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虚空の魔女の蘇生屋  作者: せつ
一章
8/21

第七話 六時〇〇分

ノアールはまたお喋り禁止ですw

 多少ひんやりとしてきた空気を肌に感じながら、空を仰ぎ見る。厚い雲で覆われ、今にも雨が降り出してきそうだった。


「あ、やっべ」


 自販機の前に佇む佐々木は、間違って隣のボタンを押してしまった事に気づき内心で舌打ちする。軽薄そうな外見とは裏腹に思慮深い一面を持つ彼にしては珍しく、機嫌が悪かった。

 親友の身の内に何か異変が起きているという事態に、何の対処も出来ない自分が歯痒いのだ。

 大抵の者にとって、おそらく陽は感情を読み取り難い人間として認識されている。しかし割と長く付き合ってきた佐々木は、陽が意外に内面を表に出しやすい性格だと知っている。電話越しの声からその困惑と疲労を端々に感じ取れる程度には。

 

(ホント、嘘吐くのには向いてねーよ、アイツ)


 一度だけ佐々木は陽の現在の住まいを訪れた事がある。

母親が事故に見舞われた後、陽は親戚に暫く面倒になる、と何処か他人事の様に話していた。一時的に与えられたという部屋は暮らしぶりが全く窺えないほど、余計な物が無く簡素だった。いや、元々物を散らかすタイプでは無いのだが、以前はもっと生活感が溢れていたはずだ。

 まるで全てのものに無頓着になってしまった様子だった。

 違う。一つの事柄に固執するようになったのだ。それが何なのかまでは分からないが、度々陽の瞳の奥にぞっとする様な執念の炎がちらつく。そんな時は別人なのではないかという、薄気味悪さすら感じていた。

 それでも、と佐々木は決心している。一度陽に救われた経験から、自分は彼を見捨てないと。


「でも今んところ手立てなしじゃあな。つーか結局宝生さんとあいつって…どういう関係なんだ?そもそも面識あったのか?いやまてよ…でもあいつはヘタレだから……」


 ……だというのに、純粋な決意だった筈が、一瞬で野次馬的な好奇心に移り変わってしまう。本人が聞いたら憤慨しそうな失礼極まりない発言だが、割と今の方が本気で悩んでいた。そういったところに佐々木の人柄が窺える。


「にしてもこれどうすっかなぁー…て」


 あれ?

 思わず間抜け面になってしまう程唐突に、信じがたい光景が目に飛び込んできた。


「あれ…貴方、確か……」


 佐々木の頭の中で勝手に話題に上っていた、少女本人が現れたのだから。


「え?つか、何で?」


 少女の右肩から腕にかけて流れたばかりと思われる、紅い血の跡がべっとり付いていた。身に纏う制服もまた袖やスカートがの裾が解れていたり切れていたりと、異様な惨状に目を奪われる。

 「あー、駄目だこりゃ」と呟きながら、アケはフレームの歪んだ眼鏡をそのまま近くのゴミ箱に投げ捨てる。

 缶と一緒に捨てられた眼鏡を見て、ゴミの分別、というこの場にそぐわない単語が浮ぶ。


「疲れた……のど乾いたかも。それ間違って買ったんだったら私にくれない?」


「は?あ、あぁどうぞ…」


 態度に面食らいつつも、妙な迫力に気圧されて手に持つペットボトルを渡してしまう。


 何だこの状況。


 彼女はどかっとベンチに座り込むと、〈濃い!〉とパッケージに書かれた緑茶を一気に口に流し込んだ。

 こうして眺めてみると、酷い有様ではあるが薄暗くなった中でも少女の白い肌が浮き彫りになり、息を呑むほどその顔は美しかった。

 完全に普段の印象と掛離れた少女を、クラスメイトとよく認識出来たものだ。丁度考えていたからなのか。

 そもそも何故、自分と同じく平凡である筈の少女が死闘を繰り広げてきた様な深手を負っているのだろう?

 

「ねぇ。一条君ってまだ病院にいる?」


 少女の口から出た友人の名前に、緊張感が高まる。


「まぁ…さっき電話でそう言ってたから多分」


「そう。……ちょっと困ったな」


 アケは深刻そうな顔つきになり、額を押さえた。

 横で窺っていた佐々木は覚悟を固めて、口を開いた。


「あのさ、宝生さんと一条って、どーゆう関係なわけ?まさかアイツをヤバい事に巻き込んでるんじゃないよな」


 挑発的に問いただす。たとえ内心逃げ出したく思っていても、だ。

 親友の為ならば仕方がない。


「むしろヤバい事を回避するために、関わってるんだけどな」


 意味不明な切り返しに怪訝そうに眉を顰める。暫く無言の攻防が続く。

 やがてアケはふっと力を抜いて笑い、立ち上がった。空になったペットボトルを今度はちゃんと分別して捨て、佐々木に一瞥もくれずに背を向け歩き始めた。


「おいっ!」


 佐々木は振り返って少女を引き留めようとするが、地面に突如立ち上った炎に阻まれた。


 少女を包んでいく炎に目を見張る。


 炎が徐々に消え、姿を再び現した少女は、火傷一つ負わず―――寧ろ肩の傷や血すら残っていなかった。纏めていた髪が解け、風になびく長い黒髪に火の粉が降りかかり、艶めく。服もぼろぼろな制服から炎と同じ色の紅い、レースやリボンをあしらったワンピースに変わって、アンティーク人形の様だ。

 しかし妖美に微笑む表情は酷く人間染みていた。


「貴方のように友達思いの人に、あの子は救われるんでしょうね。…どうか一条君とこれからも一緒にいてあげて。私が、連れ戻すから」


 そう言い残して、少女は再び、町に埋没する。

 

 一人その場に取り残された。


 


 ふと近くの公園の時計が目に入る。針は丁度六時を示していた。





 意識が呑みこまれそうだ。視界が何度か暗転し、耳鳴りが徐々に酷くなる。

 

(……ああもうそれでも良いかもな。面倒くさい、全部)


『ふふっあははっ…決めた?貴方が一番に憎むのは……どっち?』


 見えない手が陽の手に添えられる。陽はゆっくりと腕を伸ばした。両手が母親の首元に触れる。


(――そんなの、本当はとっくに知っている)


 即座に手を離し、近くに置かれたペン立てから鋏を掴み取る。

 そしてそのまま、自分の喉元目掛けて勢いよく振りおろした。


『どうしてっ!?』


 女の声が驚愕に満ちる。陽は嘲笑うように口元を歪めた。

 この声は全然人の本質を見抜けていない。あの少女の方がおそらくよっぽど解っているだろう。出会ったばかりだというのにすべてを見透かしていそうなあの瞳。 少女の名前を、思い浮かべた。



(俺の本当の願いは、何だったのかな)


 あの願いは今ではもう違う気がしている。


 ぽたたっ。

 床に赤い斑点ができた。


 しかし、その血は陽のものではなかった。

 信じられないものを見る目で、陽は恐る恐る顔を上げた。


(何で、母さん)


 何時もの虚ろな表情で、それでもしっかり陽に顔を向けていた。刃先の行く手を阻んだ手がだらりとぶら下がり、床に鋏を落とす。


(どうしてどうしてどうして――――!!!)


 


 後方から衝撃音。乱暴にドアをこじ開けた音だった。



「―――止めなさい」


 氷河の様に冷たく、炎の様に燃え盛る怒りを秘めた少女が立っていた。

来週からテスト期間で忙しくなりますので、3週間~1か月程更新はお休みします。申し訳ありません。

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