覚醒
それほど大きくない部屋に大量の花束とプレゼントの山。
その中にある全身を映せる巨大な鏡の前にあるイスに、オーブがちょこんと座っている。
「いい?大人しくしているのよ……って言われなくても大人しくしてるか。じゃあ、次のステージが終わるまで、ここで待っててね」
「うん」
オーブがニコニコと笑顔で返事をする。実際に大量の花束を背負った笑顔は少女マンガに出てくるヒロインのようだ。
女の子より可愛らしい弟の将来に一抹の不安を覚えながらも、フィオナはドアノブに手をかけた。
「行ってくるわ」
手を振ってドアを開けるフィオナにオーブも手を振る。
そのまま廊下に出ようとしたところでフィオナは足を止めた。
「どちら様ですか?」
ドアの前に一人の青年が立っている。
フィオナより遥かに高い身長で白髪にアイスブルーの瞳。全身を白一色の服で包んだ姿は穢れのない天使のようにも見える。
青年は綺麗な微笑みを浮かべると冷たいアイスブルーの瞳でフィオナの後ろにいるオーブを見た。
「やっと、見つけましたよ」
青年の右手に持っている物を見て、フィオナは慌てて振り返った。
「オーブ、逃げて!」
「え?」
イスから立ち上がったオーブをフィオナが抱きしめる。同時に胸に鋭い痛みが走った。
青年が右手に持っている大剣でフィオナの背中を突き刺し、そのままオーブの胸まで突き刺していた。
「あと、三人ですね」
そう呟いて青年は大剣を引き抜くと、あっさりと部屋から出て行った。
部屋に残されたオーブは全身の力が抜けて、その場に座り込んだ。大剣が引き抜かれた時に飛び散った液体が全身を覆っている。
子どものオーブでも、それが何の液体であるかは分かっていた。
オーブは全体重を自分にかけているフィオナに恐る恐る声をかけた。
「フィオナ……姉さん?」
オーブが体を動かすとフィオナの体がグッタリと床に倒れた。
「姉さん!?」
慌ててオーブがフィオナの体を揺すが反応はなく、胸からは止まることなく血が流れ出ている。
「フィオナ姉さん!」
叫ぶオーブの脇の下からは少量の血が流れていた。
大剣が胸を突き刺したように見えたが、実際は脇の下をかすっただけでオーブの命に問題はなかったのだ。
フィオナの血で全身を染めたオーブが必死に叫ぶ。
「姉さん、起きてよ!目を開けてよ!フィオナ姉さん!!」
オーブがフィオナの真っ白な手を握るが、いつもの温かさはない。
そこにバタバタと激しい足音とともに叫び声が響いた。オーブが顔を上げると激しくドアが開き、銃を持った二人組みの男が部屋に入ってきた。
「なんだ?死んでいるのか?」
一人がオーブに銃をつきつける。
何が起きているのか分からず硬直しているオーブを無視して、もう一人はフィオナに近づいて首に触れた。
「死んでる。誰が殺ったんだ?指示があるまで人質には手を出すなって言われていたのに」
その言葉にオーブに銃をつきつけている男が舌打ちをした。
「誰かが先走ったか?おい、ガキ。何があった?誰が殺った?」
男の問いかけにオーブは顔を引きつらせたまま何も答えない。
その様子に銃をつきつけていた男がトランシーバーで仲間に連絡をとった。
「ガキが二人いるが、一人は死んでいる。……わかった。生きてるほうだけ連れて行く」
男が視線だけで合図をする。
フィオナの首に触っていた男がオーブの手を掴んで立ち上がった。
「オラ、ガキ。来い」
荒々しく引っ張られ、握っていたフィオナの手がオーブから離れる。そのことにオーブが激しく抵抗した。
「ヤダ!ヤメロ!姉さん!!」
暴れるオーブに男が怒鳴る。
「黙れ、ガキ!そいつは死んでいるんだ!!」
男の言葉にずっと現実を受け入れられずに抵抗していたオーブの思考が止まった。
「死んだ……?姉さんが?ドウして?誰がコロシタ?」
ブツブツと呟きだしたオーブに男達が怪訝な顔をする。
だが、オーブは構わずに呟き続けた。
「ソウだ。アイツダ。真ッ白イ、天使」
結論が出て、オーブは体の中で何かが凍りついていくのを感じた。
急に黙ったオーブの頭を男が銃で小突く。
「おい、どうした?」
オーブは焦点の合わない瞳で顔を上げて男達を見た。
「……殺サナキャ…………」
「は?」
この間抜けな声が男の最期の言葉となった。
ホテルをテロリストが占拠したという情報が入って十分後。テロリストが全滅したという情報が流れた。
人質として囚われていた従業員からの一報に特殊警察隊が突入する。すると確かにホテル内にはテロリストの死体が点々と転がっており、全滅していた。
心配されていた人質は一箇所に集められたまま無傷だった。
犠牲者はただ一人。フィオナ・クレンリッジ。胸への刺し傷が原因で即死だった。
そして突入した隊員は一つの異常な光景を目撃した。
六歳の子どもがナイフと銃を持ち、テロリストの死体を積み上げて出来た山の上に立っている。
そこから少し離れた場所では気絶した女性と、胸の前で十字をきって神に祈っている男性がいた。
何かの宗教の儀式のような光景だが、女性と男性は子どもの両親で、自分の子どもが次々とテロリストを殺していく姿を見て、ショックを受けた結果の行動だった。
だが子どもは、そんな両親の心情など興味ない様子で呆然と宙を眺めている。
その瞳はサンセット色に輝いていた。