第一話 開店
ここもある意味ではプロローグの気がします。
ふと足を止めた。
見慣れたはずの通学路を歩いて来たはずが、何時の間にか周囲には見知らぬ店舗や住宅が立ち並んでいる。考え事をしながら歩いていたせいで道を間違えてしまったのだろうか。
いや、それにしては妙だ。仮にも毎日歩いている道を無意識とはいえ間違える事なんてあるのか。少なくともそんな経験、今まで一度も無い。
目を回した時と同じような気持ち悪さ。視界が歪んでいるのか景色が歪んでいるのか――それとも気の所為かもしれない。
そして更なる奇妙な現象にとらわれる。何処からか流れてくるか細い歌声。少年は初め幻聴かと思った。しかし女性の誘い込むような歌い回しの其れは次第に明瞭に耳に届くようになった。
こんなのまるで―――――――、
『よく知る道で迷ったら、魔女の店に辿り着くんだって』
町で語られる都市伝説だ。
(それで魔女の店に行くと……)
少年はそれまでの困惑の表情を一変させ、自分でも気づかぬ内に口元だけ笑みを浮かべていた。瞳に爛々とした輝きが灯る。
酷く冷たい笑顔だった。少年は歌声に導かれるまま迷いなく歩み始めた。
薄暗い路地に吸い込まれるように。
ずっと探していた。やっと、
(願いが叶う)
***ずっと昔のお話
「ねぇ、何故ずっと此処に居るの?」
彼は、穏やかに微笑むばかりで答えてはくれなかった。
「寂しくはないの?」
「……ありがとう。でも、此処にはたまにお客が来るだろう?私はそれで十分なんだ」
「……ふーん。でも、誰も来ない時は退屈な場所だよね、ここって。陽の光も入ってこないなんて。あ、そうだ!じゃあ…お客さんが来ないときは……ううん、今度からはいつでも私が傍にいてあげるね!」
そう言って少女は無邪気に笑う。
――――既に叶わなくなった、夢の話。
***
ずれた懐中時計の針を調節しながら、少女は独り、思考に耽っていた。いや、正確にはこの場にいるのは一人ではないのだが、毎回煩く騒ぐので取り敢えず黙殺して過ごす。
騒々しい声が突然黙った。少女は客が訪れることを知る。
すると少女は作業を終えて時計の鎖を首に掛けた。慣れた手つきで、腰に掛かる程長い黒髪を下の方に二つ束ねる。
私室から出て、施錠を念入りに確認。最後に別の部屋から羽織るためのストールと、靴を持ってくる。下の階、店の空間に降りそれらを身に付ける。
アンティーク調の椅子に腰掛けて、出迎える準備は完了。
丁度その瞬間、扉の向こうに人の気配がした。しばらく躊躇った様に立ちすくんでいたが、意を決したのか割と勢いよく扉を開けた。
カランカラン。
心地の良いベルの音が反響する。
少女は座ったまま応対する。無垢な幼女の、けれども何故か妖艶さを兼ね備えた独特な笑みをつくり出し、
「いらっしゃいませ」
――――と。
今話まで短いですが、次回からはもうちょっと長くなる予定…ですかね(?)
ちゃんと名前も出てきます。