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番外編① 剣と電気と地球儀と

番外編作ってみました。三篇ほどになると思います。よろしかったらお付き合いくださいませ~ 招夏

どこからともなく聞こえてくる幽かな水音は、春の訪れを知らせている。その心地よい音色に耳を澄ませながら、妃奈は目の前の窓から外を眺めた。

 早春に咲く花は黄色いものが多い気がする。

 本堂の脇に生えているマンサク。根雪を割って咲くフクジュソウ。日だまりのトサミズキ。

 未だ暗い早朝の薄闇に、トサミズキのこんもりとした灌木の黄色い蕾が浮かぶ。母屋の脇に植えてあるのが離れの台所の窓から見えるのだ。

 背後でパチンという音がして、突然台所の灯りが消えて辺りが薄闇に沈む。間をおかず、パチンという音がして、再び明るくなった。それが何度か繰り返されたところで、妃奈はため息をついて振り返る。

「アレク、電気を点けたり消したりするのはやめてください」

 朝もはよから高級そうな笑顔で佇むこのひとは、アレクシオス・ドゥ・レムスという、らしい。レムス帝国の前皇帝であり、私の夫であり、アレックスの父親であるらしいのだけれど、アレックスの父親であること以外は、全然、ちっとも、これっぽっちも信じられない。

 そもそも、レムス帝国ってどこにあるのよ。

「電気とは、実に不思議で便利なものだな。スイッチとやらを押した瞬間の快感が癖になる」

 どうやら彼は電気のない(通ってない?) 国から来たようなのだ。妃奈の前に現れたアレクの振る舞いは、初めて水を水だと理解したヘレン・ケラーを彷彿とさせた。

 今時、電気の存在を知らない未開の国なんてあるのかな?

 そんな妃奈の疑問など知らぬ気で、アレクは笑みを湛えたまま、背後から妃奈を抱きすくめた。

「わわっ! は、はは離してください。危ないですよ。私、包丁を持ってるんですからっ」

 ふわりと暖かくなる背中、ムスク系のよい香り、妃奈をすっぽりと包み込んでしまう太い腕。毎朝のことなんだけど、毎朝動揺してしまう。何度でも。

 アレクは実に心臓に悪い人だ。お陰で、妃奈は毎回、茹で蛸のように顔を赤くして俯くはめになる。

 なのに……。

 ――危ないのはそちの瞳だろう? 余の心はすでに貫らぬかれて、そちに釘付けなのだぞ。どうしてくれる?

 などと甘い言葉を耳元で囁くのだから堪らない。

 やめてください。私を心臓発作で殺すつもりですかっ。

 息も絶え絶えに、抱きしめられた腕から逃れようともがいていると、突然、勝手口のドアが勢いよく開いて、銭塘君が入ってきた。裏山で採れたとおぼしき山菜と、どこで手に入れたのかといぶかしむような珍かな焼き菓子を手にしていた。

 彼がよく持ってくるその焼き菓子には、妃奈の知らない不思議な味のフルーツがどっさり入っている。

 こっちに持ってくると味とか香りが少し変わっちゃうんだよなぁ、と銭塘君はいつも不満げに言う。

 こっちって、どっちから持ってきたんですかっ!

 なんの実なのか、どこで手に入れているのかと訊いてみたけど、詳しくは教えてくれなかった。 このお菓子はアレックスの大好物なのだ。

 どこで手に入れているのかは教えてくれないけれど、欲しければいつでも買ってくると、銭塘君は言ってくれた。もしかしたら、彼の手作りなのかもしれない、と疑ったこともあったけど、どうも違うようだ。

 勝手口から入ってきた銭塘君は、軽く口をあけたまま一瞬だけ静止したものの、すぐに肩をすくめてから躊躇することなく台所に上がり込んだ。

「……おまえら、性懲りもなく朝もはよからいちゃついてるなぁ」

 などと呟きながら通り過ぎる。


 レムス帝国がどこにあるかについては、しばらく追及するのはやめておこうと妃奈は思っている。それに、今は無理だが、いずれ連れて行ってやるとアレクは言った。いずれ連れて行ってくれると言っているんだから、その時まで待つのが一番良いのだと、今は思っている。

 なぜなら……。

 二人が現れてすぐの頃、妃奈はレムス帝国の場所を特定すべく、地図を二人に見せた。ごくありきたりのメルカトル図法の地図だ。妃奈は二人に地図を見せ、あなた方の言うレムス帝国とはどこなのかと丁寧に問うたのだった。日本語は実に流暢だが、彼らは日本のことを何も知らない様子だった。当然のように、外国人のお約束、土足で部屋に上がり込むこともした。

 それって変じゃない? 日本のことはある程度知っていても、日本語はしゃべれないという外国人の方が普通だと思うんだけど。


 ――これがこの世界なのか……。

 地図を見るなりそう言って、アレクも銭塘君も黙り込んだ。頭をくっつけんばかりにして、二人してテーブルの上の一枚の地図をのぞき込む。横からアレックスが、ここが日本なんだよと得意げに日本列島を指さして見せた。赤く色づけされた小さな日本列島。彼は幼稚園で日本の形を習ったばかりだったらしい。

 ――俺、この地形見覚えあるわ。

 そうポツリと言ったのは銭塘君だった。

 そう言って、地図を持ち上げると中国の辺りをまじまじとのぞき込む。

 ――この辺を出発したんだよ。で、俺、西に向かったんだよな。で……。

 ぶつぶつ呟きながら銭塘君は指でなぞりながらヨーロッパ方面に視線をスライドさせる。

 裏側の白い紙を見せられることになったアレクは少し不満げにしていたが、突然、目を見開いて白紙の側からまじまじと地図をのぞき込んだ。

 ところでその地図は、かなり薄い紙を使用していたようで、裏側からも表側の地形がうっすらと透けて見えていた。

「おい、レムス帝国があったぞ!」

 驚いた銭塘君が地図から手を離すと、今度はアレクが地図の裏面を表にした状態で、電灯にかざして銭塘君に見せた。

「ほら、これ!」

「おぉ、本当だ!」

 二人の視線は裏側から見た日本列島に集中している。

 ところが、そこに運悪く、アレックスが自分の部屋から地球儀を持ってきた。

 地球儀上の日本列島を目にした途端、何故かアレクは佩刀(はいとう)していた剣をスラリと抜いた。銭塘君が心得たように、アレックスを後ろに下がらせる。

「ちょっと、何してるんですか?」

 妃奈がそう口にしたときには、地球儀は真っ二つに割れて、南半球が炬燵の下に、北半球が炬燵の上に転がってクルクルと回転していた。

 口を「え」のまま開き、へたへたと座り込む妃奈と、泣き出すアレックス。地球儀の内側をまじまじと見つめる銭塘君と、剣を納めながら不思議そうに妃奈とアレックスを交互に見つめるアレク。

 あの時の光景を思い出すと、妃奈は未だに口が「え」のまま固まってしまう。

 地球儀を初めて見た二人は、内側にも地図があるのだと思ったらしい。そして赤道の線が開け口だと勘違いしたのだ。

 だからって切るこたないでしょお!

 レムス帝国は地図の裏から見た日本列島とそっくりなのだそうだ。しかし、当然のことながら、地球儀の内側は空洞で、何も描かれてはいない。 大事にしていた地球儀を壊されて泣くアレックスに、弱りきった顔をして何度も謝った後、アレクは真っ二つに割れた地球儀を直してくれた。

 しかも、どうやったのかは知らないが、地球儀は二つに増えていた。

 一つは元通りに修復されたもので、もう一つは裏表になった地球儀だ。そして、裏表になった地球儀の日本列島には、レムス帝国と表示されている。

 その事件以来、妃奈はレムス帝国の場所を訊いていない。訊く気になれないと言った方がいいかもしれない。

 ちなみに、アレクが佩刀していた剣は、さっさと取り上げて、和尚様に頼んで銃砲刀剣類登録をしてもらった。

 銃刀法違反とかで捕まりでもしたら、色々厄介だものね。

 アレクが持っていた剣は、実に不思議な剣で、アレク以外が抜くことはできない。お陰でほとんど美術品としてして扱われ、登録も形ばかりのものとなったらしい。しかも、お寺の納屋で見つかったいわく付きの剣だと説明しておいたら、登録した後、速やかに戻ってきた。

 和尚様によると、窓口の人が青い顔をして剣を返してくれたらしい。聞けば、真夜中になると剣が帰りたいと呟くのだと言う。暗示というものは恐ろしいものだと和尚様は笑い、妃奈もつられて笑った。

 実際、剣が呟いているところなど、妃奈は一度も遭遇したことはない。

 ただ、戻ってきた剣に、アレクが「ご苦労だったな」と話しかけていたのが少し気にはなったけど……。

 今その剣は、妃奈たちが住む離れの一室にある小さな床の間に飾られている。


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