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虚空の魔女の蘇生屋  作者: せつ
一章
6/21

第五話 暗闇と光

 話自体はあまり進んでいませんけど重要な部分だと思っております!

 『構成を読み取る』。感覚的に表現するとそれは織り成された無数の糸を辿って行く様なものだ。一本一本の糸は感情や記憶。複雑に絡み合うそれの全体を見渡す。そしてほつれたり切れたりした部分や欠落した糸を見極める。

 そうは言っても、アケはそのモノの記憶や感情の“質量”を推し量るだけでそれ自体を解することは出来ない。いや、したくなかった。


(人の奥底なんて、見て楽しいものじゃない)


 アケは目を閉じ、静かに息を吐く。

 意識を集中させ、精神の移行を始めた。

 すぐ脇で状況について行けない陽が挙動不審になっていたが、今は気にしている余裕は無い。

 瞼の裏に閃光が飛び散る。辿っているのだ。

 

 巡る、光の糸。


 ――――不意に感じた、違和感。僅かな引っ掛かり。一体何なのだろうか。

 深く探る。


『――あなた……じゃない………どうし………なの』



「アケさん!?」


「っ」


 陽がアケを揺さぶり、アケは意識を取り戻した。その瞬間『接続』が途切れ、光の糸は消える。

 顔色は見るからに蒼白で、呼吸が速くなっている。視界の端に心配そうに覗き込む陽の姿を、ぼんやりとした瞳でだが認識したようだ。


「だ…大丈夫?」


「……ええ」


 何度か空気を気管に行き渡らせると、少しずつ落ち着いてきた。陽に向き直って告げる。


「読み取りは、取り敢えず終わったから問題ないわ。けど……今日中に実行するのは無理そう。ごめん、今日はひとまず帰るね」


「そ…そう、か」


 流石にこれ程まで血の気が引き、弱々しく話す人物に無理強いするのは憚られた。『読み取り』というのはこんなにも体力を消耗するものなのだろうか。


「あの…アケさん、送るよ?あ、でも帰るってのは店に?それとも別に自宅とか……」


 アケは一瞬ポカンと不思議そうな表情を作り、そして笑った。今まで陽が見てきた何かを含んだ笑みではない。柔らかく自然な、光に溶けそうな微笑みで、思わず鼓動が高鳴る。


「大丈夫、一人で帰れる。一条君はお母さんの傍についててあげて。……貴女も変わってるね。“魔女”を心配するなんて」


「え、でも…女の子だし」


 今度は吹き出した。陽は至って真面目なのだが、アケには何か可笑しいらしい。ひとしきり笑った後、アケは今度こそ立ち去ろうとした。


「あっアケさん!」


「ん?何?」


 しまった。思わず引きとめてしまった。自責の念に駆られ咄嗟に問うた。


「…母の『構成』はどうなってたの」


「それは、口では説明出来ない。その感覚を理解出来るのは、私だけだから。でも貴女の望みは叶えるよ。……それが本当の願いなら、だけどね」


「え……?」


 射る様な眼差しに身が竦んだ。アケは既にこの病室に居ない。

 本当のなんて―――決まっている筈なのに。


(――俺は……)



 雑居ビルが並ぶ道を足早に通り抜けて、閑静な住宅街の中を進む。日は傾き始めていて、ちょうど目に差し込んでくる光が眩しい。少ない人通りだがそれでも用心して彼女は“気配を消して”いた。それは、


『良かったな、嫌いな病院から抜けられて。ああ、でもまた行かないといけないのか。ははっ!災難だなぁアケ!』


「五月蠅い」


 “懐中時計と会話をする”様子を見られると不味いからだ。子供っぽい、人を小馬鹿にする様な幼い少年の声は、間違いなくアケの首から下がるチェーンに繋がった、金色の時計から発せられたものだった。目撃されたら確実に不審に思われる。


「病室の白さが苦手なの……でも、嫌いってほどじゃないわ」


『嘘吐くな。露骨に遠ざかってたくせに。で?あの母親、どんな感じだった』


「ちょっと面倒な事になってるみたいね。自ら記憶を封じ込めたのは間違いないと思う。でもそれに何かの介入も感じられた」


 あの時聴こえた言葉は、確かにアケに語りかけたものだった。思い出すと不快感が込み上げてくるのは何故だろうか。


(きっと、こいつと同類だからでしょうね)


『なんつーか、骨が折れる仕事だな。ホンっト、厄介なガキ。……あ、でもお前珍しい反応してたよな、もしや惚れたか!?』


「なんでそっちに話を結びつけるの。そんな訳ないでしょ。そもそも私はもうそんな歳じゃないし。あんまり余計な事ばかり話すんなら売り飛ばすよ!?全然時計として役に立たないんだから」


 珍しくアケは声を荒げ、憤りの表情で時計を睨みつけた。


『やってみろ、出来やしないさ』


 一方、こちらはまったくダメージを負っていないようだ。


『年齢なんて問題じゃない、お前の場合、長く生きてても歳なんて取ってないのと同じことだからな!人間の壊れ具合も重ねた年月に比例する訳じゃない、知ってるだろ?あの陽とかいう少年みたいにさ。つーか、本当にいつになくあの人間を気に掛けてるじゃん、いったいどういう心境の変化だ?』


「……彼はまだ踏みとどまれるよ。なんていうか…少し似てる気がするの、あの人に」


『そうかぁ?全然違うだろ、あいつとは。単にお前の往生際の悪さが、そういう気を起こさせてるんだよ。諦め悪くて最低な女だよなぁお前』


 『て、あっ…おまっ』アケは無言で懐中時計を握りしめて声の主を黙らせた。軽く軋む音がしたのは気のせいではない。


『…ぷぁっ!何すんだ、アケ!壊れたらどうするんだよ!』


「蘇生屋に関わる者は皆何処か壊れている。そう言ったのは貴方でしょ?だったら貴方も壊れてたって可笑しくないんじゃない?ノワール」


『物理的な意味じゃねぇ!』


 ――そう、壊れている。


 本当に蘇らせる必要があるのは、依頼されたモノなどではなくて、依頼者自身なのだ。強烈な想いは、執着に成り果てる。蘇生屋に“吸い寄せられる”者達は、必ず自己修復が不可能なほど心に大きな欠損を抱えている。母に囚われた陽も然り。

 アケは、そんな人々を捨て置けない。――一番は、かつて救えなかった自分自身への免罪符として。

 そして一つの目的の為に、だ。



「人間の生は短いけれど、枯れた心はいくらでも蘇らせることが出来る。それを治すのが、私の役目」


 そんな彼女をノワールは嘲笑する。


『建前だろ?そんなの。お前はただ楽しんでるだけだ。人間の物語を特等席で眺める事をな。だからいつもからかうような言葉を投げつけて、相手を手の平で転がしてきた。そして自らの願いの為に人を利用する。――そんな奴なんだよ、アケ、お前は。俺と契約したあの時から、いや生まれた時からな』


「…そうだね。そういう部分があること、否定はしないよ」



『そもそも人間の生の感覚は、もう解んないだろ。永遠の命を持つ、お前には』

 


 足を止めた。目を細めて、遠くを見やる。


「でも私はまだ“人”をやめない。だから関わり続けるよ、人間に。あの人を取り戻すためにもね。――さぁ、お茶と茶菓子のストック買って帰らなきゃ」


『自分用だろどうせ』


 くっきりと浮かび上がる夕日が町も少女も染め上げる。

 懐中時計ノワールの正体については後ほど出てきますので!その時はアケの正体も一緒に解明されますかね。でも当分先です。

 ※表現を少し改稿させていただきました。

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