第十七話 コンラと魔知玉
大鏡が割れているのを発見したアレクは、ただちに王宮から魔導具を扱う技師を召喚した。
技師の名はコンラ。黒縁の丸眼鏡をかけた若い男で、茶色い瞳はいたずらっぽく輝いており、濃い緑色の髪は色んな方向に跳ねていた。
コンラは、拳大の丸い水晶玉のようなものを手にしていた。そして、現れるなりマシンガンのようにまくし立てる。
「陛下~、急用以外、魔法で人を召喚するのはやめてくださいと、何度言ったら分かってもらえるんですかね~。用足ししてるところだったらどうするんです? 目の前でまき散らしちゃっても知りませんよ? ところで、ここは、一体、どこっすか? こんな薄暗いところに呼び出して、何をさせようってんですか?」
「コンラよ、汚い話をするでないぞ。急用なのだ。ここはシャルロ山頂の内向竜紋鏡の祠だ」
アレクの返事に、コンラは黒縁眼鏡の中央をくいっと中指で持ち上げると、キョロキョロと辺りを見回した。割れた鏡の破片が、一面に広がって、ランタンの光を乱反射している。
「あ~あ、こりゃ木っ端微塵じゃないっすか~」
「そうなのだ」
「やっちまいましたね~、陛下」
「余ではないぞ」
むっとした表情でアレクが返す。
「じゃあ誰が割ったんですか?」
そう言いながらコンラが妃奈を見るので、妃奈は慌てて首を振る。
「その者でもない。余と共に、今ここに来たばかりなのだ」
アレクは口添えしてくれたが、聞いていたのかいないのか、むしろ、妃奈の慌てた様子を見て、コンラは唇の片方だけを引き上げてニッと笑ったようだった。
「お初にお目にかかります。黒髪の王、エル殿ですね? お噂は伺っておりますよ。私はコンラ、武具司にて魔導具技師をしております。以後、お見知り置きを……」
コンラは、片膝を地につけて妃奈の手をとると、その甲に口づけた。
噂? 何の噂だろう。
たじろいでいる妃奈の手をとったまま、コンラは好奇心に溢れた瞳で見上げる。そんなコンラから、アレクはイライラした様子で妃奈の手を取り上げた。
「何を暢気に自己紹介などしておるのだっ」
アレクの様子にコンラは目を見開いて、立ち上がると肩をすくめた。
「へぇぇ、驚いた。噂は本当だったんですね。陛下が王エルにメロメロで、片時も離したがらないって」
ええっ? そんな根も葉もない噂が?
「それ、何かの間違いですよ。私、王宮で陛下に会ったの、数えるくらいですし」
妃奈が笑いながら否定する。だけど、何故かアレクは顔を紅潮させてひどく狼狽した。
「な、何を言っておるのだ、そちはっ。誰がそのような噂をっ」
え? アレク? なんでそんなに慌てて……。
「リュシオンがぼやいていましたよ。色んな生き物を使役して、王エル殿の情報を逐一報告させるものだから、ちっとも公務に身が入らなくて困ってるって」
ええええっ?
しかし、妃奈が瞠目してアレクを見上げた瞬間、わざとらしい咳払いをすると、アレクは急にしかつめらしい顔になった。
あれ? 豹変した。
「コンラ、それどころではないのだ。レムス王国の至宝が壊されたのだ。それどころではないのだ。一大事なのだ。そうだぞ? それどころではないのだ」
大事なことなので繰り返しましたと言わんばかりに、アレクは、それどころではない、を繰り返した。
「まぁ、異国の方とはいえ、陛下が女性に興味を持ったんなら、それはそれで良いことではないかと、俺は言っておいたんですがね」
ええっ? それは一体どういう意味で……。
アレクは、目を丸くして見上げている妃奈にたじろぎ、次いで、ニヤニヤ笑っているコンラをにらみつけると、声を荒らげた。
「それで、そちはこの大鏡を直せるのか直せぬのかっ」
そんなアレクをちろっと横目で見ると、コンラは、わざとらしくため息をついた。
「人間、歳をとると怒りっぽくなっていけませんね」
「余はまだ二十五だ。たった二歳年下なだけの癖に、余を年寄り扱いするのはやめよ」
アレクは渋い顔で返す。
二人のテンポの良いやりとりに、視線を右左させていた妃奈は思わず吹き出した。コンラとアレクはとても仲が良いらしい。二人の間には身分差など存在しないかのようだ。
コンラは幼少の頃から、ともに王宮で勉学や剣術を競い合った仲なのだそうだ。いわゆる竹馬の友と言うわけなのらしい。
ところで、アレクって二十五なの? 同い年だったのか……もっと年上だと思ってたよ。
いろいろ、びっくりだ。私の件は眉唾物だとしても……。
「魔導具が壊れたとき、直せるかどうかは、その道具の芯となっているものが残っているか、そしてそれが損なわれていないかどうかに依ります。壊れたときに、鏡の中から何か出てきませんでしたか?」
コンラは飛び散った破片を念入りに目で追う。
こうした妖力甚大な魔導具には、力の強い魔物が封じ込められているものなのだそうだ。その魔物が魔導具の芯と呼ばれるものなのらしい。だから、壊された瞬間に、その本体となる魔物が出てきているはずなのだという。
魔導具技師としてのコンラは優秀なのだろう。それまでとは打って変わって、真剣な目つきで魔導具の説明をするコンラに感心する。
「だから、壊れたときには立ち会って居らぬのだ。昨夜、大鏡の元を訪れたときには、まだ傷一つ無く、減らず口をたたいておったのだからな」
「ということは、昨夜から今朝にかけて、何者かが祠に侵入したと言うことになるわけですか……ふうむ」
コンラは顎をさすりながら唸った。
昨夜から、既に王宮には、ぞくぞくと王族が集まっていた。明日行われる竜替え後の皇帝の新竜を祝う為だ。山の頂まで単独で来れるのは王族だけだからとはいえ、王族の一人一人を疑って調べるのは困難そうだ。
「王族が王宮に集っている今、特定するのは難しそうですね。下手に調べて回って怒らせるのも面倒だ。怒らせると怖い人たちばかりだし……」
王族って怒ると怖いのか……。まぁ、それはそうかもだな。元々神様級の扱いをされている人たちなんだし……。
妃奈はこわごわとアレクを仰ぎ見た。穏やかな瞳だ、と思う。
でも、怒られないように気をつけよう。そうしよう。怖いの嫌だし。
妃奈は、密やかに、心の中で拳を握り締めた。
「コンラよ、誰が壊したかなどは、後で調べればよいことだ。そんなことなら、余がなんとでもできる。問題は、鏡が直るかどうかなのだ。だから、そちを一番に召喚したのではないか」
アレクの言葉に、コンラはポンと拳で掌を叩いた。
「あぁ、なるほど。そう言えば、陛下はそう言うのを見つけだすのが得意でしたっけね。失念しておりましたよ。だったらそっちは気にせず、直すことに専念させてもらいましょう」
これをしばらく持っておいてくださいと、コンラは持っていた玉をアレクに手渡した。
「できたばかりの試作品です。作るのにまるまる一年かかったんです。絶対に落とさないでくださいよ?」
ところが、アレクがその玉を手にした途端、玉は青白く光り始めた。
「ん? 何なのだ? この玉は……光り始めたぞ?」
その光を見た途端、コンラは破顔した。
「おぉ、成功しているようですね。これは魔力を帯びた物を検知する玉で、俺は魔知玉と呼んでいる物なんです。さすが陛下だ。明るく光りますね~。ちょうどいい、洞窟の岩肌を照らしてもらえますか?」
また、なにやら怪しげな物を作っておるなとぶつくさアレクは呟きながらも、言われたとおりに岩肌に魔知玉を近づけた。
懐中電灯ならぬ懐中魔灯だね、と感心しながら、妃奈も岩肌に目を走らせる。
洞の岩肌は、天然の洞窟らしくごつごつしていた。地下水脈があるのか、所々水が滲みだしており、その滲みに沿って苔が付着している。コンラは、その岩肌に穿たれた穴や隙間を丹念に覗いて回る。
「封印を解かれた魔物は、恐らくまだこの祠の中にいるはずです。このような洞に祀られていたことから推測するに、陽の光に弱いタイプの魔物だと思われますから、夜になるまでは洞の中に隠れているに違いありません」
そのとき、岩肌の割れ目のその奥の窪地に、小さな闇がわだかまっているのが見えた。
果たして、コンラの言うとおり、大鏡の中に封印されていた魔物はその場にいた。
しかも、最悪の状態で。




