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第四十七話 公式行事、前日夜更け

 いたたたたた。

 妃奈はようやくの思いで起きあがったものの、顔をしかめて座り込んだ。手のひらと膝を打撲している。擦り傷もひどい。手のひらにめり込んだ小石を落とすと、そこから血がじわじわと染み出した。

 床下と言っても二メートル以上あるのだ。いや、もしかしたら三メートルはあるかも。

「おねーさん、大丈夫?」

 慎也が声を掛ける。彼は明かりを持っているらしい。小さな光源が妃奈を照らし出す。その明かりは小さいけれどとても強い。電球の明かりだ。それが妙に懐かしかった。

「明かりあるんだ。懐中電灯持ってるの?」

「うん。こっちは松明たいまつとかしかないの知ってたからね。LEDライトは必需品だよ。で、大丈夫?」

「あんま大丈夫じゃない。手が痛い。膝も痛い。血が出た。泣きたい」

 妃奈は泣き言を並べ立てる。

 しょうがないなぁとクスッと笑ってライトを岩の上に置くと、慎也はポケットから何かの木の実とハンカチを取り出した。木の実を指で圧迫すると二つに割れて、中から白い実が出てくる。それを押しつぶして練ってから患部に塗り込んだ。塗り込んだ途端ジクジクした痛みがやわらぐ。ハンカチはいくつかに裂いて患部に巻きつけてくれた。

「ずいぶん手際がいいんだね」

 妃奈は感心する。

「まぁね。こっちのやり方にもずいぶん慣れたからね。さぁ、これでもう立てるでしょ?」

 これからどうするつもりなのかと問う慎也に、近くの部屋に出られる出口を探すことを告げると、ふぅんとつまらなそうに返事をする。だけど天井を照らしてほしいと頼むと、二つ返事で照らしてくれた。

 ごつごつした床下の天井には、出入りできそうな入口は見あたらない。しかも天井はかなり高い位置にあるので、例え出入り口を見つけたとしても、梯子(はしご)脚立(きゃたつ)がないととても(のぼ)れそうにない。

 そっか、前はポムポムがいたから床下の高さを感じなかったんだ。

 だけど今頃気づいてももう遅い。こんな所に紫竜を呼ぶわけにもいかないだろうし……。

 高さがある床下とはいえ、体躯の大きな紫竜には狭いはずだ。恐らくつっかえてしまう。

 床下は暗く悪路で、小さな明かりしかないので足元がおぼつかない。何度もつまづいて転びそうになる。

 こんな状態で出口までたどりつけるのかなぁ。なんか、とんでもないことに慎也を巻きこんじゃったかも……。

「他の部屋への入口が見つからなかったら、最悪、王宮の外まで歩かなきゃいけないかもしれないよ……なんか、ごめんね。変なことに巻き込んじゃって……」

「別に構わないよ。歩けばいいことでしょ?」

 王宮の地下にカタコンベがあることを知らない慎也は、暢気そうに笑う。

「でも、王宮の地下には、怖い生き物がいるらしいよ?」

「ふーん、そうなんだ。でも、まぁ、なんとかなるんじゃない?」

 ライトで壁面を照らした慎也はドクロを見つけたようで、わぁ、こんな所に骸骨があるよ~などと歓声を上げている。

 慎也って、実は剛胆(ごうたん)? それとも暢気(のんき)なだけなのかな?

 とにかく、床上に上がれる場所を探しながら出口を目指して歩き出すことにする。

 歩きながら、相変わらずのんびりした声で慎也が問いかけてきた。

「ねぇ、おねーさんはさ、皇帝の妃になるの?」

「う……ん。たぶん……」

「たぶんなんだ……」

 慎也はクスクス笑う。

 たぶんとしか言いようがない。皇帝の妃なのかどうか、よく分からないんだもん。もしかしたら、単なる「竜妃」っていう肩書きなのかもしれないじゃない? 竜内親王に代わる、単なる役職名みたいな?

 アレクに色々聞きたいことがあった。なのに……。

 お願い。無事でいてよ、アレク。

 暗闇が不安をかきたてる。

 ネメアはアレクをどうするつもりなんだろう。

「ねぇ、慎也はネメアに行ったことがあるの?」

 慎也は妃奈よりもずっとこちらのことを分かっているようだ。

 ネメアの様子や竜についても知ってるのかもしれない。

「行ったことがあるどころか、俺たちはあそこからこっちの世界に来たんだよ。ネメアにはあちらの世界とこちらの世界を繋ぐ隧道(ずいどう)があるんだ。その隧道を通ってこっちの世界にやってきたからね」

 レムスの隧道がネメアに?

「じゃあ、クリスティーナ様にも会ったことがあるの?」

「もちろんさ。年は俺の母親くらいだけど、上品できれいな人だよ。とっても良くしてくれるしね。皇帝は何のためにネメアに行ったのかなぁ。クリスティーナにひどいことしてないと良いけど。皇帝って、冷酷な人らしいね? そう聞いてる」

 慎也は眉間にしわを寄せる。

「アレクは冷酷な人じゃないよ! すごく親切で、いい人だよ」

 慎也の言葉の端々から感じる、クリスティーナへの親密さと、アレクへの不信感。

 妃奈は困惑する。

 妃奈にとってこちらの世界に来たときに最初に出会って親切にしてくれたのはアレクだ。だからどうしてもアレク寄りの考えをしてしまう。慎也も同じ理由でクリスティーナ寄りになってるんだろうか。もしそうだとしても、会ったこともないはずのアレクに対する印象が随分悪いように感じられるんだけど。それはつまり、クリスティーナがアレクに体して悪感情を抱いているということだろうか。ネメアのクリスティーナと言えば、確か、アレクの伯母に当たる人だった筈だ。

「慎也はクリスティーナ様と親しいんだね。ね、ネメアってさ……」

 ネメアのことを色々聞き出そうと声を掛けたが、慎也に遮られた。

「妃奈はさ、この世界のことをどう思う?」

「え? どう思うって……」

 あれ? 呼び方が変わった?

「変だと思わない? 左右対称だけど日本列島だけあってさ。他の大陸は全然違うんだぜ? しかも魔法使いの王族がいたり竜がいたりさ。誰かが悪戯で作ったお話の中の世界みたいじゃないか」

 え? 向こうの世界と同じ形なのは日本だけなの? あ、いや、同じじゃないか。左右対称だ。

 あれ? ちょっと待って……。

「慎也は、どうしてこの世界の他の大陸のことも知ってるの?」

 見てきたんだろうか。どうやって? それともこの世界の世界地図を見たことがあるんだろうか。

 妃奈の問いに、慎也は意味ありげな顔で笑っただけで答えなかった。代わりに問いを返してきた。

「ねぇ、妃奈は知ってる? ロムルスはレムスを殺したんだよ」

 え?

「ローマ建国の祖であるロムルスは創業の当初、弟のレムスを殺し、協力者だったティトウス・タティウスも殺してる。だから、ここがレムスの国だと聞いた時、初め俺はここが、死後の世界なんじゃないかと思ったんだ」

 死後の……。

「だけど事情は少し違った。レムスの隧道を通れば、向こうの世界とこちらの世界を行ったり来たりできるからね。死んだ訳ではないらしい。つまり、ここはパラレルワールドなんだ。長年、俺が研究してきた……」

 え? 研究してきた?

 妃奈は瞠目して後ずさる。慎也って、一体……。

 慎也は穏やかな笑みを浮かべたまま妃奈に近づいてきた。竦んで固まる妃奈の顎を掴んで持ち上げる。ライトで妃奈の顔を照らし、観察するようによくよく見つめていた慎也は呟いた。

「君は、変わらないね。向こうの世界に居た時と何も変わらない。なるほど、君たち金竜は変化しないんだ。それが鍵である証か……」

 向こうの私と変わらない? 慎也は変わったの? しかも、私たちは向こうの世界でも会ってるっていうこと? ああっ! 今、慎也は何て言った? 君たち金竜はって……!

「……慎也? あなたは一体、誰なの?」

 慎也はそれには答えず、急に辺りの様子を探るように見まわすと、人差し指を口にあてた。

「しっ、静かにして。何かいる。囲まれてる」

 え?

 言われて耳を澄ますと、確かにかすかな音が聞こえてきた。

 さわさわ、さわさわと、風のざわめきにも似たかすかな、かすかな音。

 それが四方八方から近づいてきているのが分かった。

 何? まさか……。

 慎也がライトを前方に突き出すと、ざわめきがザザッと一瞬大きくなって止まった。光に照らされた物体を見て、妃奈は驚愕のあまりその場にヘタヘタとへたり込んだ。体が勝手に震えだす。

 ピンクのドット、黄色のドット、紫のドット、水色のドット、ありとあらゆる色のドット付きの球体群。それらの球体には、もちろん四対の細長い脚がついていた。

「こりゃまた、ずいぶん大勢でのお出迎えだなぁ」

 慎也が苦笑する声が聞こえた。

 ――ポムポム~! どれ~?


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