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第十四話 暖炉② ☆

この回はR描写があります。苦手な方はご注意ください。

 暖炉の火がひときわ大きく揺らめく。

 先ほどまで温まりきれずに冷えていた体の芯が、今ではすっかり温まって、むしろ熱いくらいに火照っていた。暖炉の火のせいだけじゃなかった。

 包み込むように抱きしめるアレクの体温と、幾度となく落とされた口づけのせいだ。

 どっかりと腰を下ろしたアレクの膝の上に乗り、抱きしめられながら、妃奈はアレクのラピスラズリの瞳を見つめる。一旦その瞳をのぞき込んでしまうと、今度は絡めとられてしまったかのように目が離せなくなった。

「妃奈、余のことが好きか?」

「……好き」

「余が……人の生き血を啜る魔物でもか?」

 ツキンと心の内に痛みが走った。深い青色の瞳を見つめたまま、いやいやをするように小さく首をふる。勝手に涙が滲んできた。

 瞬時に落胆の色を浮かべたアレクは、しかし、次の言葉に瞠目した。

「アレクが他の人の血を啜るなんてイヤ……です」

 私どうしちゃったんだろ。アレクを独り占めしたい気持ちが暴走して止まらない。私、こんなこと言うキャラじゃなかったのに……。

 言った後になって、自分の言葉に動揺する。

 これじゃ、酔って絡む恋人みたいじゃない。恋人でも何でもない癖に。ましてや、アレクは皇帝なのに。

 ……これは強いお酒のせいだ。きっとそう。

 顔を赤くして独りうろたえる妃奈に、アレクは何度も口づけを落とした。舌が絡み合う湿った音が、夜の静寂に密やかに響く。

 上着を脱いでシャツだけになったアレクの体温が直に伝わってくる。アレクはとても体温が高い。その熱が妃奈を追いつめて、堪らない気持ちにさせる。

 アレクの匂い、すごく好き。

 妃奈はアレクの首に腕をまわし、その胸に顔を埋めた。

 微かにムスクの香が混ざったアレクの匂い。

 そんな妃奈の髪を何度も愛おしげに梳きながら、アレクが耳元で囁いた。

「そちは、不思議な娘だな。口づけるだけで魔力が回復する。少しではあるが……」

 え?

「余が居室の窓を開けられたのは、たぶんそのせいだ。そちに気付けの火酒を飲ませたら魔力が回復したのだ。火酒のせいではないだろうと思っていたのだが、やはりな」

「私のせい……ですか?」

 そう言えば、アレクは王宮で自室の窓が開いたことに、やけに驚いていた様子だったっけ。

 しかし、アレクは妃奈の問いには答えずに、笑みを湛えたまま妃奈の瞳をのぞき込んだ。

「では……口づけ以上のことをしたら、どうなるのであろうな?」

「……っ」

 見上げればラピスラズリの瞳。アレクの瞳には危険な熱が宿っている。

 何かを見極めるかのようなその強い視線に、妃奈はたじろぐ。

 いけない。これ以上はきっと危険だ。流されちゃ駄目。


 だって、私は……(あざ)の持ち主。痣主(あざぬし)だ。


 妃奈の母方の家には、代々伝わる不思議な伝承があった。ある特殊な形状の(あざ)をもって生まれた者にまつわる言い伝え。

 その(あざ)を持つ者は、強運と言うべき力を帯びているが、同時に、災いをも呼び寄せてしまうのだ。そして、その(あざ)は必ず女性に現れる。

 この伝承を初めて聞かされたとき、妃奈の脳裏には、ロールプレイングゲームの呪いのアイテムが浮かんだものだ。あの不気味な装着音とともに……。

 何かの動物の片翼をかたどった(あざ)は、母の首筋に、そして妃奈の左太腿の内側に、刻まれていた。鳥にしては骨っぽく、コウモリにしては毛羽っぽいその片翼は、アレクが城下の街で買ってくれた銀竜の片翼にとてもよく似ていた。

 妃奈の母親は生まれつきの痣主(あざぬし)で、その為、生涯独身でも生きてゆけるように、神に仕えるべき巫女として、祖父の寺の隣にある神社で働いていた。が、ある時、父と恋に落ちて妃奈が生まれた。

 妃奈には、元々その痣はなかったのだが、中学生になった年、突然浮かび上がった。それを知ったときの母の狼狽ぶりは、尋常ではなかった。

 当時、既に災を招いていたのか、父と母の間には埋めようのない亀裂が生じており、二人は別居状態にあった。自分の痣のせいで久々に集まった家族は、実に険悪な状態だった。泣きじゃくる母と、(あざ)の出現を母のせいにして責める父、難しい顔で黙り込む祖父。その様子を、ただ、辛く悲しい気持ちで見ているしかなかった自分。


 でも、ここは異世界。もしかしたら関係ないってことはないんだろうか。

 でも、アレクに何かあったら……。

 心の中で対立する意見がせめぎ合う。

 母の父親、つまり寺の住職をしている祖父の、口癖のようになってしまっていた言葉を思い出す。

 ――やはり、あの程度の男では手に負えなんだ。

 父の会社が思わしくなくなって、祖父の寺に妃奈が身を寄せていた間、何度この言葉を祖父から聞いたことだろう。

 父は、少しお人好しなところのある人だったけど、自分で会社を興し、従業員にも慕われていた良き経営者だったのだ。その父でさえ、あの程度だと言われるのならば、一体どんな男になら手に負えると言うのか。

 しかも、アレクは一国を率いている皇帝だ。それ以上の人など、普通なら、在りようもない筈で……。

 アレクなら大丈夫なんじゃない? それに、私は明日にでも元の世界に帰る身なのだし……。

 一夜だけ、一夜だけなら、きっと何も起こらない。きっと、きっと……。


「妃奈……妃奈……」

 名を呼ぶ少し掠れた声にも、胸の膨らみをなぞる長い指先にも、ぞくぞくする。

 バスローブの肩が肌蹴て、白い素肌が露わになる。慌てて前を隠そうとして、両手首を掴まれたまま床に押し倒された。

「隠すな。よく見せろ。滑らかな肌だ。余の手にしっとりと馴染む」

 アレクの唇が首筋を這う。

「……っ」

 噛まれるっ、と思わず首を竦めたけれど、首筋を這ったアレクの唇は、そのまま胸の膨らみの頂を含んだ。

「……っ、あぁ」

 痺れるような刺激が体中を駆け抜けて、ため息のような嬌声が零れる。

「妃奈、余の瞳を見てみよ」

 喘ぎながら、ようやくの思いで薄目を開き、見上げた瞳は深い青色。だけど、いつも冷静なその色の瞳は、今は余裕なさげに揺らめいていた。

「案ずるな。余は、そちの血などちっともほしくないのだ。余がほしいのは……妃奈、そち自身だ」

 アレクの言葉に、しかし妃奈は喘ぐことしかできない。熱い吐息が零れ落ちる。

 膝を割り、更に奥へと這い上がり、触れる、アレクの指先。妃奈は、強い刺激に甘い悲鳴を上げた。体の奥から湧き上がる痺れが、妃奈から抵抗する力を奪っていく。

 一瞬、母の顔が脳裏を掠めた。

 母も父と恋に落ちたとき、こんな風にざわつく気持ちに抗えなかったんだろうか。


 指と指を絡め合い、息さえできないくらいの口づけを何度も落とされ、身体の奥に何度も強い刺激を与えられて、妃奈は何度も身体を跳ねさせた。

「アレクっ、アレク……っ」

 頭の芯まで蕩けてしまったように、何も考えられない。切なく愛おしいその名を呼ぶ。

 かつて経験したことのない強い刺激に震えながら、妃奈はアレクに身を任せた。


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