飛行機事故
第二章になって主人公が代わります。
その縦長の部屋には床一面ふんわりとした絨毯が敷かれ、カーブを基調とした近未来的なデザインのソファーとローテーブルが持って置かれていた。
普通の家具と違うところは全ての家具が床や天井にしっかりと固定されていることだ。
その理由は窓の外を見れば分かる。窓の外には青い空と白い雲が目の前に広がり、ここが空の上、ジェット機の中であることが分かる。
そんなジェット機内とは思えない程のゆったりとした空間に三人の女性と五歳ぐらいの男の子がいた。
一人は客室乗務員の制服を着て部屋のすみに待機中。一人はパンツスーツを着て男の子の遊び相手をしており、そして最後の一人はソファーに座って午睡中だ。
それは、この家族が自家用ジェット機で移動する時のいつもの風景であり、三十分後には予定通り目的地の空港に到着するはずだった。
ところが突然の爆発音とともに窓の外に広がっていた青い空が黒い煙一色に包まれた。
「ワッ!」
「朱羅様!」
機体が大きく傾き、男の子がバランスを崩して床を転がりそうになる。だが、男の子が転ける前に、しなやかな手が受け止めた。
男の子が顔を上げると、そこにはいつの間に移動したのか午睡をしていた女性がいた。
「大丈夫?」
人間離れした美貌を持つ母の微笑みに五歳の男の子が笑顔で頷く。
銀色に波打つロングヘアに白銀の雪のような瞳。美しく整いすぎた容貌は、まるで雪の精霊のようだ。結婚を期に表舞台から姿を消したが、かつて世界中を魅了したトップモデルの美貌は今だに健在である。
そこに男の子の相手をしていた女性SPが激しく揺れる機体の中を器用に歩いて近づいてきた。
「立てますか?座席にお座り下さい」
短い赤髪に穏やかな茶色の瞳をした女性SPが男の子と女性を支えながら座席に座らせる。
機体はガタガタと揺れながら、ゆっくりと降下しているのが窓の外の景色で分かる。
女性SPが天井からぶらさがっている酸素マスクを女性と男の子につけている間に、客室乗務員がパイロットと連絡をとり現状を把握する。
女性は自分と同じ銀色の髪を持つ息子の頭を撫でながら、夫と同じ色をした翡翠の瞳を見つめた。
「どうしたの?」
現状がわからない息子に、母はいつも身につけている水晶のネックレスを外した。
「お守りにあげるわ。あなたなら使いこなせる」
銀髪の女性は意味がわからずに首を傾げている息子にネックレスをつける。
そこへ客室乗務員が言いにくそうに女性SPに耳打ちをした。その内容に女性SPの表情もくもる。
「すごい煙だよ」
そう言って男の子が窓の外を指差した。そこからは左翼についているエンジンから微かな火と黒煙が上がっている光景がよく見えた。
「二人とも席に座ったら?立っていても危ないだけよ」
まるで現状をわかっていないような銀髪の女性の軽い口調に、女性SPが首を横に振った。
「いえ。それよりも不時着にそなえて頭を抱えて姿勢を低くして下さい」
「そうね。朱羅」
名前を呼ばれて男の子は窓から視線を母親へ戻した。
「ちゃんと座りなさい。それから……」
説明を続けようとする母に小さな手が伸びてきた。
「……お母さん、どうしたの?」
透明感のある白い肌は青白くなり、額からは汗が噴出して微かに手が震えている。
現状に対する恐怖心によるものだと判断した女性SPが、銀髪の女性の肩をさすった。
「楽に深呼吸をして下さい。もうすぐ近くの空港に着陸します。念のため着陸時の衝撃にそなえて……」
「違うの」
女性は両手を強く握ると大きく息を吐いた。
「私の力だと、ここまでが限界だわ」
そう言うと同時に女性が男の子を抱き寄せて体を屈める。
「キャ!」
「ウワァ!」
異変がなかった右翼のエンジンまで爆発して機体が大きく傾いた。
今までどうにか機体を飛ばしていた右翼のエンジンが爆発したため、機体は急降下を始めた。
男の子が抱きしめられた腕の隙間から見た窓の外には、母親の瞳と同じ白銀の色に染まった山々が迫っていた。




