雪山
墜落事故から二ヶ月。
爆発して黒く焼けた機体は検証のために撤去され、雪が全てを白く隠していた。だが折れた木々や木に突き刺さった機体の破片により、ここが墜落現場であることが分かる。
二ヶ月前は警察やマスコミで賑わっていたが、今は人影どころか動物の気配さえなく、静まりかえっていた。
膝まで積もった雪の中を歩いていた朱羅が足を止める。
「ここだ」
リルも朱羅の隣で足を止めて、雪に覆われた足元を見た。
「ここ……ですか」
リルは跪くと両手で雪を掴んだ。雪が両手の中で水へと溶けていく。
リルはそのまま無言で雪をかきわけ始めた。
始めはかき分けやすい新雪だったが、次第に硬い古雪へと変わる。だがリルの手は止まらない。氷のように固まった雪をかきわけ、深い穴を掘り続けていく。
そのうち指からは血が流れ、白い雪を赤く染めていった。
「おい」
ディーンが声をかけるが、リルの手は止まらない。
「……イラ……」
「ん?」
聞き取れなかったリルの呟きを聞き取ろうと、ディーンが首を傾げながら屈む。
「……レイラ……レイラ……」
リルは隣にいるディーンを無視して、ひらすら呟きながら手を動かし続ける。
その様子にディーンは立ち上がると、リルの腕を無理やり引っ張って立ち上がらせた。
「いいかげんにしろ!」
今にも崩れ落ちそうなリルの体をディーンが支える。薄い蒼の瞳は虚ろでディーンの言葉も聞こえていないように白い雪を茫然と眺めている。
「おまえ……」
と、言いかけたところでディーンの言葉が止まった。
「……?」
リルの前に半透明な手が伸びてきた。整えられた爪と細い指で女性の手だと分かる。
その手に導かれるようにリルは顔を上げて、そのまま固まった。
「レイラ……」
短い赤い髪に穏やかな茶色の瞳。背が高く引き締まった体はその先にある景色が透けて見える。
『なんて顔してんのよ』
女性はどこか笑っているような呆れた表情をしていた。
「レイラ」
リルが手を伸ばすが触れることなく女性の体を突き抜ける。
「レイラ!」
リルは足に力を入れて一歩踏み出した。
レイラと呼ばれた女性が優しく微笑んで迎える。リルは決して触れることのできない愛しい女性を包むように抱きしめた。レイラも半透明な手をリルの背中にまわす。
『……リル』
その茶色の瞳からは落ちることのない涙が溢れている。
白い雪に囲まれた銀世界。木漏れ日が光のカーテンのように二人を照らし、リルの姿も霞んで見える。
現実では決してありえない、死者との抱擁。
その映画のような光景にディーンの背筋に悪寒が走った。寒さのせいだけではない。体を雷に貫かれたような、恐ろしいのに目が離せない美しさに全身が痺れる。
「なんだよ、これ」
我に返ったディーンの足が思わず一歩下がる。
「動くな」
最近聞くことが多くなった声に忠告されて隣を見ると、朱羅が水晶のネックレスを外して両手で握り締めていた。翡翠の瞳はしっかりと閉じられている。
「一体……」
ディーンはそこまで言って、異様な気配に気づいて視線だけを周囲に向けた。
ドーム型の薄い膜のようなものが周囲を包んでいる。しかも薄い膜の上には薄暗い何かが漂っている。それも一つや二つではなく、徐々に数が増えている。
「なんなんだ?」
再び足を動かしそうになるディーンに朱羅が余裕のない声で言った。
「動くな。黙ってろ」
「あ?」
ディーンが文句を言おうと隣を見ると、朱羅はこの寒さの中で額から汗を流していた。熱気が朱羅を包んでいる。
普通ではない朱羅の雰囲気に、ディーンは黙ってリルの方を見た。




