高級ホテル
墜落事故から一ヶ月が過ぎたが、ディーンにとって、この一ヶ月を言葉で表現するなら〝退屈〟の一言だった。
医療用ジェット機から人目を避けるように移動し、尾行を撒くかのように遠回りをして現在滞在しているホテルに到着した時には、墜落事故から数日経過していた。
五つ星で政府高官御用達の超がつく高級ホテルだけあって、外観の重厚感から違う。一歩中に入れば、遥か高い天井からぶら下がっているシャンデリア、その下でキラキラと豊富に湧き出る噴水と周囲に飾られた生け花、そして広いロビーに敷き詰められたペルシャ絨毯がより一層、高級感を演出している。
朱羅はそんなエントランスを見ることなく裏口にある極秘通路からホテルに入った。そして、そのまま寝室にこもって一歩も出てこない。
時々、ディーンが食事をするように促すが、
「いらない」
「必要ない」
と、拒否し続けている。
そうは言ってもリルが時々、手作りの飲み物や食事を寝室に運んでいるので、一応は食べているのだろう。だが、リル以外は絶対に寝室に入れない。
そんなリルの仕事を見てディーンは思わず呟いていた。
「あれはSPじゃなくて家政婦だな」
だが、その言葉を聞いた人はいなかった。
一緒に住んでいる朱羅は寝室から出てこないし、リルは朱羅の世話ばかりで会話らしい会話もほとんどしたことがない。
人の過去やプライベートを詮索する趣味はないが、それ以前にリルは必要以上に他人を寄せ付けない。それでいて誰かに助けを求めるような、不安な表情を見せる。
普段の丁寧な仕草からは分からないが、一ヶ月も共に過ごせば、鈍いと言われるディーンでも気が付いていた。
「わけわかんねぇよな」
そう言ってディーンはやわらかなソファーに体を沈めた。
高級ホテルの居心地は悪くなさすぎる。暑くも寒くも無い完璧に調節された空調。全てに高級と名が付く、やわらかなベッドやソファーなどの家具たち。ジャグジー付きの大きな風呂に、素材も味付けも文句ない高級料理の食事。
誰もが羨むような生活だが、SPであるディーンにとっては平和すぎた。
そこに予想外の展開が降りかかる。
それは顔を見なくても分かる、面白いものを見つけたような軽い声が始まりだった。
「おう、おう。退屈って顔してんな」
「あ、いやっ……」
突然の来訪者にディーンが急いで立ち上がると、ボスである綺羅が部屋の入り口に立っていた。
慌てて起き上がったディーンが超光速で周囲を見回すが、綺羅以外の人の姿はない。綺羅専属のSP達は部屋の外で待機しているようだ。
そのことにディーンは少しホッとした。
安全とはいえ、仕事中にボスが部屋に入ってきたことにさえ気付かないほど平和ボケした姿など、仲間に見られたら後でなんて言われるか考えるだけでも恐ろしい。
そんなディーンの心情を知ってか知らずか、綺羅は楽しそうに言った。
「ま、こんなホテルに一ヶ月も缶詰状態だったら、そうなるよな。ところで朱羅は何処だ?」
「寝室にいますが……」
その言葉に綺羅がメイン寝室を指差す。
「この部屋か?」
「ですが、誰も入るなと……」
綺羅はディーンの言葉を無視してドアノブに手をかける。
「おーい、俺だ。開けるぞ」
そう言いながら綺羅は無遠慮にドアを開けた。




