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もと天使たちの過去話  作者:
翡翠が求めるもの

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リルの過去

 リルを寝室に放り投げた後、ディーンは荒々しく歩いて先ほどまでいた部屋に戻った。


「なんで、おれがこんなに腹立たないといけないんだ」


 理由のわからない苛立ちを抱えたままディーンはもう一度朱羅の寝室に入った。


 開いている窓から顔を出して周囲を見渡す。


「ここから出たんだよな?」


 寝室の前にはずっとディーンがいたため、窓からしか外に出られる場所はない。だが、ここはホテルの最上階。窓の外にはいくつものビルの屋上と星空が広がっている。


「おれなら、どうするか……」


 ディーンは窓枠に腰かけて足場になるような所がないか、壁は登れるか、飛び移れそうなビルはないか、等々を考えながら実際にしようとして、どれも出来なかった。


「羽根でも生えてないと無理だろ…………」


 ディーンは非現実的な結論を出して試行錯誤を終えた。そして、次に朱羅が行きそうな場所を考えて、重要なことに気が付いた。


「……おれ、あいつのこと何も知らねぇ!」


 専属SPになってから一ヶ月以上経つのに一言も話したことがない。それどころか顔さえもまともに合わしたことない。


「リル(ひと)のこと言えねぇ。おれもSP失格だ……」


 ディーンが頭を抱えながら寝室から出ると、香ばしい匂いがしてきた。


 その匂いにつられて顔を上げると、リルがソファーの前のローテーブルの上にコーヒーとつまみのような簡単な食べ物を並べていた。


「なっ……おまえ、寝てろって言っただろうが」


「いえ、あなたにいろいろ言われて少し頭が冷めました」


 そう言って穏やかにディーンをソファーに座るように促す。


「朱羅様は帰って来られます。闇雲に探すより、ここで待っているほうが確実だと思いますよ」


「……大層な自信だな」


 ディーンの言葉にリルは苦笑いをしてソファーに腰を下ろした。


「少し……昔話をしましょうか」


「は?」


 リルは訝しむディーンを無視して、コーヒーカップを持つと視線を下に向けたまま話しを始めた。


「私には将来を約束した女性がいました。彼女はアクセリナ様専属のSPでしたが、結婚が決まりSPの仕事は辞める予定でした。アクセリナ様も結婚を喜んで賛成して下さり、他のSPをつけるようにしていました」


 淡々と話すリルに、ディーンは黙ってソファーに座るとコーヒーに手を付けることなく話を聞いた。


「ですが、あの日。何故か彼女はアクセリナ様に同行することを強く希望しました。何か、SPとしてのカンでしょうか?彼女はアクセリナ様に無理を言って同行しました。そして…………」


 リルは大きく息を吸い、意を決したように言った。


「そして事故に合い、アクセリナ様と朱羅様を庇って死にました。機体が爆発したため彼女の遺体さえありません」


 リルがローテーブルにコーヒーカップを置いて両手で顔を隠した。


「事故です。誰のせいでもない。彼女も、きっと自分の仕事に満足しているでしょう。ですが、私は……」


 そのまま黙ってしまったリルに、ディーンは核心を突いた言葉を言った。


「憎いのか?」


 リルの体がビクリと動いたが、ディーンは軽い口調で話を続けていく。


「彼女は死んだ。しかも遺体さえない。だが、あいつは生きている。しかも無傷で。なんか、世の中の全てが憎くなるよな」


 ディーンは一呼吸置いてリルを見た。


「言えばいいだろ、あいつに。なんで彼女が死んで、おまえが生きているんだ!って」


 リルはその言葉に自嘲気味に笑った。それは上品なリルには似合わない、だが人間らしい表情だった。


「言って、どうなるのですか?言ったところで彼女は帰ってこない。自分が惨めになるだけです」


「じゃあ、おまえの心はどうなる?」


 その言葉に薄い蒼の瞳が大きくなり琥珀の瞳を見つめる。


「おまえの想いはどこへいく?ずっと心に溜めたままにするのか?」


「私の……想い?」


「もう少し自分のことを言えよ。こんな状況だから、おれぐらいしか聞くやつはいないけど、聞くだけなら聞いてやる。愚痴でも我がままでも何でもいいから」


 その言葉にリルの表情が止まる。

 目を見開き、少しだけ口を開け、それはキョトンという表現が相応しい顔だった。そんなリルは幼く見え、普段落ち着いている表情からのギャップが可愛らしく思えるほどだ。


 ディーンは初めて見るリルの表情に戸惑いながら声をかけた。


「……どうした?」


「いえ。彼女にも同じことを言われたのを思い出しました」


 そう言って懐かしそうに笑うリルに、ディーンは口元だけでニッと笑った。


「そりゃ、彼女と気が合いそうだ。いい女だったんだな」


「ええ」


「ちょっと待ってろ」


 そう言ってディーンは立ち上がると自分の寝室へ姿を消した。そして次に姿を現したときにはウォッカのボトルと氷、そしてグラスを二つ持っていた。


「飲めるだろ?」


 差し出されたグラスを見ながらリルが呆れたように笑う。


「いつの間に持ち込んだのですか?」


「かたいこと言うなよ。悪ガキが帰ってくるまでだ」


「しょうがないですね」


 そう言ってリルがグラスを持つ。


 ディーンはソファーに座るとグラスを掲げた。


「天国の彼女へ」


 リルが静かにグラスを合わせる。カチンという音とともにグラスの中の氷が揺れた。



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