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第六十一話 からふるっ

「暑いな」

 ジリジリと暑い陽が照り焦がす窓の外を眺めてアレクは一人ごちる。

「しかし、お陰で米も小麦も葡萄も豊作だと聞いております」

 隣でリュシオンが暑さをものともしない涼しげな顔で微笑む。

「どうだ? アデルとはうまくやっておるか? あれは王宮以外で暮らしたことがないから、無理なことを言っておるのではないか?」

 第二皇妃だったアデライードをリュシオンに下賜してからすでに三年が経っていた。昨年には跡継ぎとなる男の子も生まれたのだが、これまた見事な金髪で、母親に劣らぬ魔力を持っており、レムス王族として皇位継承権を持っている。

 アレクの問いに、一瞬、言葉に詰まったリュシオンだったが、すぐに気を取り直し、おかげさまで退屈しない日々を送らせていただいておりますと笑いながら返した。

 レムス帝国の一都市となったネメアには、回復したガウラ叔母とリューク伯を派遣してあるが、ネメアも今年の小麦の出来がことのほか良いと連絡があったばかりだ。数年前から始めた酪農も軌道に乗ってきたとの知らせも併せてあった。

 ――ホッカイドウなら酪農でしょお?

 妃奈、そちの言ったとおりだったな。確かに酪農に向く地であったようだ。ホッカイドウではなく、ネメアだがな。

 アレクは小さく笑む。

 妃奈、そちはどこへ行ったのだ? 無事でおるのだろうな……。

 妃奈が滝壺に落ちて行方不明になってから、すでに五年もの月日が流れていた。


 その間に、レムス帝国は、竜族と人族が共存する国として、更なる成長を遂げていた。竜族が国の守りを固めてくれるようになったので、レムス王族としてはその分の余力を、国土の保全に使えるようになり、治水が以前よりも格段に良くなった。

 竜族と王族の関係が、そこそこ友好的に保たれているのは、妃奈の存在によるところが大きい。竜族自治区という発想を提案した直後、妃奈がこの世界から姿を消したことで、国を分けずに竜族と王族が共存することは、金竜の望みであり、最後の願いとなった。

 ――金竜が望んだことだから。

 折り合わないことが起こっても、この言葉の元、竜族と王族は根気よく意見のすり合わせを行ってきた。その結果としての国の形だ。

 金竜を失って、一時、竜族は失望のあまりゴタゴタした時期もあったようだが、慎也やその側近達の努力で、竜族はよく踏みとどまった。

 今ではシャルロ山やテルメ山にある温泉郷に行くのにも竜族が運営する定期便を利用できるようになり、以前よりも格段に安価で安全に行ける。 王族が年に一度竜替えに訪れるシャルロ山の山頂には、竜族の立派な王宮が建てられている。それは王族の山小屋の対岸にあり、水面に映るその姿が観光名所にもなっている。シャルロ山は一部観光地化されたので、竜族の王宮は一般人でも観ることができるようになった。

 アレクの第一王妃は、王母として、その真実の姿を現すことが叶い、クリスティーナとの和解もできた。その一年後、クリスティーナは王宮にて身まかった。クリスティーナの養女だったアレクの第三王妃セレンは、母を看取った後、本人の希望で野に下り、神職についた。

 そして、第二十四代皇帝アレクシオスは、昨日、皇帝職を退いた。在位十五年。今日からは、第二十五代皇帝テオドシウスが、ここレムス帝国を率いることになる。

 何もかも順調だ。そち以外は……な。

 今まで銭塘君に任せっきりにしていた捜索ことを、これでようやく自分でできるようになった。

 アレクは晴れ晴れとした心持ちで、陽の当たる窓の外を見下ろした。

 その時、

「おーい、アレクーっ、例のものが見つかったぞーっ」

「なにーっ、本当か?」

 城の屋上、見張り場に直接降り立った黒い竜は、ドシドシと足音を響かせながらアレクの元までやってきた。

「種だったんだよ。種が隧道の入り口になってたんだ! どうりで気づかねーはずだよっ」

 銭塘君は鼻から煙を上げながら息まく。

 滝壺に落下した後行方不明になった妃奈を探していたアレクは、滝壺の水を一口含んで、その場に膝をついた。

 その水には妃奈の残像が刻まれていた。

 妃奈の最後の思いと、最後に呼ばれた自分の名が脳内で木霊する。最後に閃いた金色の光は、希望の証なのか絶望なのか。

 守ってやれなかったことに、気づいてやれなかったことに、助けてやれなかったことに、アレクは打ちひしがれた。


 命の危険に晒された竜族は、必ず竜型に変化へんげする、という銭塘君の言葉を信じて、時間が許す限り方々へ金竜を探して回った。

 最悪の場合、金竜に変化した後、向こうの世界へくぐってしまっているかもしれないとも言うので、併せてレムスの隧道も探したのだが、見つからなかった。

 金竜として向こうの世界に渡ったのならば、どこかに、あるいは何かに、隧道ができているはずなのだ。

 しかし、なにぶん皇帝という身分では、捜索するにも時間が足りない。そこで、アレクは帝位を退くことにした。

 引継にかなり時間がかかってしまったが、ようやく自由の身になれた。

 竜型のまま、窓から首を出す銭塘君に、アレクはつかみかからんばかりに詰め寄った。

「本当に見つかったのだなっ?」

「あぁ、もうほとんど海に近い河口の岸だ。根付いて木になってる。まさか木が隧道の入口になってたとはな。異常な速度で大木になった木に気づいてな、調査してみたら案の定だ。木を隧道の芯にするなんて、妃奈のやつ、なかなかのやり手だぜ。俺、早速くぐってみようと思うんだが、おまえはどうするよ。行くか?」

「もちろんだ!」

 ――金竜となってレムスの隧道をくぐっていれば、気を貯める器は壊れて、妃奈はもう金竜ではなくなっているだろう。下手をすれば生きてはいないかもしれない。それでも探しに行くか?

 銭塘君の問いに、かつてアレクは迷い無く頷いた。

 そして、今、銭塘君の言葉に大きく頷いたアレクが後ろを振り返ると、リュシオンが柔らかくほほえんで頷き返した。

「テオ陛下には私から伝えておきます。アレクシオス殿下、くれぐれもお気をつけくださいませ。ご無事とご幸運ををお祈りしておりますよ」

 アレクはそれに小さく頷くと、ヒラリと銭塘君の背に乗って西の方角へと飛び去った。


 とさり、と木の葉から雪がこぼれ落ち、幽かな音をたてた。しんしんと雪が降る参道を小さな手をひいて女は歩いていた。

 手に提げた買い物かごには、和尚様に頼まれた和菓子が入っている。新年の来客用の御菓子だ。年の瀬の押し迫ったこの時期にも、檀家の方が来訪することがよくあるので、切らしてしまったらしい。

 御菓子を本堂にいる和尚様に届けると、ねぎらいの言葉をかけられた。

「ご苦労様。アレックスも寒かっただろう? そうそう、つばささん、母屋の方に回ってリンゴを持って行くといい。檀家さんからたくさんいただいたのでな」

 アレックスと呼ばれた男の子は、真っ赤に染めた頬を更に赤くして微笑む。

「いつもありがとうございます、和尚様」

 つばさと呼ばれた女は、そんなアレックスの様子を愛おしそうに見ながら頭を下げた。

 彼女が、山深いこの寺の裏手にある滝壺に倒れていたところを、住職である和尚様に助けてもらってからすでに五年が経っていた。

 そこに倒れることになった自分の身の上を、彼女は一切覚えていなかった。何も身につけておらず、どこか高いところから落ちたのかと思われるほど、傷だらけだった。滝修行に来た和尚様が助け起こしたときには虫の息で、あわてて麓から呼んだ医師も、もうダメだろうと言ったほどだった。しかし、彼女は一命を取り留めた。

 身元を証明するものは何一つ無く、手がかりになりそうなものは、右手に握りしめていた銀製の翼の形をしたペンダントヘッドと、高熱にうなされていた間中、譫言うわごとで口にしていた「アレク」という名前。

 和尚さんは手を尽くして身元を探してくれたが、彼女が一体何者なのか、結局分からずじまいだった。

 翼の形のネックレスを持っていたからと、つばささん、と呼ぶようになったのは和尚様だった。 娘が生きていたら、同じぐらいだったろうと、和尚さんは彼女にとても親切にしてくれた。

 私は、一体誰なんだろう。なんで素っ裸で滝壺なんかに落ちてる事態になったんだろう。

 何度思い出してもさっぱり思い当たらなかった。

 ま、あんまり良さげな過去じゃなさそうだから、無理して思い出す必要もないかな。

 貸してもらって住んでいる離れの一室で、炬燵に座って彼女はつらつらと考える。

 隣で、アレックスがお裾分けのリンゴを並べて遊んでいる。色々な種類のリンゴをくれたらしい。

 アレックスは四年前につばさが産んだ子だ。滝壺で虫の息だった母親の胎内で、よくもまぁ無事だったものだと驚嘆された子で、今では、身元の分からぬ彼女の唯一の心の支えだ。

 アレックスと言う名は、つばさが付けた。彼女が譫言で呼んでいたという「アレク」という名にちなんだものだ。

 アレク……外国の人だよね。

 しかし、彼女にはちっとも心当たりがない。

 譫言で呼ぶくらいだし、きっとアレックスの父親なんだよね。でも、私、外国語しゃべれないしな。ということは、合意の上じゃない場合も考えられるわけで……。

 つばさは小さくため息をつく。

 和尚様も、薄々そう考えているのか、辛いことなのかもしれないから、無理に思い出す必要はないんじゃないかい? と言い始めていた。

 無理に思い出すな……か。

 更にもう一つ小さくため息をつく。

「ねぇ、お母様はどの色のリンゴが好き? ボクね、この緑色のが一等好き」

 アレックスは今年で四歳になるが、とても聡い子で、この年にしてすでに簡単な文字なら読むこともできる。

「色々な色があるね」

 並べられたリンゴは、赤だけでなく緑色のもの、黄色っぽいものと様々だ。

 黄色っぽいリンゴにふと目が止まった。

 ゴールデンデリシャス

 金色の……。

 何かが記憶の中で浮上した気がする。

「それが好きなの?」

 ゴールデンデリシャスとシールが貼られたリンゴを持ち上げて、しげしげと見つめていたつばさは、アレックスの言葉にふと我に返った。小さく笑って、首を振る。

「金色じゃないのがいいかな?」

「それ金色じゃないよね」

 そう不満そうに言ってから、

「お母様は金色が嫌いなの?」

 と不安そうに問う。

 アレックスの不安そうな顔に、つばさは悪戯っぽく笑って息子を抱きしめた。

「金色で好きなのはアレックスの髪だけだからっ」

 アレックスは照れくさそうに、でも、嬉しそうに笑った。

 アレックスは深く濃い金色の髪に、光に透けるとようやく分かるくらいの濃い碧眼を持っている。顔の作りも彫りが深い方だ。

 童話に出てくる王子様みたい。

 我が子ながら、時々見とれてしまう。

 純粋な日本人であれば、こんな髪色の子は生まれないだろうからと、和尚様は伝手を頼って外国人にも聞き込んでくれたのだけれど、やはり私の身元は分からなかった。

 私は一体、何者なんだろう。


 珍妙な客が山門をくぐったのに気がついたのは、ようやくお正月の慌ただしさが一段落した寒い日だった。その日も朝からしんしんと雪が降っていて、こんな日にわざわざ山の上にある寺までやってくる人などないだろうからと、和尚様からお許しをいただいて、お寺の庭先でアレックスと雪遊びをしているところだった。

 アレックスが投げた雪玉がつばさの顔を掠めて、後ろの階段へと飛ぶ。その雪玉を絶妙なタイミングで腕に受けて防いだ二つの人影。雪玉を受けたのは金髪で、もう一人の男は黒髪だ。

 上背のある二人は、奇妙な格好をしていた。どちらも長く伸ばしたその髪を後ろでまとめて結んでおり、その服装ときたら、どこか西洋のお城からでも出てきたようないでたちだ。

 え、えと……コスプレイヤーさん?

「あ、あの、ごめんなさいっ。お怪我はありませんでしたか?」

 アレックスも駆け寄ってきてペコリと頭を下げたが、すぐにつばさのダッフルコートの裾に掴まって身を縮めた。

 二人は、しばし呆然としたように立ち尽くしていたが、すぐに黒髪の方が、喜色を浮かべて駆け寄ってきた。躊躇することなく、つばさをぎゅうぎゅう抱きしめる。

「妃奈ーっ。おまえ、妃奈だろ? 探したぞ。ほんと、めっちゃ探したんだからなっ」

 妃奈? 誰? え? 私? いやいやいやいや、ちょっと待って、このコスプレーヤーさん達、佩刀してない? 本物っぽいんですけど……。やばくない?

 腰に下がっている柄が妙に重厚でリアルだ。抱きしめられたときに体に当たった感触は、それが玩具ではないことを知らせていた。

 つばさは、咄嗟にアレックスの胸を押して遠ざけた。

 しかし、さっきまでつばさの陰で身を縮めていたアレックスが、人が変わったようにつばさと黒髪の男の間に割り込んでくる。

「あやしい奴めっ。母様を離せっ」

「なんだおまえ?」

「アレックス、やめなさい。あぶないわ!」

 黒髪の男とつばさの声が重なる。

「アレックス?」

 金髪の男は瞠目して駆け寄ると、アレックスの肩を掴んでその顔をのぞき込んだ。

 アレックスを見て瞠目する金髪男に、つばさは心底動揺する。なぜならば、アレックスも、その男も、同じラピスラズリの瞳を持っていたから。しかも、心なしか顔立ちも似ているような気がする。

「これは余の子か? 妃奈、そちは身ごもっておったのか……なんということだ……それを知っておればもっと早くに探しに来たものを……」

 ヨノコ? ヒナ?

 アレクはアレックスを抱き上げた。アレックスも茫然とした様子で大人しく抱き上げられたままで、アレクを見つめている。

「下ろしてください。怖がるわ。あなた、誰ですか? 私のことを……知ってるの?」

 アレクは妃奈つばさを見下ろして柔らかく笑んだ。

 その微笑みに、妙に気持ちが暖かくなるのを感じて妃奈つばさはうろたえる。

「無論、知っておるとも。そちは記憶をなくしてしまったのだな。辛かっただろう? ずいぶん長い間、苦労させてしまったようだ」

 アレクは片手で軽々とアレックスを抱えたまま、もう片方の手で妃奈つばさの頭をなでた。

 その大きくてごつごつした手のひらに、なぜだかひどく安堵している自分に驚く。

「妃奈、安心するがよい。余が来たからには、もうそちに辛い思いはさせぬ。失った記憶も追々語って聞かせるから案ずるな。銭塘君もついておるし、余も今では自分の為に時間を使える身なのだからな」

 黒髪のせんとうくんが、ま、俺さえいれば無敵だけどな、などと言っているのを聞きながら、妃奈つばさは、今まで心の中に抱えていた何か分からない重い塊が、ふっと消え去るのを感じていた。

 今の今までモノクロームだった世界が、急速に色をまとい始め、クルクルと踊り出した気がした。

 空の蒼、雲の白、木々の翠。琥珀の色の透き通った日差しは、紅玉の果実のようなアレックスの頬にも、二人の碧玉の瞳にも、惜しみなく降り注ぐ。

 あぁ、思い出した。

 世界はこんなにも不思議に満ちているってこと。

 世界はこんなにも光で溢れているってこと。

 世界はこんなにも、カラフルだってこと!


(了)

完結しました。

長い間お付き合いくださいまして、ありがとうございましたm(_ _)m 招夏(拝)

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