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第二十七話 すれ違う心

 妃奈が、紫竜にアレクの指示に従うよう指示しているのをアレクは複雑な気持ちで眺める。

 いくらそのような指示を出しても、紫竜の竜主は妃奈であることに変わりはないし、銭塘君(せんとうくん)がアレクの竜であることにも変わりはない。

 色のない竜である銭塘君がどのような力を持つ竜なのか、実はアレクでさえ分かっていない。過去に黒い竜が現れたことは皆無ではないが、文献によると、黒い竜が現れた年は、波乱の年になるらしい。その皇帝の治世が終わることもあるのだとも書かれている。

 銭塘君はそもそも赤竜だった。この場合もやはり文献通りになるのだろうか。

 王宮に帰ってからの臣下の落胆や支配下にある国々や隣国の反応や、その他諸々の起こるだろう混乱を思えば、暗澹あんたんとした気分になってくる。

 しかしながら、あんなのでも現れないよりはましなのだ。


 レムス王国に於いて、竜なしは非常に不名誉なことだ。竜あっての王族だ。竜が王族であることを認めていると言っても過言ではない。しかも現れた竜は、その王族の力量や性質を代弁するとも言われる。

 ……しかし、では何故、こんなのが現れた?

 妃奈につがいになろうとしきりに勧誘しながらベタベタとまとわりついている銭塘君をひっぺがし、窓から放り捨てながら首を傾げる。

 これはもう、テオに帝位を譲れということなのではないか。

 そうだ。いっそのこと、この機会に帝位を譲ってはどうだろうか。


 一先ず王宮にもどり、ネメアが絡んでいる一連の事件を全力で解決する。その後、テオを王宮に戻し、帝位を譲る。その後は、妃奈とともにゆっくり考えていけばいい。彼女がどうしても元の世界に帰りたいのであれば、その道を探ることに専念しても良いし、この世界で過ごすのであれば、どこか気候の良い地方に居を構えても良いし、各地を巡る旅に出るのも良い。


 西方の国に現れたという肥遺ひいという鳥を捕まえに行くのも良いし、南方の国で見つかったという噂の如何じょかの木を見に行くのも良いだろう。肥遺とは、ウズラに似た鳥で、黄色い体と赤いくちばしを持っており、これを食べれば疫病を治し、これを飼えば疫病を媒介する害虫を駆除する事ができると言われる。また、如何の木とは、非常な大木で何十年かに一度朱い花をつけ、棗のような黄色い実をつけるのだそうだ。果肉には酸味があり、これを食べると水や火、また武器によって被害を受けることが無くなるという。

 両者とも、どこまでが本当かは分からぬが、疫病を防げるのならばそれに越したことはないし、水や火や武器による被害を防げるのならば、戦時にはもちろん、いつも火傷で難儀している竜手にとっては福音となることだろう。


 そこまで考えて、アレクは幸せそうにため息をついた。

 たとえ、どこで何をしていようとも、妃奈が一緒ならばきっと楽しい。そう思えた。

 今すぐ彼女が欲しい。

 時間さえ許せば、一日中でも抱いていたい。

 しがみついてくる小さな手も、銀色の鎖が似合う細い首も、暖炉の灯りを弾く白く柔らかな肌も……もっと、もっと欲しい。何もかもが足りない。

 今まで生きてきた中で、何かが足りないなどと感じたことはなかった。これは一体どうしたことなのか。


 窓の外に放り投げた銭塘君が、文句を言いながら返ってきて、妃奈が笑い転げているのを眺めながら、自然とほほ笑んでいる自分に気づいて戸惑う。

 風がほとんどない穏やかな天気の日で、シャルロ山最後の日は、幸せな空気に包まれていた。


 いざ、王宮へ向けて発とうと紫竜に手綱をつけたところで、妃奈が改まった様子で、話があると言い出した。

「なんだ? 王宮に戻ってからでは駄目なのか?」

 そう問うと、妃奈は王宮に戻れば陛下が忙しくなるだろうから今のうちに話しておきたい、簡単なことだからと言う。

「ならば言うてみるがよい」

 手綱から手を放して妃奈に向き合う。妃奈は、少し躊躇って後、意を決したように話し始めた。

「私を陛下の民にしてもらえませんか? そして、城下町で働けるようにしていただきたいのです」

「なに?」

「私、考えたんです。元の世界に戻れないのなら、陛下の民にしてもらって、城下町で働いて暮らすのが一番いいんじゃないかって」

「……」

 何? 何を言い出したのだ? こやつは……。

「私、王宮で暮らすような、そんな身分の者じゃないんですよ。あ、陛下はもうとっくにご存じでしたよね。血を飲めば分かるんですものね」

 あははっと小さく笑ってから、妃奈は続けた。

「私、働いている方が性に合ってるし、それに、私なんかがお側にいては、王妃様方も気分良くないでしょうし……ね」

 妃奈の言葉一つ一つに、頭の中がカッと熱くなり、しかし、逆に心が冷えていくのを感じていた。

「できれば、働き口なんか紹介してもらえるとうれしいかなぁなんて思うんですが、駄目ですかね。陛下の推薦があれば、心強いかなぁって……あ、ちょっと図々しかったですか?」

「……つまりそちは、王宮は嫌だと、余の傍にいるのは嫌だと、そう申しておるのか?」

 自分でもびっくりするくらいの低い声が、喉を越えて出てきた。少し怯えた様子で、黙ったまま妃奈が見上げる。

「……」

「黙っていては分からぬ」

「……陛下にこれ以上ご迷惑を掛けるわけには、まいりませんので……」

「では、この紫竜はどうする? そちを竜主と決めて従っておるのに、肝心のそちはどこかへ一人で行くと言う。残された紫竜はどうすればよいのだ?」

 おそらく、どうしたらいいのか途方に暮れているのは紫竜よりもむしろ、余の方だ。

「それは陛下に献上したものなので、王宮で面倒を見ていただければと……」

「勝手なことを言う。竜が竜主に従うのは、いわば命と命を繋いだと言っても過言ではないのだ。自らの命の半分となったものを、そちは人任せにするのか? そのようないい加減な扱いを受ける竜の方こそいい迷惑であろう」

「それは……。そんなこと知らなかったし……」

 知らなくて当然だ。妃奈はそもそもレムス王族ではなかったのだから、何も知らされずに竜主になった筈だ。

 しかし、それを分かっていても尚、押さえられない怒りが体中に満ちあふれて、アレクは声を荒げた。

「そちはこの竜の竜主なのだ。ならば、最後まで責任を持つが良いっ。城下町で一人で暮らしたいのならばそれも良い。止めはせぬ。ならば、この竜も連れて行けっ。余はそちの竜のことなど知らぬ」


 アレクは、横でごちゃごちゃと口を出している銭塘君をせき立て、その前足に掴まるやいなや、少し瞳を潤ませながら見上げている妃奈を一瞥すると、シャルロ山を後にした。


 何故、余から離れようとする? あんな細腕で、余から離れて無事で生きていけると思っておるのか? 莫迦なっ! この世界で、そちが頼るべきなのは余だけの筈だろう?


 風が頬に突き刺さる。銭塘君の方でもアレクの手首をしっかりと掴んでいるので落ちる心配はなかったが、さすがに宙ぶらりんのまま移動するのは疲れる。しかしそれ以前に、自重で腕がすでに痛くなってきていた。それと同時に、熱くなっていた頭も冷えてきて、銭塘君の言葉がようやく耳に届くようになってきた。

「なぁ、妃奈をあのまま置いてきて大丈夫なのか?」

 銭塘君はさっきから、こう繰り返していたのだ。

「妃奈は、ひとりで紫竜に乗れるのか? あいつ高いところが苦手なんだろ?」

 忘れていた。なんてことだ。妃奈は一人で竜に乗れぬ。そんな簡単なことさえ、怒りのあまり忘れていたとは……。

 アレクは呻いて、銭塘君に戻るようにと指示をだす。銭塘君はやけに嬉しそうに返事をすると、再びシャルロ山へと進路をとった。


 ところが、シャルロ山が間近に見えてきたところで、アレクは目を疑った。シャルロ山の山頂からクリーム色の竜が飛び立った。

 その背中には赤っぽい茶色の髪の男性が乗っており、その肩には、ぐったりと意識を失っている様子の妃奈が担がれていた。


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