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第二十六話 銭塘君(せんとうくん)

 黒くて小さなその竜は、十五個目の金色の実にかじりついた。甘やかな芳香が辺り一面に立ちこめる。さっきまでそわそわしながら、こっちを見つめて立ったり座ったりしていた紫竜は、ついには諦めたのか、羨ましそうに涎を垂らしながら臥せの状態で黒竜が木の実を食べている様子を眺めている。

 金色の実は、黒竜が岸に着くなり、湖面にわっと湧き出した。その数、数百、否、数千個。とにかく大量の金色の木の実が出現したのだ。


 それを見たアレクは呻きながら、中でも小さめな木の実を一つ拾い上げて黒竜に差し出したわけなのだが……。

「おい、それだけじゃ足らん。もっと拾い上げろ」

 と、黒竜は偉そうな口調で、アレクばかりか妃奈にまで命令した。


 おまえ、今すぐ帰って良いぞ、と渋い顔をするアレクに、黒竜はこれだけの木の実が湧き出した場合、三年以上は帰れぬのだとふんぞり返った。

「三年を過ぎれば、おまえの意思次第だ。おまえが望む間はずっと仕えることになるだろう」

 黒竜は仕えるんだか、仕えさせるんだか分からない、偉そうな上から目線でアレクを見上げた。黒竜の傍に座り込んでいた妃奈も、つられてアレクを見上げる。

 アレクは眉間にしわを寄せて、黙ったまま黒竜を見下ろしていたけれど、その顔には、今すぐ踏みつぶしてやりたいと書いてあった。


 金色の実をむしゃむしゃ食べながら、黒竜は色んなことをマシンガンのようにしゃべった。

 自分は銭塘君せんとうくんと言う名の超すごい竜であること。内向竜紋鏡の芯であったこと。いにしえの昔、怒りにまかせて大暴れした挙げ句、レムスに封印されたこと。昨夜、何者かにその鏡を割られて解放されたこと。出てきたのは良いが、なんだか不快な光を浴びせられて、狂ったように暴れてしまったこと。湖に沈められて鎮静したこと。竜の里にたどり着いたが、色々な力をもぎ取られ放逐されたことなどだ。


「鏡から解放された後、俺、生贄だと思って食おうとしたやついたんだけど、あれ、もしかして違ったか? 俺、わけ分かんなくなっていたからさぁ……」

 たぶんコンラのことだ。アレクがその時の状況とコンラの状態を話すと、銭塘君はうなだれた。

「やっぱりそうだったか。そいつに会って謝りたいが、きっと、俺を見て恐ろしいと思うよな。会わない方がいいかな」

 と真面目な顔で問うので、妃奈は思いっきり吹き出しそうになって、慌てて口を押さえた。銭塘君は、自分が本当に恐ろしく見えると思っているらしかったので、恐くないよ、可愛いいよ、と言いうのはさすがに憚られた。

 会ってしっかり謝るがよいと、アレクは大きなため息をつく。


「銭湯君? 先頭君? 戦闘君?」

 どれかしら……妃奈が首を傾げながら呟くと、どれも字が違うとすかさず銭塘君がつっこむ。

 字が違うのが分かったの? ってか、字も読めるんだ。


 銭塘君は、昔、東の大陸にある銭塘江という大きな河の水神だったのらしい。名前はそれに由来しているのだ。


 ここレムスの国は、日本と同様に漢字を使う。ひらがなカタカナはないが、それに相当する表音文字と併用しており、それ以外は、文法的にも日本語となんら変わりがない。それを知ったときには驚いた。だから書を読むのに、妃奈は五十音の表音文字を覚えるだけで良かったのだ。

 金髪碧眼のアレクが達筆な字で漢字を見事に扱っているのを見ると、わぁ、外人さんなのに漢字が上手に書けるんですねと、つい言ってしまいそうになるのだが、なんのことはない、この国では公用語なのだ。子どもだって書ける。


「内向竜紋鏡を割ったのは、誰なのだ?」

 と問うアレクに、黒づくめの男達数人がかりだったと銭塘君は言った。初めてみる顔で、目しか露出していなかったが、会えばすぐに分かるという。

「どうやってここまで来たのだろうか」

 というアレクの呟きには、銭塘君は明確に答えた。

「あれはネメア公国から逆召還されたものだな。あの国でそんなことができるのは、レムス王国から嫁いだあんたの大伯母くらいじゃねぇか? 軌跡から、幽かにクリスティーナの匂いがしていたしな」

「軌跡が分かるのか?」

「そのころは、まだ内向竜紋鏡の芯だったからな」

 軌跡を辿る能力は、内向竜紋鏡の芯であった時限定の能力なのらしい。

「おまえ、もう一度鏡に封印してやろうか?」

 アレクがにこやかに提案すると、銭塘君は口をとがらせて文句を言った。小さな鼻の穴から白い噴煙があがる。

「もう二度とあんなのはごめんだぜ。くそくらえだ。何にも食えねーし、する事と言えば召還物の軌跡を追うことくらいで超暇だし~。ほんと、レムスの野郎ひでーことしやがるぜっ」

 銭塘君は地団駄を踏んだ。タトン、トテン、と地面を踏みならす可愛らしい音がする。 

「しかし、随分口が悪くなったものだな。鏡の中にいた時の方が、もっとしゃべり方が可愛らしかったようだが……」

 とアレクが肩をすくめると、声くらい可愛らしくしておかないと誰も遊びに来ないだろと言う。

「誰も来ぬのは、声の問題ではなく、性格の問題だ」

 アレクはため息をついた。


 二十三個もの金色の実をガツガツと食べ終えた銭塘君は、ようやく一息ついたようにゴロリと横になった。

 その瞬間、今まで採っても採っても無くなる気配が無かった湖面上の金色の木の実が、一瞬にして消失した。


「おい、起きろ。王宮に帰るぞ」

 眠り込んでいる銭塘君を、アレクは眉間にしわを寄せて見下ろす。

 アレクが儀式の残り(竜神に対する感謝の祈り) をしている間、銭塘君は妃奈の膝枕でグウグウいびきをかきながら眠り込んでいた。背中の翼の付け根あたりをさすって欲しいと言うので、妃奈が撫でてやると、銭塘君はあっという間に眠り込んだのだ。妃奈は、思わず微笑む。

「可愛いですね」

「何が可愛いものか、こんなに小さくては乗騎にさえならぬ」

 アレクは顔をしかめた。

「そのことなら、陛下には紫竜を乗騎として献上いたしますよ。私が竜主では、紫竜も不満でしょうからね」

 妃奈はにっこりと微笑む。


 これはもう決めていたことだった。仮に現れたのが銭塘君じゃなくても、そうするつもりだったのだ。だいたい、高所恐怖症の妃奈が竜など操れるわけがないのだ。テオ殿下の指摘したとおりだ。

「しかしそれでは……」

 と渋い顔をするアレクを、銭塘君が遮った。

「おいおいおいおい、おまえら、さっきから黙って聞いていれば、随分俺を見くびった言い方するじゃねーか」

 むくりと起きあがり文句を言う。

「確かに俺は、小さくて乗りにくいかもしれないが、おまえ等を運ぶなんて朝飯前だぜ?」

 そう言うと、銭塘君は妃奈とアレクの手首を右と左の前足でそれぞれつかむと、畳んでいた羽を広げて飛び立った。畳んでいるとそうでもないが、銭塘君は、小さな体に似合わない大きな翼を持っていた。


 妃奈は慌てて、もう一方の手で銭塘君の少しザラリとした前足首を掴む。あっという間に足が地面から離れて、湖が足下の遙か下方に広がる。

「きゃぁぁぁぁぁ」

 妃奈は足下の心許なさに息をのみ、悲鳴をあげた。

「もうよい、分かったから着地せよ。妃奈は高いところが苦手なのだ」

 アレクが顔をしかめて指示を出す。

「ええっ? そうなのか?」

 銭塘君は意外そうな顔をして、ゆっくりと下降した。


 地上に降り立っても震えが止まらない妃奈をアレクが抱きしめて背中をさする。

 その様子を見た銭塘君が呻いた。

「妃奈の癖に高いところが苦手とは……」

 なにその妃奈の癖に、って~。

 アレクにしがみつきながら、妃奈は心の中で文句を言う。


 丸太小屋で使用したものをクリーニングに出すべく、王宮にアレクが逆召還し、妃奈が部屋を整える。その間、銭塘君が、あまりにも妃奈にまとわりつくので、アレクに何度か窓から放り捨てられていた。

 その度に文句を言いながら、バサバサ羽音をたてて帰ってくる様子に、妃奈は笑い転げる。


 風がほとんどない穏やかな天気の日で、シャルロ山最後の日は、このまま穏やかに過ぎていくのだと思われた。妃奈が次の言葉を言うまでは……。



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