引っ越し
綺羅がドアを開けると、部屋は薄暗くいため中の様子が見えなかった。その上、どこが焦げた臭いが漂ってきた。
その臭いにディーンが顔をしかめていると、聞き覚えのある声が響いた。
「せめて返事を待ってドアを開けろ」
それは、いつもと同じ無愛想な口調だったが、どこか弱々しかった。
「なんで、こんなに暗いんだ。カーテンを開けるか、電気をつけるかしろよ」
そう言って綺羅が側にあった電気のスイッチを入れる。明るくなった室内を見てディーンは息をのんだ。
まるで、この部屋だけ火事があったかのように全ての家具や壁が黒く燃えている。そして、元はベッドであったのであろう黒い塊の上に簡易マットと白いシーツが敷かれており、その隣に朱羅が立っていた。
リルは焦げたテーブルの上にある、高熱で変形したかのようにグニャリと形を変えたガラスのコップを片付けている。
常識では考えられない状況にも関わらず、綺羅はどこか懐かしそうに部屋を見ながら言った。
「なんかアクセリナと喧嘩したあとの部屋みたいだな。あいつも怒るとそこら辺の物を手当たりしだい燃やしていたし」
「俺は好きで燃やしたわけではない。用件はなんだ?」
朱羅の冷淡な言葉に綺羅が肩をすくめる。
「おい、おい、冷たいな。親が息子の顔を見に来たらいけないのか?」
「あまり俺と接触しないほうがいい。それでなくても今の俺は不安定なんだ。ケガだけではすまないことになる」
「はい、はい」
真剣な忠告も綺羅はあっさりと流して朱羅に近づく。
「人の話を聞いているのか?」
「聞いてるつもりだ」
そう言って綺羅は朱羅の前で視線を合わすように屈んだ。
朱羅の血色は悪く、目の下には隈があり、唇は乾燥し、今にも倒れそうに見える。それは成長期であるにも関わらず、一ヶ月前より明らかに痩せているせいだった。
「顔色悪いぞ。しっかり食べてるか?おまえに何かあったら、アクセリナが起きた時に俺が怒られるんだからな」
「……状態は?」
朱羅はわざと主語を言わなかったが、綺羅にはそれが誰のことか分かった。
「医者が言うには寝てる状態と変わらないんだとさ。どこにも異常はないって」
「そうか」
朱羅は部屋全体を見て綺羅に言った。
「こんな状態にして悪いが、そろそろ場所を移動しようと思う」
それはホテルを変えるということで。
「わかった。なんか必要な物はあるか?」
おい、おい。この部屋、どうするんだよ?と、ディーンは思わず心の中で言ったが、そんなディーンの心配事は取るに足らない問題として二人は話しを進めていく。
「情報が欲しい。全ての情報が」
「よし、わかった。高性能のパソコンを準備しよう。次もホテルでいいか?まだ動いているパパラッチがいるから、すぐに移動できるほうがいいだろ」
「そうだな、頼む。あと運動が出来るぐらい広い部屋があるほうがいい」
「運動も良いけど、ちゃんと食べろよ」
「分かっている。少しずつ食べれるようになってきているところだ」
「なら、いい。じゃあ、その条件を満たしたホテルを準備しよう」
当然のように話を進めていく二人にディーンは呆れたように呟いた。
「……マジかよ」
ホテル滞在中にSPの仕事をすることがなかったディーンは、そのまま二度目の引越しをすることとなった。




