長女はしっかり者
その日は有名ブランドの新作発表ということで、ホテルには各国の著名人が集まっていた。
ほとんどが大人という中に六歳ほどの子どもがポツンといる。まるで満月のような淡い金髪にムーンライトブルーの大きな瞳でキョロキョロと誰かを探していた。
「オーブ!」
濃い金髪に大きなアクアブルーの瞳をした少女が子どもに声をかけた。ドレスの裾を手で持ち上げて小走りに駆け寄る。
その姿を見て、子どもは泣きそうな顔で少女に抱きついた。
「フィオナ姉さん!」
「まったく、一人でどうしたの?テレサとクレアは?」
「テレサ姉さんもクレア姉さんも、僕に女の子の服を着せようとするんだ。だから逃げてきた」
その言葉にフィオナは、またか、と頭を振った。
悪戯をする二人の妹も問題だが、この末弟が一番問題だった。
女の子のような可愛らしい外見の上に性格も見た目どおりで、軟弱なうえに怖がりのため、いつも二人の姉の玩具になっていた。
フィオナは屈んで男の子と視線を合わせると母親のように諭した。
「男の子なんだから、もう少ししっかりしなさい。お姉ちゃん達に何かあった時はオーブが守らないといけないのよ」
「そんなのムリだよ。テレサ姉さんとクレア姉さんの方が僕より強いんだから」
あっさりと否定する弟にフィオナがため息を吐く。
そこに透き通った声が響いた。
「あら、弟さん?よく似ているわね」
フィオナが顔を上げると、ゆるやかなウェーブのかかった銀髪に、穏やかに微笑んだ白銀の瞳をした女性がいた。
その女性を見てフィオナは少し驚いた顔をしながらも、すぐに立ち上がって微笑んだ。
「お会いできて光栄です、アクセリナ・アクディル。私はフィオナ・クレンリッジです。この子は一番下の弟です」
「私もあなたとお話しできて嬉しいわ、フィオナ。姉弟は多いの?」
「あと妹が二人います」
ハキハキと答えるフィオナにアクセリナが微笑む。
「それは賑やかね。妹さんもモデルをしているの?」
「いえ。二人ともモデルには興味がないみたいで」
「そうなの。私は子どもが三人いるんだけど男の子ばっかりなのよ。お名前は?」
アクセリナに声をかけられた男の子が慌ててフィオナの後ろに隠れようとする。だが、フィオナは弟の肩を掴むと、そのままアクセリナの前に引きずり出した。
無理やりアクセリナの正面に立たされた男の子がモジモジとしながら恥ずかしそうに俯く。
「あの……えっと…………」
なかなか答えない弟にフィオナが肩を叩く。
「もっと大きな声で!しっかり言いなさい」
威勢のいいフィオナの声に女性が笑う。
「まるでお母さんのようね」
その言葉にフィオナが苦笑いを浮かべる。
「歳が離れて生まれた子だから両親が甘くて。ほら、名前ぐらい言えるでしょ?」
「……うん……」
自信なさそうに頷く弟の姿をフィオナがジッと見る。
アクセリナは屈んで子どもと視線を合わすとニッコリと微笑んだ。
「私の名前はアクセリナ・アクディルよ。あなたのお名前は?」
まっすぐ見つめてくる白銀の瞳は雪のように白いのに宝石のように輝いている。
その瞳に勇気づけられるように男の子は声を出した。
「……オーブ。オーブ・クレンリッジです」
「よく言えた!えらい、えらい!」
フィオナがガバッとオーブを抱きしめて頭を撫でる。
「そうね。とても、えらいわ」
二人に褒められて照れているオーブの頭をアクセリナはそっと撫でて呟いた。
「朱羅のこと、お願いね」
「え?」
オーブが顔を上げるとアクセリナは立ち上がってフィオナを見た。
「これからの活躍、楽しみにしているわ」
「はい」
フィオナが自信に満ちた笑顔で答える。
和やかに話をしている二人の周囲には、いつの間にか大人達が遠巻きに囲んでヒソヒソと会話をしていた。
声をかけてきたアクセリナは、十年前までトップモデルとして活躍をしていたが、アクディル財閥の御曹司との結婚を期に引退。それ以後は滅多に表には姿を現さないという伝説的存在である。
一方のフィオナは、弱冠十六歳という若さで今回の有名ブランドの専属モデルという称号を勝ち取った、ファッションモデル界では今年一番の注目モデルだ。
しかもフィオナの実家であるクレンリッジ家は王族の血を引く由緒ある家柄であり、話題性も十分ある。
そんな大人たちをかき分けて一人の男性が近づいてきた。
「アクセリナ」
赤茶の髪に翡翠の瞳をした背の高い男性が、フィオナを見てニッと笑いながら手を出した。
「最高のステージだったぞ」
「ありがとうございます」
フィオナが男性の手を握ると、アクセリナが男性を紹介した。
「彼は綺羅・アクディル。私の夫よ。男前でしょ?」
その言葉にフィオナは大きく頷いた。
「そうですね。どこかの専属モデルの方かと思いました」
それはお世辞抜きでの見解だった。仕事の関係上、美形を見慣れているフィオナでも綺羅の外見は今まで見た男性モデルの中でもトップクラスになる。
だが褒められた綺羅は肩をすくめて不思議そうにアクセリナを見た。
「そうか?それよりアクセリナはいつ見ても綺麗だ。この中で一番美人だぞ」
「本当?嬉しいわ」
お子さま二人を無視して、綺羅とアクセリナが新婚アツアツの雰囲気で抱擁し合う。
結婚して十年以上になるのだが、いつでもどこでも、こんな雰囲気のため浮気や不仲説など、マスコミを賑わせそうな話題は一度もあがったことがない。
フィオナがどう声をかけていいのか分からずに二人の様子を黙って見ていると、綺羅が声をかけてきた。
「次のステージも見たかったんだが、これから仕事で帰らないといけないんだ。悪いな」
苦笑いを浮かべる綺羅にアクセリナが寄り添いながら謝る。
「ごめんなさいね」
すまなそうにする二人にフィオナが笑顔で礼を言う。
「いえ。忙しいところを、ありがとうございます。また見に来て下さい」
「ええ。是非、そうさせてもらうわ」
そう言って二人は会場を出て行った。
「さて」
フィオナは両手を腰に当ててオーブを見た。
「私はすぐ次のステージがあるから、お父さまとお母さまを探している時間はないし。このまま、ここに一人でいる?」
その言葉にオーブは首を横に振って即答した。
「イヤだ!姉さん達に見つかったら、また女の子の服を着させられる」
「よね」
予想通りの答えにフィオナは軽くため息を吐いた。
「じゃあ、私の控え室にいる?」
「うん!」
威勢のいい返事にフィオナは大きくため息を吐いた。