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第四十八話 ネメア公国

 ネメア公国はレムス帝国の北に位置する小国だ。その首都ネメアナの中心、キャッスル・ロックと呼ばれる岩山の上に大公の居城であるネメア城がある。

 ネメアナは魔導具の街。城壁で囲まれた城下町は、迷路のように入り組んでおり、そこここに魔導具を扱う店が軒を連ねている。ネメア城が堅牢な城と言われるゆえんは、この街にあった。いったん事が起これば、城下町ごと要塞と化すのだ。

 そのキャッスル・ロックから城下町を見下す高台に、一人の背の高い男と少年は佇んでいた。

 背の高い男は、金色の短髪にラピスラズリの瞳。現レムス帝国の皇帝アレクシオスである。彼は皇帝であるくせに、しょっちゅう城を抜け出しては城下に下り、民草の暮らしを観るのが趣味という一風変わった御仁なのだが、この度は他国にまで足を延ばすという暴挙に出ている最中だ。

 一方、黒髪、黒い瞳の少年の方は、ついこの前までは幼い子供くらいの背丈しかなかったのだが、今では隣に立つアレクの肩ほどの身長がある。人ではあり得ない成長速度。当然、彼は人ではない。人に変化へんげできる黒竜だ。名を銭塘君せんとうくんという。

 空から降ってくる雪片は強い風にあおられて、二人が纏っているネメアチェックのマントにも吹きつけ、うっすらと層を成していた。アレクが自国から纏ってきた貝紫色のマントは薄手な上、目立つものだったのでネメアの城下町で売りはらってしまった。高価なものなので良い値で売れたが、忠臣リュシオンの小言が今から聞こえてくるようだ。その金で買ったのが、このネメアチェックのマント(厚手で温かいと評判だ)二枚と、少年が腰に下げている剣だった。この内反りの一風変わった形状の刀はフツノミタマという。これ一刀でアレクのマント代の大半を費やしてしまった。武具屋の、いくつもある魔剣、霊剣の棚から銭塘君はこの剣を選んだ。その剣の霊力は、人々を毒気から覚醒させ、活力を与え、荒ぶる神さえ退ける力を持つ、らしい。武具屋のオヤジはそう説明していた。

「その剣は本当に役に立つのだろうな」

 アレクは崖下を睨みながら問う。

「この剣が、くだんの魔導具の芯と一番波長が合っている……気がするんだ」

「……気がするだけか」

 かっくんと顎を落とすアレクに、銭塘君は、その気とやらが大事なのだとふんぞり返る。

 二人が見下ろしているのは銀色の巨大ドーム。それは、キャッスル・ロックの南東の角、かつてのネメア城主であったエディルス公がこよなく愛したバラ温室のあった場所に存在していた。

「これがレムスの隧道(ずいどう)か……禍々(まがまが)しい気配がするな」

 銭塘君が呟く。

「この場所には、かつてネメアの宝石と呼ばれた美しいバラの咲く温室があったのだ。子供の頃に一度、父と訪れたことがある。それは美しい温室だったのだ。妃奈にも見せたかったな」

 銭塘君はちらりとアレクを見上げる。

「妃奈は無事でいるのかなぁ。あいつも連れてきた方が良かったんじゃないのか?」

「いや、これ以上、危ない目に遭わせたくないのだ」

 いや、少し違うな。アレクはため息をつく。

 シャルロ山から偽リューク伯に連れ去られた時も、ようやく見つけた離宮で鎖につながれているのを見た時も、血が逆流したのかと思うくらいの痛みを感じた。薄々気づいてはいたのだが、妃奈と自分は、やはり竜と竜主であるのかと確認した瞬間だった。だから、もう危ない目に遭わせたくないと思うのは、ある意味、自分の為でもあった。

 偽リューク伯も慎也とかいう連れも、王宮の牢に入れてある。妃奈には双翠宮で大人しくしているように言い含めてきた。王宮の牢は堅牢だし、妃奈の見張りは厳重にするようにとリュシオンにもアデルにも言ってある。万事抜かりは無い筈だ。

 だけどなぁ、と銭塘君は肩をすくめる。

「いくら大人しくしてるように言っても、あいつのことだから、おまえが危ない目にあったとか言われたら誰にでもホイホイついてくんじゃね?」

 銭塘君の言葉を聞いて、アレクは絶句した。

「――っ」

 黙ったまま拳を口に当てて俯くアレクを怪訝そうに見上げて、銭塘君は顔をしかめた。

「おまえ、何、嬉しそうな顔してやがる」

「おまえが喜ばせることを言うからだろう。だが、その辺も一応手は打ってある。大丈夫だろう……」

 まぁ、不安要素がないわけではないがな、と心の中で呟いたが、すぐに打ち消して、大丈夫だ大丈夫だと自分に言い聞かせるように何度も頷いた。


「で? レムス国皇帝殿は、これをどうするつもりなんだ? いきなりぶっ壊すのか?」

 銀色のドームを指さして銭塘君が問う。アレクはそんな銭塘君を呆れた様子で見下ろした。

「竜はせっかちでいかんな。皇帝がそんな暴挙に出ると思うか?」

 皇帝が単独で他国に忍び込むという暴挙を犯していることについては、さっぱり自覚がないらしい。

「では、どうする?」

「まずは挨拶を兼ねた見舞いだ。クリスティーナ伯母上は具合がお悪いようだからな」

 マントの雪を振り払うと、アレクはネメア城城門へと向かって歩き出した。


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