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虚空の魔女の蘇生屋  作者: せつ
一章
9/21

第八話 『本当』は何処にある

シリアス展開入ります。

***ある平凡な少年の話


 昔から気づいていた。見ない振りを決め込んでいただけで。

 母がおかしいという事に。


 美しく、誰から見ても朗らかで理想的な賢母。陽も母を誇りに思っていた。一般水準より少し裕福な家庭。余り不自由を感じた事は無いが、それに甘んじた事も無い。母の息子に相応しくなるよう振る舞ってきたつもりだ。

 他の誰でも無い、母自身に目を向けてもらいたくて。

 

 しかし母が自分に求めていたのは父の面影だけであった。

 陽が顔を一度も見た事が無いその男を、母は崇拝と呼んで良い程執着していた。


 亡くなった訳ではない。その辺りの事情は詳しく知らないが、周囲の反応から父は母を捨てたのだとなんとなく察するようになった。

 何故、母はそんな者に捕らわれているのか。


(母さんを利用した碌でもない奴なのに)


 幼い彼は憎悪の全てを父親に向けた。


 ――――本当に、陽ちゃんはお父さんそっくりね。


 最低の言葉だった。

 もっとも嫌悪する相手と似ている。これ程の絶望は無い。




「俺が居るから大丈夫だよ、母さん」


(いつかそいつから救い出してあげるから)


 一見平凡な親子の日常の中で、抱え続けた『想い』。

 




 そして。何の因果だろう。

 事故に遭った母は、記憶が抜け落ちたという。


 羽虫が飛び回る様な不快音がこの頃から脳髄に響くようになった。


 一時喜びもしたのだ。もしかしたら母はあの男を忘れているかもしれないと。


『コウキさん……』

 

 淡い期待は母の言葉で打ち砕かれた。母の瞳に自分が映る事は決して無い。

 人生で一番の衝撃と共に、何かが崩れていく様な感覚に陥った。







『――虚空の魔女?』


『そう、二人も知ってるでしょ?蘇り屋の噂』


 話を振って来た女子の言葉に対し、佐々木はさもつまらなさそうに相槌を打つ。


『あー…この町の民話みたいなアレか?こーいう古い田舎の町ってそんな感じの多いよなー。昔の考えが抜けてねぇっつーの?』


『違うんだってこれは。だって私の友達が実際頼んだって言ってたんだから。孤独な魔女が始めたお店なんだって。なんでも蘇えらせてくれるらしいよ」


『だから怪しーって。第一そんな上手い話には裏があるに決まってんだろ。魂を取られるとか。なぁー、一条?……おい、どうした?』


 馬鹿馬鹿しいと一蹴出来ない自分がいた。普段この手の話は聞き流しているというのに。気づけば陽は、いつもの“人の良い笑顔”を作り出し、口を開いていた。


『いや、案外面白そうな話だと思うよ。良かったら詳しく話してくれないか?』






 そして――――


『いらっしゃいませ』



***




 其処には予想通りの人物が毅然と立っていて、予想に大きく反した態度で侮蔑の視線を向けられている。珍しく一片の笑みも含まれない凍てついた、けれども奥に怒りの炎を燃やす眼差しは陽の胸の奥を深く抉る。


「君は“終わった後”のこと――考えたこと無いでしょ」


 冷ややかな声色が更に陽を容赦なく突き刺す。「貴方」では無く「君」という呼びかけは、彼女が今、素に近い事を表しているのだろう。


「無意味な犠牲はその人のエゴでしか無い。そしてそれが余計な傷痕を残すんだって―――ねえ分かってる?」


 その言葉には己に向けたものも混じっていた。


「……まあでも、一番許せないのは……人を『そういう方向』に道連れにしようとする貴方達かな」


 険しく見据え、腕を掲げる。一瞬煌めき、そして現れた一本の刀を差し向ける。


「―――――…隠れてももう無駄よ。姿を現しなさい」


『……あらぁ、残念』


「っ――――――!!?」


 それでも愉快そうな女性のねっとりとした声と共に、陽は母の身体から吹き出す真っ黒な“影”を息も出来ずに凝視する。

 細い無数の糸状の影は絡み合い、ヒトの形を象っていく。

 やがて現れたのは漆黒のドレスに身を包む貴婦人の様な風貌の女性。優雅な所作でドレスの裾を摘み深々と礼。


「初めてお目にかかります、蘇生屋様。でも初対面の者に刃を向けるなんて、礼儀がなっていませんわよ?」


 丁寧な言葉遣いの裏に挑発を乗せる貴婦人に、アケも同様、尊大に笑い返す。


「先に礼儀を欠いたのはそちらでしょ?使い魔を仕掛けてきたこと、まさか知らないとおっしゃるつもり?―――――悪魔」


「あら、それは貴女がわたくしの仕事を邪魔するからですわ」


「人間に取り憑き、惑わす者を見過ごす訳にはいかないのよ。やっぱり一条君の母親を苗床にしていたのね。私は、依頼者に手を出そうとするのなら、容赦しないから」


 解らないという素振りで、婦人は小首を傾げる。


「どうして?私はただ生きるために働いていますのに……。何故、干渉して来るの?それに貴女がそれを言うのは可笑しいのではなくって?貴女も私と同様の存在と契約しているのでしょう?ねぇ、…今はノワール様とお呼びした方が宜しいかしら」


 アケが首に提げる時計に視線を落とす。


「…知り合い?」


 普段お喋りな生意気懐中時計は沈黙を守った。漆黒の女性は、懐かしそうに目を細めて、頬を染める。


「色々ありましたわ、昔。私あんなにお慕い申し上げておりましたのに…貴方様はあんな無粋でぱっとしない青年の元へ行ってしまうなんて。その上今はそんな小娘なんかと一緒に。とても耐えられませんわ」


 途端、アケはらしくも無く過敏に反応した。


「先代を、知っているの!?」


 その様子に陽は目を丸くし、婦人は忌々しげに彼女を睨みつけた。


「あんな男の事なんて口にするだけで吐き気がしますわ。……そうね、貴方達『蘇生屋』が私達『陰に生きる者』の邪魔をする事は変わらないのね」


 そう呟くと、彼女は再び、今度はその右手から無数に影を伸ばした。そのまま下に横たわる女性を影をロープの様に形状変化させ、縛り上げていく。


「何を……」


 悪魔の瞳が獰猛な光を湛える。ぞっとするほど歪な笑み。


「壊れて終いには跡形も無く消えれば……、素敵よね?」


すみませんやっぱり一か月空いちゃいました。多分テストがある時はちょくちょくこうなりそうですが…普段は週一更新を心掛けますのでよろしくお願いします。

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