幻想
静かな追悼が始まって小一時間。
一本目のボトルを空にしたところでディーンが朱羅の寝室を見た。
「お、悪ガキが帰ってきたな」
「そうですね」
リルの頬は少しだけ赤くなっているがディーンの顔に変化はない。
ウォッカでありアルコール度数も決して低いわけではないのだが、二人に酔っている様子は見られない。
「食事の準備をしてきます」
「真面目だな。その前に、あいつに言うことがあるだろ」
「食事が先ですよ」
そう言ってリルがキッチンへ入る。
「甘いな」
ディーンはグラスに残っていたウォッカを一気に飲み干すと、朱羅の寝室の前に立った。
「おい、入るぞ」
そう言うと同時にディーンがドアを開ける。すると、電気が点いていない真っ暗な部屋の中で窓辺がぼんやりと白く光っていた。
「……ぁ?」
見間違えかとディーンは自分の目をこすって、もう一度見た。だが、やはり窓辺が白く光っており、その中心には朱羅がいた。
しかも普段は翡翠である瞳がアイスブルーになっていて、朱羅の背中からは、白い光のもとである半透明の大きな白い翼が生えている。
「なっ?」
その姿を見たディーンが慌ててもう一度、目をこする。
次に目を開けたときは、寝室は真っ暗になっており窓の外のネオンの光が微かに室内に入ってくる、いつもの光景だった。
「あれ?」
ディーンがキョロキョロと室内を見回していると、朱羅が何事もなかったように無言で横を通り過ぎた。
「あ、ちょっと待て!」
ディーンが声をかけたときには朱羅は部屋から出ており、食事を用意したリルが話しかけていた。
「どうされました?」
「……シャワーを浴びてくる」
スタスタと浴室に行く朱羅の後ろ姿を見ながらディーンが首を傾げる。
「あいつ……なんなんだ?」
寝室から出てきたディーンの呟きにリルは答えることなくテーブルの上に食事の準備をしていく。
「おい、なんか知ってるか?」
ディーンの質問にリルは準備している手を止めることなく答える。
「そのうち少しずつ知っていくようになると思いますよ」
「おまえは知っているのか?」
「全ては知りません。どこまで知っているのかも分かりません」
「おい、おい」
ディーンの呆れた様子にリルは手を止めて顔を上げた。
「ですが、大切なことは〝知ろう〟と思わないことです」
「は?」
ますます困惑するディーンにリルは綺麗に微笑んだ。
「私達は私達の仕事をする。それだけで十分です」
それは分かっているが、人間には知りたがる、という本能があり、それはディーンにも当然ある。
「納得いかねぇ」
ディーンのふて腐れた子どものような声にリルが笑った。
「そのうち分かりますよ。あなたもアクセリナ様に選ばれて、ここにいるのですから。理解はできなくても納得できるようになります」
「……おまえもそうだったのか?」
その問いにリルは言葉でなく微笑むだけで答えた。その微笑みに負けたディーンは仕方なく頭をかきながら食事に視線を向ける。
「ここで食べるのか?」
いつも朱羅は自分の寝室で食事をする。そのため、ディーンは朱羅が食事をリビングで食べるどころか、食事をしている風景さえ見たことがない。
リルは食事の準備を再開しながら言った。
「たまにはいいでしょう。食事をしながらのほうが話しやすいですし」
「話があるのか?」
いつの間にかリビングに戻っていた朱羅が濡れた髪をタオルで拭きながら歩いてくる。瞳はいつもの翡翠色に戻っていた。
リルがいつもの穏やかな雰囲気のままテーブルに並べた食事を勧める。
「はい。ですが、先に食事をどうぞ」
朱羅は平然と椅子に座ると黙って食事を始めた。
リルはその姿を見ながら朱羅と向かい合うように椅子に座る。そして、ディーンは少し考えた後、離れたソファーに座って二人の様子を傍観することにした。
リルは食事をしている朱羅を見ながら口を開いた。
「お願いがあります」
リルからの珍しい発言に、朱羅が顔を上げて目線だけで言葉の続きを促す。そのことを察したリルが控えめに言った。
「数日、休みを下さい」
「それは俺の管轄ではない」
バッサリと切られるがリルはかまわずに理由を話す。
「事故現場を見に行こうと思います」
朱羅は手を止めてじっくり五秒は考えた後、リルを見た。
「なら休みを取る必要はない。俺も行く」
「……いいのですか?」
リルの困惑した様子に朱羅は口角を少し上げた。それは微笑んでいるつもりなのか、笑顔を作ろうとしているのか、とにかくディーンが初めて見る朱羅の笑顔のようなものだった。
「ああ。帰りに母がいる病院にも寄りたい。……俺もいい加減、腹をくくらないといけないからな」
どう考えても五歳児の言葉ではないが、傍観していたディーンには、しっくりときた。
それは朱羅の落ち着いた雰囲気からか、愁いをおびた翡翠の瞳のためか。それとも、先ほど見た幻想的な光景が脳裏に浮かんだからか。
そしてディーンの中にあった朱羅に対する文句は、いつの間には消えていた。




