第四十二話 金竜と黒竜と、そして王族
このレムス帝国では、金竜は国の守り神だと言われる。それはその昔、この国がまだレムス帝国と呼ばれる以前の頃の神話に由来している。
アレクは、その昔干ばつに悩まされていたこの地域に現れた王族の祖、レムスと金竜の話を妃奈に語って聞かせた。
カラフルな頭髪と瞳を持つ人々の前に、突如現れた金髪の男と金色の竜。干ばつに喘ぎ、黒竜から要求された生贄の多さに絶望していた人々は、黒竜と交渉をしてみようと言いだした金竜に期待の眼差しを向けた。
「……それで、金竜は黒竜とどのような交渉を?」
雨を降らす代わりに大量の生贄を要求した黒竜は、交渉する為に山頂を訪れた金竜に、生贄の代わりに黒竜と番になることを要求した。
「だが、金竜はそもそも……レムスのものだったのだ」
「それはつまり、その金竜とレムスが契約を交わしていたと、そういうことですか?」
「いや、そうではない。その金竜は向こうの世界では人型だったらしいのだ。金竜とレムスは、向こうの世界では夫婦だった……という事になっている。神話ではな」
彼らはこの世界の存在ではなかったと言われる。レムスの隧道を通ってロムルス兄国からやってきたのだと。だから王族は元々ロムルスの国の人間なのだと考えられている。確かに、金色の髪を持つ王族とカラフルな髪色と瞳を持つ人々とでは、顔のつくりが多少異なっている。王族の彫の深さに比べると、市井の人々は多少凹凸の控えめな顔をしている。血が混ざり凹凸の控えめな王族も中にはいるが、髪だけは王族の血が少しでも入っていれば必ず金色が出現する。問題なのは、市井から王族に嫁いできた場合、子宝に恵まれにくいと言うことだ。ここ数百年のうちに、王族はその数を著しく減らしてきた。王族でない妻を娶ったにもかかわらず、テオは運よく子宝に恵まれたが、これは実に希なケースなのだ。
「この物語が、神話であり、お伽噺であるとされる部分がまさにそこなのだ。竜が人型になれるなど、誰も信じていなかった。余とて、銭塘君や……そちを目の当たりにするまで信じていなかった。歴代の王族と契約をした竜で、人型になった竜の記録はないからな」
人型になれる竜。銭塘君や妃奈は、この金竜の系統になるのではないだろうか。
ロムルス兄国に続くレムスの隧道。人型に変化する金竜と黒竜。そして、王族に生まれた双生児。神話の駒はすべてそろったことになる。
考え込むアレクに、妃奈が不安そうな声で問う。
「神話の金竜は、結局どうなったんですか?」
考え込んでいた顔をふと上げて、アレクは眉を下げた。
「……金竜は山頂から戻ってこなかった。実際のところ、金竜がその後どうなったたのかは分からない。神話は、金竜が山へ行って後、この付近の村々一帯に恵みの雨が降ったと言うことで終わっている」
アレクの言葉に、軽く衝撃を受けた様子の妃奈は、少し放心した様子で更に問う。
「……レムスは? レムスはその後、どうしたんですか?」
「レムスが何を考え、どのような気持ちだったのかは知らない。金竜が帰ってくるのを待っていたのかもしれないし、伴侶を失ってそれ以上どこにも行く気になれなかっただけなのかもしれない。結果的に、彼はこの地にとどまり国を造り、初代皇帝になった、という事実だけが残っているというわけだ」
妃奈は黙り込んだ。
「妃奈、一つだけ約束をしてはくれまいか。どのような事が起こっても竜型には変化しないと」
俯いていた妃奈がハッと顔を上げる。
「銭塘君が言うのだ。そちは、いったん金竜に変化してしまえば、こちらの世界では二度と人型に戻れないだろうと……」
更に銭塘君はこうも言った。
人型に戻るには、向こうの世界に戻る必要があるが、竜型のまま向こうに戻れば、命を失う危険があるし、良くてもこちらでの記憶を失うだろうと。
「約束するも何も、私、どうしたら自分が竜型になれるのかなど……分かりませんよ?」
妃奈の顔に浮かぶのは困惑。無理もない。その変化する寸前の状態を目の当たりにした自分でさえ、まだ信じきれていないのだ。
妃奈が金竜になるなどと……。
約束をとりつけて、それが叶うものだとは思っていない、だがそれを願わずにはいられない。
「今、余の望むことは一つだけだ。そちには人型のままで、この国にとどまってほしい。向こうに帰りたいというそちの気持ちはよく分かっておるつもりだが……余の傍にとどまってほしいと思っておる」
「私もアレクの……陛下の傍に居たいです。心から、そう思います」
不安げに、それでも懸命に微笑んで見上げる妃奈を抱きしめた。
妃奈に鎖をつけた。
断脈縄にそっくりな、しかし、なんの呪力も持たぬただの鎖。コンラに作らせたものだ。血塗れたように見える包帯も忘れずに巻いておく。
「これを、解きに来る人がいるんですね?」
思慮深そうに問う妃奈に、アレクは頷いた。
「そちにこんなことをさせたくはなかったのだがな……」
顔を顰めるアレクとは逆に、妃奈は顔をほころばせた。
「いいえ、少しでもお役に立てるのなら、私も嬉しいですし、やりがいがあります。張り切って弱ったように振る舞っておきますねっ」
俄然張り切った様子の妃奈にアレクは苦笑する。妃奈の頭に手を乗せてくしゃくしゃと撫でた。
「弱った振りをするのは良いが、それ以外のことは他の者に任せよ。リュシンオンが万事心得ておる。そちは決して無茶をしてはならぬぞ?」
分かったと頷きつつ、ニコニコと手を振る妃奈に、一抹の不安を感じながらも、アレクは部屋を後にした。




