「どうして、あんな子どもがここにいるんですか?」
「あぁ、おまえは入ったばかりだから知らないか。月という名前は聞いたことあるか?」
「噂は聞いたことありますが……まさか?」
その言葉だけで意味を悟り驚いた表情をした二十代の男に、四十歳前後の男は同感するように頷いた。
「その、まさかだ。あいつには迂闊に近づくな。仕事の詮索もするな。ヴァチカンのお気に入りでもあるかなら」
「はぁ……」
半信半疑で頷く二十代の男に四十歳前後の男は共感するように言った。
「初めはそう思うだろうが、そのうち分かるさ。あいつとだけは仕事をしたくない」
「したことがあるんですか?」
興味津々の二十代の男に四十歳前後の男は苦笑いを向けた。その顔は思い出したくもない、と言葉よりも雄弁に語っている。
「行くぞ」
四十歳前後の男は少年が入った部屋から逃げるように廊下を歩き出した。
窓のない部屋で二人の人間がテーブルを挟んで椅子に座っている。
「……おい、聞いているのか?」
不信そうな声に少年が長い前髪をかきあげながら答える。
「聞いている」
大きなムーンライトの瞳は眠たそうに半分閉じられ、口は人を小ばかにしたように笑っている。
「これを取ってくればいいんだろ?」
少年がビロードの机の上に置かれた写真を指差す。
少年と向かい合うように座っている男が数枚の資料を出した。
「取引の場所と日時はここに書いてある。これはヴァチカンからの依頼だ。くれぐれも……」
「英国諜報員の痕跡を残すなって言うんだろ。わかっている」
少年は資料を手にとると、数秒眺めただけで机の上に放り投げて呟いた。
「悪魔祓師としての依頼か……」
悪魔祓師。
科学の発達した現代、そして最先端科学を使って仕事をしている極秘諜報員とは対極の仕事内容。
だが、それをこなせる力を持っているがゆえに少年はヴァチカンのお気に入りと言われている。
「用件は以上か?」
少年の無関心な声に男も冷めた声で答える。
「そうだ」
「わかった」
少年は資料と写真を机の上に置いたまま部屋を出て行った。