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第四十三話 竜妃

 ジャラリと足首に付けられた鎖が音をたてる。 前に付けられていた鎖とそっくりなものを作ったと言う割には、ずいぶん軽やかだ。

 断脈縄はもっとゴツい鎖だった気がするんだけど……。もしかして私にだけゴツく見えてたのかな。

 鎖は妃奈の脚に付けられてるだけなので、特に行動範囲を制限されているわけではなく、部屋の中ならば好きなように動き回れる。とはいえ、ドアの外には見張りの衛兵。顔を出しただけで、どちらへ? と尋問される。

 アレクはしばらく身を潜める予定なのだと言っていた。茶番の内容は詳しくは聞いていないが、妃奈の断脈縄もどきを解除しに来るものが居るのらしい。その者こそが、内通者なのだとか。

 誰が来るんだろうか。私の知ってる人なんだろうか。それとも全然知らない人?

 なんだかすごく落ち着かない。


 朝食が済んだ後、女官長のルテルがやってきた。彼女は、昨夜、妃奈に夜食を持ってきてくれた人だった。濃い緑色の髪をひっつめており、同じ深い緑色の瞳は鋭くて、何でもお見通しっぽい。

 彼女の指示の元、テキパキとお湯の準備は進められた。

 お湯を使えるのはありがたいけど、こんなに人を動員しても仕方がないと思うんだよね。それに、お湯を運んだ後もたくさんの人が残って立ってるのは……何故?

 たくさんの女官の方々の中にリンの姿はなかった。彼女はどうしたんだろう。

 ほっこりと湯気が立ち上るバスタブを前に、ぼんやり立っていると、ルテルが前に進み出た。

「妃奈様、お湯の準備が整いました」

「あ、はい。ありがとうございます。お手数をお掛けしました」

 妃奈がそう言った途端、立って待っていた侍女数名がワラワラと前に進み出て、妃奈の服に手をかけた。

 ええええ~! ぎゃあああ、剥かれるぅぅっ!

 妃奈が伸びてきた手をアワアワとかわしているうちに、別の手が妃奈の夜着の紐をスルリと外し、別の手がブラシで髪を解きほぐす。

 妃奈の必死の抵抗にも関わらず、あっと言う間に着衣を剥かれて、湯船につっこまれた。

 ちょっとー、この前までは一人で静かに入浴させてくれてたじゃない! 一体全体どうしちゃったの?

 パニクって鼻まで湯に浸かったまま女官長を見上げると、彼女はテキパキと次の指示を出している。どうやら入浴後に着る服の指示を出しているらしい。

「あの~、ルテルさん?」

「妃奈様、私のことはルテル、もしくはルテル女官長とお呼びください。何かご用でしょうか?」

「あ、はい。ルテル女官長。以前と随分対応が違う気がするのですが、これは一体何事なのでしょうか」

 ルテル女官長は、元々姿勢の良い背筋を更にピンと伸ばして滔々(とうとう)と説明しはじめた。

「妃奈様、私たちは、先日まであなた様のことを異国からの客人だと陛下に伝えられていました。異国の方ならば、生国しょうごくのやり方がおありでしょうから、ここレムス帝国のやり方を押しつけるようなことはできないと判断しておりました。しかし、妃奈様がお妃様、しかも竜妃様ということであれば話は別です。レムス帝国のしかるべき伝統に則って、服装もあらためていただく必要がございます」

 ――りゅうひ? それはもしや、竜……妃?

 妃奈が呆気にとられている間に、複数の手が伸びてきて、髪だの身体だのを勝手に洗い出した。

 ひゃぁ! やめてぇぇ。私は一人ゆっくりお湯に浸かりたいよぉぉぉ。スタイルだって、人様に見せられるような良いものじゃないし、ほっといてくださいよう。

 妃奈の涙目での抵抗もむなしく、小さな子供のように、侍女たちから身体の隅々まで磨きたてられた。侍女たちがテキパキと妃奈の体を磨いている間、現場監督のようにそれを見守っていたルテル女官長は、妃奈の太股の痣に気づいたらしい。まじまじとそれを見つめて、

「これが……」

 と呟くと、満足そうに頷いた。

 パスポートに貼られている写真と顔が一致した時の入国管理官みたいだ。


 □■□


 鏡の前で着付けられた服を見て、妃奈は首を傾げる。

 これが竜妃用の服なの?

 レムス帝国の人々の服装は、基本、西洋風だ。たまに街で、和風なんだか中華風なんだか、という服装を見かけたこともある(大抵、歳をとった人がそんな服を着ている) が、基本的に女性はドレスかドレス風のワンピースを着ている。男性はチュニック風のシャツにズボン。それに上着を着ると正式な衣装になる。

 妃奈が着せられたのは、その和風なんだか中華風なんだか、という服装の方だった。

 いや、まぁ、綺麗だから文句はないけどさ……。

 萌黄色の若葉に山桜を重ねた桜萌黄の襟元は、着物によく似ていた。萌黄色の巻きスカートを合わせ、その上から薄い紗を羽織る。紗は薄紅色でとても美しい。肩には、やはり紗でできた細長い布が掛けられている。それは古代日本の貴人が身につけていた比礼ひれにとてもよく似ていた。

 髪は一部を天辺で(まげ)に結い、残りはすべて垂らしている。結い上げた部分には、翡翠色をした玉の(かんざし)や花が飾られた。首には翡翠色をした大きな丸い石が掛けられている。

 これを掛けるに当たっては一悶着あった。この玉を掛けることは必須事項なので、今付けている銀竜のネックレスを外すように言われたからだ。妃奈が、これは陛下から賜ったもので、外したくないと説明するまで、外すことは決定事項のように扱われて困惑した。

「あの……これが伝統的な竜妃の服装なんですか?」

 鏡をのぞき込みながら、妃奈が問う。

「そうですよ。その筈です。とはいえ、前の竜妃様が出現したのは今から三百年ほども前のことになるので、実は私たちも初めての経験なのです。ですが、ちゃんと文献を調べて参りました。大丈夫、間違いないはずです」

 女官長は自信満々な様子で胸を張った。

 確かにその衣装は、目だけはくりくりと大き目だが他は控えめな、平均的日本人顔の妃奈によく似合っていた。古代の日本人女性はこんな感じだったんじゃないだろうか。

「あの……それで、私はこれを着て何をすれば……」

「一先ず、玉の首飾り以外は、一旦外してくださいませ。その装いは次に行われる公式行事にて着用する衣装を新調する為に着ていただいたのです。なにせ三百年ぶりの竜妃様ですからね、何もかも新調する必要があるのです。今着ていただいている衣装は、急遽蔵から出してきたものなのですよ。サイズが分かったので、今からすぐに作らせます」

 ルテル女官長は、妃奈から比礼を外しながらテキパキと説明する。

「で、公式行事って?」

 公式行事って、皇帝が代わる為の儀式ってことじゃないよね。

 不安になる。超不安だ。アレクはいつ戻ってくるんだろう。いつ元通りになるんだろう。もし、テオ殿下のままだったら……。

 血を吸われなければ、アレクなのかテオ殿下なのか判別できる自信が妃奈にはない。

「ご心配には及びませんよ? 竜妃様のお仕事は陛下の補助のようなものです。すべて陛下にお任せしておけば万事うまく行きます」

 補助……ってことは、社長こうてい秘書りゅうひってことかな? もしかしたら、あまり深刻に考えなくても良い行事なのかも?

「つまり私は、秘書としてお手伝いすれば良いということですね?」

 それを聞いた途端、何故かルテル女官長は顔を赤らめた。

「……私も詳しいことは存じません。儀式中は陛下とお妃様以外、神職にある者しかご同行できませんから。秘所を使うかどうかは分かりかねます」

 秘書を使うかどうかは分からないんだ。でも私は同行するんだよね。

 妃奈が首を傾げていると、女官長がことさら大きな咳払いをした。

「妃奈様、侍女の中にはまだ年若い者もおります。陛下と仲むつまじきことは非常によろしいことですが、そのようにあからさまな話題は控えめにしていただいた方が良いかと……」

 ルテル女官長はそう言い残すと、ポカンとした妃奈を残して逃げるように退出した。


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