半年後
超高級のホテルを巡る流浪生活を終え、セキュリティーや環境など朱羅が提示した全ての条件を満たしたマンションに引越しをしたのは、事故から半年近く経った頃だった。しかも条件が条件だったため、そのマンションはやはり超のつく高級マンションだ。
その地下には射撃場があり、そこからパン、パンと大きな乾いた音が響いていた。そこには逆立った茶色の髪に琥珀の瞳をゴーグルで隠したディーンの姿がある。
銃声がするたびにディーンの体は衝撃に軽く揺れていた。両手には二十センチに満たない小さな銃が握られ、次々と現れる的の中心を打ち抜いていく。朝食後の射撃の練習がディーンの毎日の日課となっていた。
朱羅はマンションを選ぶ条件の一つとして射撃の練習場があることを提示していたため、このマンションの地下には射撃場がある。
ただ朱羅は自分が練習するために提示したのだが、実際は忙しい朱羅に代わりディーンが主に使用している。
銃の反動とは違う微かな振動にディーンは手を止めて銃をテーブルに置いた。胸のポケットに入れていた携帯電話が鳴っている。
ディーンがヘッドホンを外して携帯電話に出ると、聞きなれた声が簡潔に用件を言った。
「ああ。すぐに行く」
それだけ言って電話を切ると、ディーンは銃に弾を補充して胸と腰のホルターに収めた。
それから駐車場へ移動すると、車の前にリルと朱羅の姿があった。
「悪い、待たせた」
「いえ。いつもご苦労様です」
にこやかなリルに対して、朱羅は無言だ。
流浪生活をしていた半年の間に誕生日を迎えて六歳となった朱羅だが、相変わらず外見と中身のギャップは埋まらない。憮然とした顔は玩具を買ってもらえなくて拗ねているようにも見えるが、実際は朝に弱くて完全に目が覚めていないだけなのだ。
ディーンは当然のように言いながら運転席に乗り込んだ。
「毎日しないと腕が落ちるからな。おまえも、たまには練習したらどうだ?」
「そうですね。今度、時間があるときにでも」
そんな会話とともに静かに防弾仕様のベンツが動き出す。
今日は朱羅が買いたい物があるいうことで、外出することになっていた。平穏な生活で忘れがちだがディーンとリルは朱羅専属のSPであり、護衛が仕事である。けっして家事をすることや喧嘩をすることが仕事ではない。
二十分程のドライブのあと、駐車場に車を止めて三人はショッピング街を歩きだした。
どう見ても兄弟にも親子にも見えない三人はある意味目立つ存在だったが、そんなことを気にする本人達でもない。
「だいぶん暖かくなってきたな」
ロングジャケットを羽織ったディーンが若葉の生え出した木々を見る。リルもショーウインドウを見ながら言った。
「そうですね。そろそろ朱羅の春服も買いましょうか?」
その言葉に朱羅とディーンの表情が固まる。
朱羅の脳裏に以前、服を買ったとき一日かけて着せ替え人形にされた記憶がよみがえる。そして、その光景を見ながら永遠と待たされたディーンも。
「遠慮する」
「やめてくれ」
珍しく二人の声が重なる。だがリルは、
「朱羅は去年の服では小さいですから、新しい服を買いましょう。あと、ディーンのも買いますよ。服の数が少ないんですから。特にスーツの数が少なすぎます」
と二人の意見を軽く無視した。
リルの言葉に思わず朱羅とディーンが顔を見合す。今まで二人の意見が合うことはなかったが、この時ばかりは一致した。何も言わなくてもお互いの考えていることが分かる。
二人は視線だけで合図をすると、同時に走り出した……が、リルの方が一枚上手で、一瞬先に二人の襟首を掴んだ。
「はい、行きますよ」
リルは細腕からは考えられないほどの強い力で朱羅とディーンの動きを止めると、二人を引きずるようにブディックショップへ入っていった。




