第十三話 暖炉①
この国の王族の立ち位置は、まさに日本の神だなと思う。
神はそもそも祟るものなのだ。だから人は畏れ敬い祀る。一方で、その甚大な力に縋る。この国では、それが、より現実的な形で存在するらしい。
「私がアレクの部屋に運ばれていた理由はそれ? 私は生贄ですか?」
妃奈の質問に、アレクは辛そうに顔を歪める。
「妃奈……残念ながら、その質問を否定することが余にはできぬ。そちの血を飲めば、余は確実に強力な魔力を使えるようになる。それは紛れもない事実だ。理解しろとは言わぬ。協力しろとも言わぬ。だが、余はそちを生贄だなどとは思っておらぬ。それだけは信じてほしい」
だからだったのか、リュシオンが、リンが、しきりに陛下に助力してほしいと言っていた、その理由。つまり血を差し出せと言っていたというわけだ。
しかし、妃奈はアレクの言葉に頷いた。
アレクの言葉が、どこまで真実なのか、本当のところは分からない。ただ信じたかった。
だって生贄に過ぎないと言われるよりはずっとましだもんね。
それにアレクは妃奈を元の世界に戻すと約束してくれたのだ。生贄ならば、生きて戻れないのが当たり前な筈だから。
そう納得したものの、ついバスローブの襟元を掻き合わせてしまう。やってしまってから、はっとして、その仕草をアレクに見られてしまったのではないかと見上げたが、彼は暖炉に薪を足しているところだった。
良かった。見てなかった。
あれ? でもさ、血を提供するだけなら誰にでもできることじゃない? それが私でなければならない理由なんか……ないよね。
つまり、私の存在価値なんてその程度ってこと?
思わず嘆息する。
いや、生贄になりたいわけじゃないけどさ。でも、だったらこのため息はなんなのよ。
妃奈は再び大きなため息をついた。
濡れた夜着の代わりに、アレクはバスローブを召喚してくれていた。アレクの居室のクローゼットに入っていたやつだ。ほかの衣装がどこにあるのか知らないので、召喚できないのだそうだ。アレクが召喚できるのは、そのものが在る場所が分かっていることが前提なのらしい。だから、どこから来たのか分からない私は、想定外の召喚物なのだという。
「え~? そうだったんですか? じゃあ、そもそもアレクは、何を召喚しようとしていたんですか?」
「……なにも」
アレクは、いたずらを見つけられた子どものように目を泳がせながら答える。
「なにも?」
「そちを召喚した時点では、まだあれほどひどい嵐になろうとは思っておらなかったのだ。だから、嵐に備えよとうるさいリュシオンを黙らせるために召喚の真似事をしただけのつもりだった。何も現れずに、余の無力が証明されれば、弟のテオを呼び寄せる口実になると思うておったのだ。しかし、何故か、そちが現れた」
えーっと、それって、私は招かれざる召喚者というわけでしょうか。
がっくりとうなだれる。それじゃあ存在価値も何もあったものじゃない。なんかトホホな気分になってきたよ。
「しかし、そちが現れてくれていたお陰で、国は救われた。そちの出現は僥倖だったというわけなのだが……そちにしてみれば、さぞかし迷惑な事態だったのであろうな。すまなかった」
すまなそうな顔で謝るアレクに、妃奈は小さくほほえんで見上げ、しかしアレクの真っ直ぐな視線を直視できずにすぐにそらした。
やばい。私、アレクを直視できない。ドキドキする。
「い、いえ、お役に立てたのなら良かったです」
妃奈は暖炉の炎を睨みつけながら言った。
お、落ち着け、私。僥倖だったとまで言われたなら、出現した甲斐があったというものじゃないの。
そしてふと気づく。そうか、私は結構な量の血を提供したことになっているわけだ。どうりで、すぐに眠り込みやすいわけだ。貧血だったからなんだね。レバーでも食べておいた方がいいかもしれないな。あんまり好きじゃないけど。
暖炉の前には妃奈の夜着とアレクの上着が干してある。下着はさすがに恥ずかしいので、ロフトに干してきた。なにせ湖に落ちたのだ。下着までぐっしょり濡れていた。
夜着はそんなに厚手のものではないし、すぐに乾くよね?
バスローブしか身につけていないというのは、なんとも心許ないものだ。
意識しすぎだって~。も~。私の馬鹿馬鹿! ほかのことを考えよう。
「と、ところで、アレクはそんなに弟のテオ殿下に会いたかったんですか?」
そうまでしないと弟に会えないんだろうか。
「帝位をテオに譲りたいのだ」
「は?」
テーイを譲る?
首を傾げる妃奈を気まずそうに見つめながら、アレクはため息をついた。
「まぁ、良いではないか。そちには関係のないことだ。この話はやめよう」
はぁ~。
確かに自分には関係がない話のようなので、妃奈は口をつぐんだ。
クション!
急に寒気を感じて、両手で二の腕を擦る。
山の夜は冷える。暖炉の火で頬は火照っているのに、一旦湖で冷やされた体は、芯が暖まりきれず冷えていた。
「寒いか? もっと火の傍に寄るがよい。まだ唇の色が悪い」
そう言うと、元々離れた位置に居たにもかかわらず、アレクは更に暖炉から離れた。
「……どうして離れちゃうんですか?」
妃奈は俯いたまま問う。何故だか、アレクの瞳を見つめる勇気がなかった。
アレクの深い藍色の瞳の奥に、あの貝紫の色を探してしまいそうで……。
私、どうしちゃったんだろう。あの瞳で見つめられたい。生贄になるだけなのに。あの瞳のアレクは、私の血を欲している証なのに……変だよ。これじゃ、私、まるでティラノサウルスに見つけてもらいたがってるトリケラトプスみたいなもんじゃない? あれ? 例えがちと変だな。ドラゴンとか見ちゃったからかなぁ。
「妃奈。さき程は、怖くないと言っていたが、本当は余が怖いのだろう? その証拠に、先ほどから目を合わせてくれぬではないか」
少し自嘲気味に笑うアレクに、慌てて顔を上げる。
「それは違いますっ。そうじゃなくてですね……」
悲しげなラピスラズリの視線とぶつかった。うろたえた挙げ句、しかし妃奈は言葉を失う。
「無理をせずとも良い。余とて、そちが近くにいれば平常心ではいられなくなるのだ。そちに見つめられれば、更に混乱する。見るな。その方が良い」
見るなって、それひどくないですか? いや、実際は見たくても見れないんですが……。鼓動が激しくなるので、苦しくて……切ない。
平常心でいられなくなるのは、私だって同様だ。それどころか、私など、もう常に平常心でいられなくなっているというのに。金色の光や深い青色をみるだけで、心がざわつくというのに……。
「アレクが暖炉から離れるのなら、私も離れています。寒いのはアレクも同じでしょ? 信じてくれないかもしれないけど、本当に私はアレクのことを怖いと思っていないですよ? 私、アレクのこと……好きだし」
好きだとか言いながら、目を合わせられないよ~。だってドキドキするんだもん。でも、これじゃあ、信じてもらえないよね。どうしよ。でも顔が火照ってきたし。あ~、やっぱり、見つめるなんて無理無理。
しかし、妃奈の言葉に、アレクは暖炉の傍にゆっくり歩み寄ると、手を差し出した。
「ならば、ここに来い」
「……」
妃奈はカクカクとした動作で視線を上げ、深い青色の瞳をおずおずと見つめると、差し出された手をとった。




