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第五話 レムス城下町

長いです(^_^;) お時間のある時にどうぞ~

 深い森を抜けて、地上に降りた場所は、町の中心に位置する広場の入口だった。広場には白っぽいオレンジ色のレンガが円形に敷かれており、広場の縁に沿って、ぐるりと様々な店が取り囲んでいる。道はその広場を中心に放射線状に広がっているらしい。肉屋、魚屋、八百屋、花屋、民芸品を置いている店、様々だ。夕暮れせまる町は、仕事帰りの人々であふれかえっており、中でも食堂や一杯飲み屋的な店は特ににぎわっていた。


 アレクが広場の隅にある馬繋場にネプトゥヌスをつないでいる間、広間に面した店の軒先を覗いて回る。予想通り何から何までカラフルなのだけれど、それ以上に、活気に溢れた広場の空気に妃奈は目を見張った。空気までカラフルな気がする。さっきまでの不機嫌さなど吹き飛んでしまう。それほど町の様子は魅力的だった。


 軒先に山のように積まれた野菜や果物、見たこともない色とりどりの魚。大きな肉の塊を回しながら焼いている店からは、香ばしい良い匂いがしているし、色とりどりの綿菓子を売っているお店からは、甘やかでフルーティな香りがする。

 とても豊かな国なんだ。

 どんどん嬉しくなって、次から次へと店先を覗いて回る。子どものように駆けまわりたくなる。実際の子どもたちは、どちらかというと店先で売る方を手伝っている方が多いのだけれど。


 子どもが働いているからと言って、彼らには、人手不足でいやいや働かせているという感じはなかった。どの子も働くのが楽しいといった活き活きとした瞳で、子ども特有の良く通る透きとおった声で、道行く人に声をかける。

「今日の魚は新鮮だよーっ。さっきまで生きてたんだ。揚げてもよし、焼いてもよし、生でだって食べられるよ―っ。それがナント、5匹で3リブラ50チェンテシミ。お買い得だよーっ」

 生で食えるかよ、とか、3リブラに負けろ、などと笑いながら声をかける客と談笑する黄緑色の髪の子ども。どの子の瞳にも活気と誇りがあった。

 城の暮らしも悪くないけど、私、この辺で暮らしてみたいかも~。刺繍入りのハンカチとか売って暮らせないかな。素人仕事じゃ、さすがに無理かな。


 民芸品を置いてある店では、木でできたカラフルな細工物に目が留まる。陳列されている細工物は、羽の生えた竜をモチーフにしたものが多いようだ。

 この国では竜が人気なの?

 宝飾店の、翼の形に掘られた金属のアクセサリーに目が留まる。銀色の片翼のアクセサリーは、夕刻の乏しい光を弾いて煌めいていた。

 この羽の形って……。

 しげしげと、陳列ケースの中を覗きこんでいると、店の女性がにこやかに話しかけてきた。紫色の瞳に薄紫の髪の女性だ。

「お嬢さん、それは銀竜の翼をデザインしているんですよ。幸運のお守りです。付けてご覧になりますか?」

 そう言いながら、女は愛想よく銀竜のネックレスをケースから取り出した。

「え? あ、ごめんなさい。私、お金持ってなくって……見ているだけなんです」

 慌てて手を振ると、突然背後から声がした。

「それを一つもらおう」

 振り向くとアレクが立っている。

「ア、アレク、いえ、そんな高価なものを買っていただくわけには……」

 値段を聞いてもこちらの相場が分からないので、判断しようがないのだけれど、雰囲気的に高そうだ。唯一、知っている値段は活きの良い魚五匹の値段くらい。一方、店員がにこやかに提示している金額は、どうやら桁が二つほど違うようだった。妃奈があたふたしていると、店員はアレクに満面の笑みを向けた。

「まぁぁ、素敵なカップルですこと~」

 妃奈は遠い目になる。

 素敵なのはアレクだよね。おもいっきし、セールストークだし……。

 セールストークであるのは見え見えなのに、何故かアレクは嬉々として店員と話し始めた。

 あああ~、しかも、ペアで売りつけられそうになってるしぃぃ。

 店員は金色のネックレスも取り出して、しきりに説明している。

 アレクってば、カップルなんかじゃないって言えば、話はすぐに済むのにぃ。

「アレクっ、行きましょう。私、喉が渇きました」

 後ろから腕を引っ張ると、アレクが頬を上気させて振り向いた。

「妃奈は銀竜で良いか? このネックレスは金と銀がペアになっていて、ペアで付けると更に幸運が強化されるらしいのだ」

 え~。

 妃奈の制止は、時既に遅かったらしい、アレクの右手には金竜の、左手には銀竜のネックレスがぶら下がっていた。

「ほら、二つをぴったりくっつけると右左の翼が揃うのだ。女性が銀竜らしいのだが、もし妃奈が金竜の方がよければ、余が銀でも良いぞ?」

 もう買っちゃったんですか?

 呆れはしたものの、嬉色を湛えているアレクを見ると、なんだか幸せな気分になってきて、気がつくと、銀でいいです、と呟いていた。


 店から出て、先を歩くアレクの背中に声をかける。

「あ、あの、アレク、良かったんですか? 私なんかとペアのネックレスなんて買ったら怒る方がいるのでは?」

 妃奈の声に、アレクが、少し不安そうな顔で振り返る。

「うっかりしていた。もしやそちにはそのような者がおるのか? いるようには見えなかったので、てっきりおらぬのだと思うておった」

 なんですか? その見てきたような言い方は~。確かにいませんけどぉ。

 少しムッとする。

「私じゃなくて、アレクにいるのでは? と訊いているのですが?」

「いないこともないが。まぁ、それは気にせずとも良い」

 なにそれ~。サイテーっぽくないですか? あ、でも待てよ? 一方的にアレクに想いを寄せている人がいるとか、そういうことはありえるか。これだけ眉目秀麗なアレクのことだ、ありえないことではないか。ふーむ。

 腑に落ちないまま、アレクの後ろをついて歩く。


 アレクは、巨大な酒樽を看板に見たてた店のドアをあけ、勝手知ったる様子で奥の席に座った。店の中は酒場というより飲食店のようで、女性の姿も結構見受けられる。

「グラスワインを二つと、こちらの女性にシーブ・イッサヒル・アメルのタルトを」

 店員が、かしこまりましたと気持ちの良い返事をして店の奥に消えた。

 ワインで良かったか? と問うアレクに、妃奈はコクリと頷いた。

 もちろん、いーですよ。もっと強いお酒でも構いません。ワイン程度のお酒では酔えないかもしれませんが、とにかく何か飲みたい気分です。それでなくたって、このカラフルでヘンテコな世界に迷い込んで頭おかしくなりそうなのに、蜘蛛に乗ったり、樹上を跳び回る馬に乗ったり、美形アレクからペアのネックレス買ってもらったりしたんだから、もう頭ん中ぐるんぐるんですから。


 すぐに運ばれてきたワインを、ほぼ一気飲みする。ワインは新酒なのか、フルーティーで飲みやすく、とても芳醇な香りがした。この世界の今年のブドウは、上出来だったのだろう。おまけのように付いてきた白っぽいチーズとすごくよく合う。

 なにこれ、チーズもすごく美味しい。

 チーズはコクがあって、臭みはあまりなく、程良く口の中でとろけた。

 私の飲みっぷりに、一瞬目を丸くしたアレクは、豪快だなと笑いながら、ボトルを追加注文した。

「妃奈、ネックレスをつけてやろう、こちらに座るが良い」

 ポンポンと隣の席を指すので、及び腰ながら言われるまま座ると、アレクは先ほど買った銀竜のネックレスを手にした。四角いボックス型のパーツが連なった形状の鎖は、ペンダントヘッドの銀竜の片翼に良く似合っていて、これもまた光をよく弾いて煌めいている。確か、ベネチアンチェーンとか言われるタイプの鎖だ。アレクがネックレスを手にすると、先ほど店先で見た時よりも更に高級な物のように見えた。

 あの、えっと、ですね、金具を留めてくれているアレクの顔が近いんですががが。

 思わず息を止めて、硬直する。触れている訳でもないのに、アレクの熱が伝わってくる。息は止められても、当然のことながら鼓動は止められない。ひどく高鳴る動悸が聞こえてしまうんじゃないかと更にドキドキする。

「よし。良く似合っておる」

 アレクは満足げに微笑んでから、では、こちらはそちが余に付けてくれと、金竜のネックレスをポンと手渡した。

 チョットマッテクダサイ 私がアレクに付けるんですか? これじゃ、まるで、まるで……コイビトドウシミタイジャナイデスカ?

 妃奈は緊張のあまり、ごくんと唾を飲み込む。

 勘違いするな、私。きっと、こんなことアレクは日常茶飯事なんだ。きっとそうだ、きっと、きっと……。

「どうした? あ、少し頭を低くした方が良いか?」

「あ、いえ、そのままで結構ですよ」

 妃奈は慌てて立ちあがった。

 じ、侍女よ。私は侍女なの。そのつもりで乗り切ろう。勘違いしちゃだめだから。私はふつーのOLで、もうすぐこの世界から居なくなるんだから、王族のアレクなんか好きになったってダメなんだから。

 ネックレスを付ける為に体を寄せると、アレクのラピスラズリ色の瞳と目があった。

 胸の鼓動がアレクに聞こえはしないだろうか、私の体温もアレクにも伝わってるの? いや、あの、出来ればそんな風に見つめないで頂けるとありがたいのですががが。

 そんなことを考えながら金具を扱うものだから、緊張して手が震える。金具が無事に留まった時にはホッとして、その場に座り込みそうになった。なのに……、

「どうした? 寒いのか? 震えている」

 そう言いながら、アレクが腰に手を回して抱き寄せるので、更にワインの酔いまで手伝って、眩暈がし始めた。

「す、少し、疲れたのかもしれません。それとも、酔ったのかな? ははっ」

 お酒に酔ったなんて、口にしたの初めてだ。私ってば、お酒に弱い女の子みたいじゃない? ザルだのウワバミだの言ってるやつらに聞かせてやりたかったよ。

 そこにタイミングよく店員がやってきて、カラフルな果物がふんだんにのったタルトを運んできた。アレクに解放されて、ホッとすると同時に残念な気分になる。

 これ、絶対、勘違いするよね~。私でさえ勘違いしそうだもん。罪作りなアレクだよ。それともこっちの男性って、みんなこんなもんなの?

 心の中で愚痴るが、運ばれたタルトを一目見て妃奈は目を見張った。

「まぁ、これで疲れを癒すが良いぞ」

「うわー、きれ~い」

 妃奈は歓声を上げる。


 タルトの上には、宝石を散りばめたかのように煌めく果実がふんだんに乗せられていた。ルビーの赤、トパーズの黄色、アメジストの紫、エメラルドの緑。

 妃奈の様子を見た、アレクと顔なじみらしい店の店員が、やっぱり女性にはシーブのタルトが一番ですね、俺の奥さんもこれ大好きなんですよ、と満足そうににっこり笑んだ。

 うん、やっぱり、こっちの男性は女性に甘いらしい。こっちに来てから、ずっと仏頂面のリュシオンしか見てなかったから、きっと認識が間違っちゃったんだ。そうだ、きっとそうに違いない。

 勘違いには要注意だ。

 心の中で自分に言い聞かせる。


 タルトの上には、大きめのブドウサイズの果物がこんもりと盛りつけられている。妃奈はフォークを握りしめたまま、どこから手をつけたらいいのかと迷う。

「食べるのがもったいないです~」

「食べねば意味が無かろう」

 アレクが苦笑する。

 そのタルトは極上の味で、うまく説明ができないくらい美味しかった。タルト地はサックサクで、バターの良い風味がしたし、上に乗っている果物と来たら! どれもこれも今まで食べたことがない味だった。どの色の果実も瑞々しく甘く、馥郁とした香りで、幸せな味がする。赤よりも紫の方が甘く、酸味が強いのは黄色で、緑には、ごくわずかに薄荷のような清涼感があった。

「こんな果物食べたことがありませんっ。なんて言うんでしたっけ、シーブ?」

「シーブ・イッサヒル・アメルだ。伝説ではこの木の葉を煎じて飲めば、永遠の若さを保つことができるとか言われておるな」

「えええ~、永遠の若さぁ~。んじゃ、葉っぱも食用になるんですか? なんて出来た木なのっ、すごいですね~……ってか、もしかして伝説ですか? それ」

 隣でくすくす笑っているアレクに気づいて、気まずく我に返る。ごほんごほん。


 でも、お陰でさっきまでの緊張感が吹っ飛んだ。

 シーブ・イッサヒル・アメルさいこ~。

 ところで、それぞれで色がずいぶん違うけど、この果物全部が、シーブ・イッサヒル・アメルなのかな。それとも色毎にシーブとイッサヒルとアメルに分かれてるってことなのかな。

「全ての色の実が、一つの木になるのだ。だからどの色の実もすべてシーブ・イッサヒル・アメルと呼ばれる。しかし、そう言われてみれば不思議な木ではあるな。もっとも全部の色の実が一本の木になるのは珍しいらしいが……」

 シーブ・イッサヒル・アメルは湖底に生える木なのだそうだ。だから深い湖ほど大樹になる。そして、大樹になるほど、いろんな色の実がなるのだとか。

「へぇぇ、湖の底に生えているんですか。不思議ですね~。綺麗だろうなぁ。なってるところ見てみたいなぁ」

「見に行くか? そうだ、明日見に行こうか!」

「本当?」

 妃奈は、一瞬目を輝かせた後、ふと現実に思い当たって顔を曇らせた。


 そいえば、だまって城を抜け出したの、ばれてないかな。明日見に行くと言ったって、監禁状態にある身だ。自由は認められていない。今日は、たまたま夕食のあと何もすることがなくて、自室に一人きりだったから抜け出せたのだ。それに……。

「アレクは自由の身なの? こんな風に、お城をしょっちゅう抜け出しても皇帝に叱られたりしない? リュシオンには怒られたりしない?」

 妃奈の言葉に、ワインに口を付けていたアレクは、ぐっと喉を詰まらせて呻いた。

「皇帝に叱られる心配はないが、ううむ、リュシオンか……こんな所に居ることがばれたら、怒りまくりそうだな」

 皇帝よりもリュシオンの方がうるさいんだ。やっぱりね、城壁の上の回廊から見た後ろ姿とタペストリー越しの声しか知らないけど、皇帝陛下は、とても穏やかで威厳があって鷹揚な方のように見受けられた。

 でも、そう言ったら、アレクは、少し困ったように笑う。

「そうか? 実際に会ったら全然違っていて、がっかりするやもしれぬぞ?」

「がっかりなんかしませんよ~。あんな威厳のある後ろ姿。さすが皇帝って感じだし。リュシオンなんかと比べるのが、そもそも間違いでしたね。リュシオンと比べるならネプトゥヌスですよ。それでもネプトゥヌスの方が何倍かマシですよ。なんたって……」

 と、そう言った瞬間、妃奈の言葉はアレクに遮られた。

「妃奈、口をつぐむが良いぞ」

「あのカワセミ頭ときたら、女性と見れば針仕事でもさせとけという、石頭、ううん、化石頭で……」

 そこまで言ったところで、アレクがしきりに口に指を当てて、しーっ、しーっとジェスチャーしているのに気づいた。

 ん? なんですか?

 気配にふと振り向いて、妃奈は凍りついた。


「陛下、お探し申し上げました。北方より使者が参っております。すぐ宮城へお戻りください。妃奈様、無断で城外に出ることは、お慎みくださいと申し上げていたはずなのですが、これはどういうことなのでしょうね」

「あっ、あの、えっとー、その……」

 ってか、へーか? アレクを陛下って呼んだ?

 ええええええ~?

「余が無理を言って連れ出したのだ。妃奈を責めるでないぞ」

 アレクはそう言って庇ってくれたが、リュシオンの一睨みで、その声は尻すぼみになっていった。

 アレク、皇帝なんだ~。で、リュシオンに頭が上がらないんだ……。

 威厳ある皇帝のイメージが、ガラガラと崩れ落ちる。妃奈はガクリとうなだれた。


「陛下にも妃奈様にも、後ほどじっくりと事情を聞かせていただきますので、そのおつもりで。兎に角、今はお急ぎください」

 ネプトゥヌスの隣には、深紅の体躯に燃えさかる炎のような赤い鬣をした馬がつながれていた。他に連れは見あたらない。どうやら、リュシオンは一人で探しに来たらしい。

「妃奈様は、こちらへ」

 リュシオンが手を伸ばすので、しぶしぶその手をとった。

 皇帝と分かったからには、恐れ多くて、アレクの馬に乗りたいなんて言えないものね。

 ところが、妃奈が伸ばした手は、横から払いのけられた。

「あ、あの?」

 慌てて見上げると、射すくめるようなラピスラズリの瞳とぶつかった。

「そちは余が乗せる」

「え? あの、でも、皇帝の馬に乗せていただくのは、恐れ多いので……」

 そう言うと、少し怒った様子のアレクに、乱暴に抱えられてネプトゥヌスに乗せられた。

「急ぐゆえ、しっかり掴まっておれ」

 そう言うなり、アレクはネプトゥヌスの横っ腹を乱暴に蹴ったものだから、ネプトゥヌスは不満げに嘶いてから、いきなり跳躍して町の屋根屋根の上を弾むように疾走した。

 妃奈は一言も発することができないまま、アレクにしがみついた。


 ここ、レムスの国の王都にある宮城は、完璧な山城だ。何が完璧かというと、城へ入るための道がない。徒歩で登るならば、道なき道を、樹木を伐採しながら進むことになる。ほとんど不可能だ。だから飛翔するか跳躍できる乗騎を持たない者は、城の外壁にすら辿り着けないというわけなのだ。

 森の木々の上、跳躍を繰り返すネプトゥヌスの藍とリュシオンの乗騎の赤。傍から見れば素晴らしく美しい光景なのかもしれない。しかし、馬上の妃奈は、アレクにしがみついたまま、固く目を閉じていた。

「もしや、そちは馬に慣れぬだけでなく、馬が怖いのか?」

「違います。高所恐怖症なんです~」

 耳元で問うアレクに、しがみついたまま返事をすると、不機嫌そうな声が返ってきた。

「ならば、そちはリュシオンにも、そのようにしがみつくつもりだったのか?」

 リュシオンにしがみつく? 無理無理~。無理でしょお。

 眉間にしわを寄せたリュシオンの渋面が目に浮かんで、妃奈は首を激しく振る。

 そうか、とアレクは素っ気なく呟いた。

 でもさ、だからと言って、皇帝にしがみついて良いのかな。ふつうじゃないよね。だけど、皇帝だったなんて知らなくって、ついて来ちゃったんだし。しかも高い所恐いし。ここは一つ、お許しを乞うておくべき? 今更だけど……。

「あ、あの……こ、皇帝陛下。ご無礼は重々承知しているのですが、もし、ご不快でなければ、あの、その……し、しがみつかせていただいたままで……えと、居たく存じますのですが……」

 こんな敬語、使い慣れないし、耳慣れないし、噛みまくっちゃったよぉぉ。

 恐る恐る顔を上げて、そう問うと、みるみる内にアレクの眉間に深い縦しわが刻まれた。

「あああ、すみません。ご不快ですよねっ」

 妃奈が慌てて体を離すと、逆にアレクの腕にぐいっと引き寄せられた。

「……アレクと」

 え?

「皇帝でも陛下でもなく、アレクと呼ぶが良い」

「あ、あの……でも……」

「余は、臣下をしがみつかせるほど酔狂ではない」

「は、はい。そうですよね~」

 うわ、怒ってる? なんか、怒ってるよね。 しゅんと項垂れる。

「そちは王エルとして、しゃんとこうべ を上げておれ」

 OLとして……ねぇ。どうも、ここら辺に齟齬がある気がするんだよね。

「あの、陛……アレク? OLというのは……」

 誤解を解く手掛かりを見つけるべく、あちらの世界でのOLの位置を説明しておいた方が良さそうだと、発した言葉は、アレクに遮られた。

「妃奈。そちは王エルであるが故に、双翠宮に滞在できておる。そちの身を保証する肩書きを、努々(ゆめゆめ)揺らがせてはならぬ。心しておくがよいぞ」

 厳しい表情のアレクに、妃奈はこくりと唾を飲み込んだ。

 OLであるが故……か。この国には、OLという高位の役職があるらしい。でも、それは、向こうのOLの意味がばれたら、私は双翠宮に居られないということだ。ということは、私は、やっぱり身分を偽って双翠宮に滞在中ということになるのだろう。これでは、居心地の悪さがいやが上にも増してしまう。

 ん? ちょっと待って? ってことは、アレクは向うのOLの意味を正しく理解してるってことじゃない? じゃなきゃ、こんな忠告……しないよね。

「アレク、私を双翠宮から出してください。ご存知の通り、私はそんな身分の者では……」

「身分など何ほどのものか。余は、たまたま王族に生まれた、ただそれたけのことだ。それを言うならば、そちは余が召喚したのだから余のものだ。余のものであるならば、双翠宮にいることに、なんの不自然もない」

 んな無茶苦茶な。

 でも、その言葉を聞いて、ゆるゆると自分の立場を理解する。そうか。そうだったのか。私は、アレクに召喚されたんだ。でも……。

「でも、ですね」

 だからといって、私はアレクのものではないし、身分だってふつうのOLに変わりはない。

「そちは、余計なことを考えずともよいのだ。余が言ったことを守っておれっ」

 ぴしゃりと、そう言い捨てると、アレクはそれ以降一言も口を開かなかった。


(注意)日本では、馬は軽車両に分類されます。よって、酒気を帯びて馬に乗ることは道路交通法に違反します。


道路交通法65条1項:酒気帯び運転を行った者で、運転をしたときに「酒に酔つた状態(アルコールの影響により正常な運転ができないおそれがある状態をいう。以下同じ。)にあつたもの」については、「三年以下の懲役又は五十万円以下の罰金」(法117条の2第1号)に処せられます。


みなさんは、飲酒して馬に乗るのはやめましょうね(^_^;)

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