失踪
次のホテルも前回と同様、申し分ない待遇と設備だった。尾行を警戒して数日かけて数千キロ移動したが、その苦労を忘れさせるぐらいの高級ホテルだ。
屋上には宿泊客の中でも一部の人しか利用できない専用プールとジムがあり、宿泊している部屋にも運動が出来る専用の部屋がある。
ディーンはソファーに座ったまま高い天井を見上げて呟いた。
「一体、一泊いくらだよ?」
SPとは思えない態度でディーンが考えていると、リルがいつものように食事を持って朱羅の寝室へ入っていった。
少しずつ食事を食べるようになった朱羅に対して、リルはいつも料理を手作りしている。
外食ばかりだと塩分や栄養のバランスも悪くなるが、一番の問題は安全性だった。料理中からここに運ばれるまで、いつ何処で毒物や薬物が混入されるか分からないためだ。
「ご苦労なことだよな。おれなら絶対無理だ」
ディーンが半分感心、半分呆れながらリルの入ったドアを見ていると、すぐにリルが出てきた。
「どうした?」
いつもなら食事は寝室に置いてくるのだが、リルの手には手付かずの食事がある。
「……いえ、なんでもありません」
「?」
リルの言葉に違和感を覚えたディーンはドアの隙間から寝室の中を覗いた。ドアはリルによってすぐに閉じられたが寝室の中に人の気配がなかった。
ディーンは素早く立ち上がると無理やり寝室のドアを開けた。
「ちょっと……」
リルが止めるのを聞かずにディーンが寝室を覗き込む。
電気が点いていない夜の寝室は暗く、電源が入った数台のパソコンの画面が明るくほんのりと輝いている。
その隣や床には朱羅が読破した辞書のように分厚い本が積み上げられ、すぐ上にあるカーテンは窓から入ってくる風でヒラヒラと揺れていた。
「おい、あいつは何処だ?」
ディーンが後ろに立っているリルを睨む。リルは薄い蒼の瞳を伏せながら意外な答えを言った。
「わかりません」
「なっ、わからないって……なんで、そんなに落ち着いているんだ?いつから、いないんだ!?おまえ、それでもSPか!?仕事放棄するつもりか!」
ディーンの怒鳴り声に、リルは無言のまま食事を持ってキッチンのほうへ歩き出す。
「おい!」
ディーンがリルの肩を掴んで無理やり自分のほうへ向かせた。
「どういう……」
と、そこでディーンは言葉を切った。薄い蒼の瞳が今までになく揺れている。
ディーンが肩から手を離すと、リルは食事をカウンターに置いて俯いた。
「わかりません……私の仕事は朱羅様を守ること……でも……彼女は朱羅様を庇って…………私は…………」
リルの両手が微かに震えている。
話しにならないと判断したディーンは舌打ちをすると短い茶色の髪をかいた。
「もういい。休め」
その言葉にリルが反射的に顔を上げる。
「いえ、朱羅様が戻られ……」
「黙れ」
ディーンはリルの言葉を切ると、有無を言わさずにリルを肩に担ぎ上げて歩き出した。
「働きすぎなんだよ。おれが探すから休んでろって、おまえ軽いな」
リルの体はSPらしく普通の人より筋肉がついている。だが、それでも見た目通り細いため、体重は軽い。
「ですが……」
ディーンはスタスタと早足でリルの寝室に入ると、反論を無視してベッドに放り投げた。
「いいから、寝てろ!」
そう言って勢いよく閉めたドアはヒビが入ったのではないかというほど振動した。




