収穫
四日後、少年は村を出て行った時と同じ姿で帰ってきた。
村ではちょうど麦の収穫を始めており、少年は教会の中に荷物を置くとすぐに畑の中へ入った。
「手伝うよ。ただ、また五日後ぐらいに、ちょっと出かけるけど、それまでには収穫終わるよな?」
少年の質問にイザベラが笑顔で答える。
「ああ、それまでには終わるさ。収穫は力仕事だからね。男手があると助かるよ、オーブちゃん」
イザベラのからかいを含んだ言葉に少年が困った顔をする。
「じゃあ、ちゃん付けはやめてよ」
「それは、あんたの仕事ぶり次第だね。すぐに根をあげるんじゃないよ」
「もちろん」
そう言って少年は刈り取られた麦の束を運んでいった。自信満々で答えた通り、少年は少女のような外見とは反対に大人の男並みの仕事をして村人から重宝がられた。
そんな平穏な生活が一週間ほど過ぎたある日。
「おい、オーブ!手を貸してくれ」
「おー、ちょっと待ってくれよ」
少年はいつものように麦の収穫を手伝っていた。
肩に担いだ麦の束を脱穀機の前に下ろして、呼ばれたところまで走って行く。そこには、ぬかるみで動けなくなった麦刈り機があった。
少し腹の出たおじさんが肩をすくめながら少年に説明をする。
「はまっちまってよ。車輪の下に敷くもの持ってくるから、これ以上沈まないように支えといてくれ」
その麦刈り機は小さい物で、エンジンをかけて人が後ろにある自転車のハンドルのようなものを操縦しながら歩いて麦を刈っていくタイプのものだった。
少年は麦刈り機を見て、敷物を取りに行こうとしたおじさんを止めた。
「あぁ、いいよ。こういうのは、こうすりゃ抜ける!」
そう言うと少年が麦刈り機のエンジンをふかした。
「おい、危ねえぞ!」
心配するおじさんをよそに少年がエンジンをフル回転する。
車輪が空回りして泥を跳ね上げる中、少年は全身に泥を被りながら微妙に手を動かして様子を見ていた。
そして、ここだ、というところでいきなり麦刈り機を持ち上げて、力技でぬかるみから出した。
「ほら、抜けた」
得意げに言う少年の頭上にゲンコツが降ってきた。
「痛ってぇ!」
両手で頭を押さえる少年におじさんが怒鳴る。
「危ないだろうが!慣れてないくせに無茶なことするな!」
「あー……わりぃ、わりぃ。次から気をつけるよ……って、フィリッポじいちゃん!腰悪いのに無理すんなよ」
少年がおじさんから逃げるように白髪だらけの老人のところへ走っていく。
そんな泥だらけの少年を見ながら、おじさんは肩をすくめて仕方ないなと苦笑いをした。
そんなことを知らない少年は白髪だらけの老人、フィリッポのところにかけつけて麦の束を肩に担いだ。
「フィリッポじいちゃん、年考えろよ。ぎっくり腰になったら、キッカばあちゃんが困るだろ?」
少年の言葉にフィリッポが拳を振り上げて怒る。
「なにを言うか!まだまだ若いもんには負けん!年寄り扱いするな」
「そう言ってる時点で年なんだよ。じいちゃんは、こういう大きな束じゃなくて、もう少し小さいのを持てよ」
少年は麦の束を担いでいる反対側の手でもう一つの麦の束を抱えて歩き出す。
「わしだって若い頃はそれぐらい屁でもなかったわい」
「みんな年とりゃそうなるよ。じいちゃんだって、その年で畑仕事が出来るんだから大したもんだろ。オレなら無理だね。きっと引退して暖炉の前で昼寝してる」
「そりゃあ根性が違うからの。最近の若いもんは根性がない。ほれ、とっとと運ばんかい!」
「はい、はい」
軽く返事をした少年にフィリッポのゲキが飛ぶ。
「はい、は一回じゃ!」
その言葉に少年が嫌そうな顔をする。
「え~」
「なんじゃ、その返事は!シャキッとせんか!」
「はい!」
老人の言葉通り背筋を伸ばして麦を運ぶ少年の姿に村人が笑う。
少年は倉庫の前で麦を下ろすと、自己主張を続ける携帯を泥だらけの手でポケットから取り出した。少年が話す前に相手が前置きもなくストレートに用件だけを告げる。
その内容に少年は怒鳴っていた。
「飛行機のチケット、明後日で取ってるんだよ!こっちの都合も考えろ!!」
少年の声に麦の収穫をしていた村人の手が止まる。村人の視線が集まっているが少年は気にせず携帯電話に怒鳴りつけた。
「……いい。こっちでなんとかする!あとで到着時間を教えるから、オレが行くまで包帯取るなよ!!」
少年はブチッと携帯電話を切ると、村人の前に行って両手を合わせて頭を下げた。
「ごめん!ちょっと用事が出来た。明後日には帰ってくるから」
「あぁ、こっちのことは気にすんな。オーブのおかげで予定より早く終わりそうだからな」
おじさんの言葉に他の村人も頷く。
そんな中、フィリッポがやっかい払いをするように手を振った。
「おまえさん一人いなくてもワシがいれば十分じゃ。とっとと用事を済まして来い」
「ありがと!」
手を振って走っていく少年に村人が誰ともなく呟いた。
「なんか、すっかり馴染んじまったな」
「そうだな」
村人に見送られている少年の姿を、教会の入口から神父が少し複雑そうな表情で見ていた。
オーブが村に不在の間、何をしていたのかは二章で判明します。




