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番外編 おまけのお話

 園庭で一番好きなのは滑り台だ。その次がジャングルジムかな?

 見晴らしがよい所は大抵好き。

 私が通ってる幼稚園には三種類の滑り台があって、一番高いやつにはスペースシャトルがついている。前方には操縦桿だってちゃんとついてるんだよ? 操縦桿の席は二人しか座れないから、いつも年長さん男の子が占拠してる。でも、私だって負けてない。今日こそは座るぞって、毎朝気合いを入れて幼稚園へ向かうんだよ。

 コックピットは高くて怖いって子は結構いるけれど、私はへっちゃらだ。母様はいつも気をつけてってうるさいけど、私は全然平気。何がそんなに怖いのかさっぱり分からないよ。

 ――私は高いところが大好きだ。

 真奈まなはコックピットに意気揚々と座ると、隣に同じ星組のケイちゃんを座らせた。ケイちゃんは男の子のくせに気が弱いので、一人ではコックピットに座ることはおろか、滑り台のてっぺんまで上ることすらできない。上から睨みつけてくる年長の子に気圧されてしまうのだ。ケイちゃんは体格からしても年長さんのどの子よりもデカいんだから、もっと堂々とすればいいのにと真奈はいつもイライラする。

 そんなケイちゃんなのだが、長い黒髪を振り乱しながらてっぺん攻めをする真奈に何故かいつもついてくる。母様みたいな少し不安げな表情で。

「ケイちゃん、出発するよっ!」

 そうかけ声を掛けると、ケイちゃんは弱々しく頷いて、ケイちゃん側の座席にぶら下がっている鐘を弱々しく鳴らした。

「もっと元気よくっ!」

「う、うん」

 いくぶん景気よくなった鐘の音に、真奈は意気揚々と操縦桿を握り、ガコガコと音をたてながら右へ左へと回転させた。

 実際にハンドルが効いていたならば、シャトルはさぞかしアクロバットな飛行をしていることだろう。

 ――来年は年長さんなんだし、もう少し落ち着いてくれると良いのだけれど。

 これが、母様である妃奈の口癖になってしまった、娘、真奈の幼稚園での日常だ。

 しかし、母の願いはむなしく、真奈のお転婆ぶりは年長になってからも発揮され続け、むしろ磨きが掛かった。

 小学校に入学してからもそれは変わることはなく、むしろ、知恵が付いた分だけ性質が悪く大がかりになったと言えるかもしれない。

 軽業師のような真似をして先生に呼び出されることはしょっちゅうだったし、兄のアレックスが妙に動物を飼い慣らすことに長けていたように、真奈も得意なのらしい。学校の飼育小屋のウサギを勝手に外に出して遊んだり、鶏にウズラの卵を抱かせて(かえ)したりと好き勝手なことをやっているようだ。好き勝手なことをしている割には、真奈のやっていることにみんな興味津々になるものだから、なおさら困るのだと、教師から苦情を受けたことなど片手では足りない。


 五月の連休を目前にした週末、真奈は一人、山の中で木陰に身を潜めていた。

 マッタク、家族は私を少し、いや、かなり見くびりすぎている。特にアレックスなんて、ちょっと先に生まれたからって、威張りすぎだと思うんだ。事あるごとに私をちびっ子呼ばわりしてさぁ。

 みなさんお忘れのようですが、私はもう小学生、しかも二年生なんですよ? 幼稚園じゃない。

 父様とアレックスは週末ごとに二人でどこかへ行く。たまに母様も一緒に行っているようだけど、私は相変わらず留守番だ。お祖父ちゃまや和尚様は将棋や碁なら付き合ってくれるけど、鬼ごっこや泥ケイなんかはできない。歳だからね。小学校のお友達に会うには山を下りなければならないんだけど、私を見くびっている人々は、一人で行ってはいけないと言う。だけど和尚様やお祖父ちゃまに連れて行ってもらうのは気の毒だからやめておきなさいとも言う。マッタクもって理不尽だ。

 そこで私は考えた。

 今度の週末、いつも私一人留守番なのはかわいそうだからと渋る母様に、全然平気だし、宿題の漢字の書き取りドリルを溜めちゃって、週末はそれをやらなければならないからと強引に三人を送り出した。

 送り出してから、私はにんまりとほくそ笑む。

 ドリルなんて休み時間にちゃちゃっと書き終えちゃってる。あんなのに時間をとられて週末をつぶすなんて、ばっかじゃないの? そんなこと私がすると思ってるの? 真奈様をみくびってもらっちゃ困るよ。

 私はお祖父ちゃまに、外で石拾いをしてくると言いおいて離れを出た。

 最近真奈は石に興味を持っている、というのは先週から仕込んでおいた今日のための伏線だ。

 玄武岩だの花崗岩だのって、そんなのどーだっていいんだよ。

 真奈は近道をして、裏山にある滝まで、山の中のけもの道を上った。いつも三人は裏山の滝に行っているらしいことは確認済みだ。しかし、前回は滝のところで見失ってしまった。急に三人の姿が消えたのだ。

 先回りして、滝が見える木の陰で、一人身を潜める。

 今日こそは、その先をつきとめてやるもんね。

 真奈が滝に着いてまもなく、三人はやってきた。そして、そのままジャブジャブと水の中に入って行く。

 真奈が怪訝そうに首を傾げていると、三人はそのまま滝をくぐって奥へと消えていった。

 滝の中に何かあるんだ!

 真奈も続いて滝へと向かう。勢い込んで滝をくぐったせいか、抜けた途端ザブンと深みに落ち込んだ。

 シマッタ! と思った瞬間、真奈はグブグブと深みにはまって沈んでいく。水は思ったよりも深いようで、いったん視界が闇に沈む。さすがの真奈もこれはヤバイかもとすくみあがった。

 ところが、急に視界が明るくなったと思うや否や、すぐに腕を掴まれて、グイッと引き上げられる感覚がした。ザバッと水面に顔を出せたものの、少し水を吸い込んでしまったせいで激しく咳き込む。

 ひとしきり咳き込んで、ふと気づくと、目の前には驚いて目を見開いたまま真奈の腕を掴んでいるケイがいた。

 慧とは小学校でクラスが離れてしまっていて、最近では一緒に遊ぶこともすっかりなくなっていた。

「真奈ちゃん! じゃなかった真奈様。大丈夫ですか? どうしてここに?」

 真奈も驚いて目を見開いたまま問い返す。

「なんでケイちゃんがここにいるのよぅ? ってか、ここはどこなの? 真奈様ってなに? あんたとうとう私のしもべになっちゃったの?」

 慧は真奈よりも先にここにいたように見受けられた。しかも服装が、小学校で見る彼とは全然違う。まるで民族衣装のようないでたち。そのせいだろうか、やけに大人っぽくみえる。

 辺りを見回すと、辺りの様子もすっかり違っていた。

 赤や黄色に色づく木々。いつも見ている空と違って、赤を少し足したような薄紫の天空。涼やかな風には秋の気配が漂っている。

 季節が……逆になってるの? なんなの? ここ……。


 とりあえず、と真奈の手を引いて水からあがった慧は、唐突にその場にひざまづいた。

「ち、ちょっとケイちゃんってば何してるの?」

「真奈様、レムス帝国へようこそ。アレクシオス殿下とお后様からは、真奈様にはまだ話さぬようにと承っておりますが、こちらに来てしまったのであれば仕方がありません。王宮までご案内致します」

 慧はにっこり微笑むと真奈に手を差し出した。


 招かれざるまま、レムス帝国に勝手にやってきた皇女真奈は、この後、王宮にて両親からこってりと絞られるわけなのだが、それ以上に、そのお転婆ぶりを発揮して、両親のみならずテオドシウス陛下御一家からアデライード叔母までをも含めた王族全般のど肝を抜くことになる。

 更に言えば、その後、真奈は大臣リュシオンのカワセミ色の頭に白髪を増やし続け、側近であるケイオニウス(慧)を、しょっちゅう途方と涙にくれさせることになるわけなのだけれど……それはまた別のお話。


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