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第十話 山小屋にて

 雪をいただいた山頂の山小屋は、丸太でできた素朴なものだ。山小屋は湖の畔に建っていた。月明かりを弾く湖面は穏やかで鏡面のように美しいけど、麓の湖のように湖底にシーブ・イッサヒル・アメルが生えている様子はなかった。

 アレクと妃奈を乗せた竜は、湖の畔で翼を畳み、ひとしきり、のどを鳴らしながら湖の水を飲んでから、その場でうずくまった。

「一日早いが、もう行っても良いのだぞ?」

 竜の足下でアレクが声を掛ける。

 行っても良いって?

 アレクの声に答えるように、薄紫色の竜は、ぐるるるるる、と低く唸った。決して怒っているようではなく、むしろ甘えているような声だ。

「明日までは一緒に居てくれるのか? 律儀なやつだな」

 竜の言っていることが分かるかのように、アレクは笑うと、竜の脇腹をぽんぽんと叩いた。

「この竜は、明日どこかへ行くのですか?」

「あぁ、そうだ。場所は知らぬが、シャルロ山のどこかにあると言われる竜の里に帰るのだ。だから明日の夕刻でお別れだ。そう言う契約だからな」

 他の動物と違い、竜ほどの力を持つ生き物になると、使役できる期間も人種も限られてしまうのらしい。竜を使役できるのは王族に限られているし、王族であっても、一定の期間を経ると『竜替え』をする必要が出てくる。その時期は、竜との相性にも依るが、大抵は一年毎。非常に希なケースだが、竜と王族が強力な契約を結べた場合、一生のパートナーの竜となることもあるらしい。始皇帝と金竜がこれにあたる。それ以降は、フーカー八世がニ十年、ハドリアヌス十四世が十年、と長く使役できた例が続く。

「そうなんだ。最後に私まで運んでくれて、ありがとうね、薄紫竜さん」

 妃奈が声を掛けると、きゅる、と小さく鳴いた。なんて言ったんだろ、とアレクを見ると、どういたしましてと言っていると言う。本当かな。

 お礼をしたいけど何も持ってないとこぼすと、この竜は果物が好きなのだ。とアレクは言い、いくつかの桃の実を取り出した。

 あれ? そんなものどこから? もしかしてこれがアレクの使う魔法なの?

 そう言えば、アレクはいつも必要な物をどこからともなく取り出していたっけ。ネプトゥヌスの鞍だの、湯衣だの。そうか、電力と同じで、目に見えないけれど、この世界では魔力がそこここに存在するんだ。注意深く見ていないと気づかないくらい、普通に。

 妙にすとんと納得する。

 薄紫竜は、桃の実を嬉しそうに食んでいる。

 私もお礼がしたいな。湖なんだから、よく探せばあれがあるんじゃないかな。

 妃奈は湖の岸辺に歩み寄り、湖面を覗きこんだ。しかし、湖は闇色の表面が、時折月明かりを弾くばかりで、やはりシーブ・イッサヒル・アメルの冷光は見つけられない。ふと、背後から肩に手が回って、アレクに引き寄せられた。

「水温が低すぎるのだ。だからこの湖に、シーブ・イッサヒル・アメルの木は生えぬ。しかも、この湖はとても深い。湖底がないという噂もある。岸に近いからと言って油断してはならぬ。落ちぬように気をつけよ」

 そ、底なし湖ですかぁ~?

 湖の汀で湖面をのぞき込んでいた妃奈は、慌ててあとずさった。

「湖を見るなら、明日の朝見るがよいぞ。朝日に輝く湖は格別だ。とても美しいのだ」

 アレクはそう言うと、肩を抱いたまま、妃奈を丸太小屋へといざなった。


 小さな丸太小屋の中は、清潔に整えられていたが、火の気がなく寒々しい。

 王宮が絢爛豪華だっただけに、小屋の素朴さが際だつ。暖炉の前に座るように言われ、マントを巻きつけられたまま座っていると、アレクは自ら薪を運んできた。妃奈は慌てて立ち上がる。

「陛下っ、そんなこと私がっ」

 やります、とまで言わさずに、アレクが座っておくようにと指示する。

「ここでは、何から何まで自分でやることになっているのだ。ここは王族でなければ自力では来れぬからな。幼い頃から、ここでは、何でも自分でするようになっているのだ。だから気にせず、座っておれ。それから、せめてここでは、余を陛下と呼ぶのをやめよ」

 王族でなければここに来れない? そんなところに、私が来ちゃって良かったんだろうか。

「構わぬ。王族でなければというのは、ここまで飛翔できる乗騎を操れるのは王族だけだからという意味だ。王族が連れを伴うことはよくあることだ」

 薪を暖炉にくべて、アレクが手をかざすと、指先から青色の光が零れて、薪に火がついた。オレンジ色の暖かな炎がゆらめく。

「魔法? 今のも魔法ですか?」

 目を丸くする妃奈に、アレクは微笑んで頷いた。

「そちの前であまり使ったことがなかったな」

 しばらくすると、部屋は快適な温度になったので、巻きつけられていたマントを外して、外套掛けに丁寧に掛けた。途中で雲の中も突っ切ったのに、マントは湿った様子もなく軽やかだ。

 良い布だよね~。それにしても良い色。

 何度見ても惚れ惚れする。

「そのマントが気に入ったのか?」

 背後で笑い含みの声がする。

「色が、なんとも言えず好みなんです。紫って、そんなに好きな色じゃなかったんだけど、この紫は特別です。すごく好き。見とれてしまいます」

 そう言うと、アレクは何故だか満更でもなさそうな表情で笑んだ。

「なんでそんなに嬉しそうなんですか? もしかして、陛……じゃなかった、アレクもこの色が好きとか?」

「まぁ、嫌いではないな」

 嫌いではないくらいか。それにしては、随分嬉しそうだ。

「じゃあ、どうしてそんなに嬉しそうなんですか?」

「余は嬉しそうに見えるか?」

「見えますよ」

「教えぬ」

「えー、どうして? ますます知りたくなるじゃないですか。教えてくださいよ~」

「まぁ、良いではないか。一先ず、今日は休もう」

 確かに休みたいのは、そのとおりだったので、一先ず引き下がる。

「ところで、どこで寝るのですか?」

 丸太小屋は、あちらの世界で言うところの1LDKだ。主室になっている部屋は、十畳以上の広さはありそうだが、板材で、直に寝ると体が痛くなりそうだ。いつもなら、ここに宿泊することはないのかもしれない。

「王宮から寝台を取り寄せても良いのだが、狭いから一つしか入らぬ。どうする? やはり寝台が欲しいか?」

 ……寝台が一つ。いずれにしても、私は板の間か? まさか、皇帝を板の間に寝かせる訳にはいかないしね。妃でも妾でもない私が、一緒に寝るのはありえないし。ってか、寝台を王宮から取り寄せるって……。そんな巨大な物まで魔法で召喚できるの? なんつー便利な能力なんだろ。

「アレクが寝台で眠りたければ、取り寄せたらいいですよ。私はその辺に転がって……」

 妃奈の言葉はアレクに遮られた。

「そちを板の間などに寝かせられるか。そのような気の遣い方をしているのならば、いつもどおりのやり方で休むぞ?」

 え? いつも通りのやり方? ここって宿泊できるようになってるの?

 首を傾げていると、アレクは梯子を上ってロフト部分に上がり、寝袋をいくつか投げおろした。丸めてある紐を解くと、フワリと解けて、それはフカフカの寝具になった。

「寒ければ、必要なだけ解いて使うと良い」

 これって、王族用寝袋ってやつですか? うわ~、ふわっふわ~。気持ちいーい。

 遠慮なくいくつか解いて、居心地良く寝床をしつらえる。アレクの分を左奥に、自分の分を右奥の端っこに。ドアに近い方が妃奈だ。やっぱ上座はドアから離れた奥だよね。日本式でいくと~。

 なのに、アレクは迷いもせず、ドア側に陣取った。

「あの、陛……じゃなかった、アレク? ドアが近いと不用心ですから、私がそちらに……」

「では、ドアから魔物が入ってきたら、そちが退治してくれるのか?」

 へ? まもの?

「この辺には、そんなものが居るのですか?」

「居ないとは限らぬ」

 ひぇぇぇぇ。そう言えば、アレクはいつでも佩刀しているんだっけ。

 この世界は、私の常識が通用しない場所なんだ。

 結局、遠慮なく奥で寝かせてもらうことにした。コピー機の紙詰まりなら、あっという間にやっつけられるけど、魔物はOLの手に負えなさそうだしね。

「まぁ、そのようなことは滅多にない。案ずるな。それよりも、休むとするか。明日は、一日ここで時間をつぶさねばならぬ。本来なら、明日の夕刻出発する予定だったのだが、ちょうど良い。そちを帰す道を、明日探そう」

「あの、確認なんですが、帰る道が見つからない……なぁんてことは……」

「ないわけではない」

 え? それって、それって……帰れない場合もあるってこと?

「妃奈」

 突然、真面目な顔で名を呼ばれて、何事かと顔を上げる。暖炉の揺らめく炎に照らされたアレクの顔は、何故かとても不安そうに見えた。

「そちは、余が召喚した時、一体何をしていたのだ?」

 え? それって……どういう意味? アレクは何かを見たの?

「あの、それって、どういう意味で……」

「……いや、なんでもない。忘れてくれ」

 アレクは急に目をそらして、帯びていた剣を枕元に静かに置いた。

 アレクは、何かを知ってるのかもしれない。あるいは、何かを見た? 何を?

 あ~、でもダメだ。私自身が、向うの世界で、最後に何をしていたのか忘れてる。あの時、デスクの下に隠れて、私は何を聴いた? 私の身に何が起こったの? 思い出せない。

 考え込んでいると、目の前にグラスが差し出された。中には、澄んだシャンパンゴールドの液体が入っている。

 いつのまに、こんなものが……。グラスも召喚したんですか? 一体どこから?

「シーブ・イッサヒル・アメルの酒だ。色々考えても仕方がない。今夜は、これを飲んで寝るがよいぞ?」

 どこから召喚したのかという問いには、王宮の酒蔵からだ、と答えが返ってきたた。

 そりゃ、まあ、そうか。しかし、こんなワレモノさえ壊さずに召喚できるんですか。宅配便いらずで、結構ですこと。皇帝やめても宅配業で成功できそうだよね。

 一口飲んで、妃奈は目を見張った。

 美味しい!

 シーブ・イッサヒル・アメルの酒は、すっきりと甘く、しびれるように強く、こっくりと深い味わいで、妃奈はたちまち嬉しくなった。

「美味しい。こんな美味しくて強いお酒、私、初めてです」

「そうか? ならば良かった。どんどん飲むがよい。しかし、この酒は強いからな。飲み過ぎると、朝が辛いぞ?」

 アレクも酒に強いらしい、そう言いながら、自分もすいすい飲んでいる。

 急速にくだけた雰囲気になり、アレクとお酒を酌み交わす。

 そう言えば、さっきはバタバタしていて、眠りこんでいる私が、どうしてアレクの部屋に運ばれていたのか聞けていなかった。

「まぁ、良いではないか。些細なことだ」

 問うと、少し困ったような顔でアレクは言葉を濁した。

 些細なこと? なんか今、ムッとした。なんだか分からないけど、ムッとしましたよ、私。

「些細なこと? 私にとっては些細なことじゃあないですよ。なんですか? ここでは、寝てる間に女性が皇帝の寝室に連れていかれることが、日常茶飯事なんですか?」

「やけに絡むな。そういう場合もある、と言ったらどうなのだ?」

「別にぃ、御妃様が三人もいらっしゃるのに、随分な話だなと思っただけです」

 そう言ってグラスの中身をグイッと飲み干す。アルコールには強いはずの妃奈だったが、このシーブ・イッサヒル・アメルの酒は、かなり回りが早いようだ。酔うかもしれない、そう思いつつも、控える気になれなかった。

 アレクは困惑したように妃奈を見つめる。

「……そちには分からぬかもしれぬが、この場合、妃は関係ないのだ。まぁ、それが妃であっても良いわけだが。いずれにせよ、此度のことは、臣下の勇み足だ。すまなかった」

 ん? 私、何を訊いたんだっけ? 臣下の勇み足? なんだか会話が噛み合ってないよね。もしかして、私、質問の仕方を間違えた?

「アレクは……お妃様方を愛してるんですよね」

 この質問にも、アレクは困惑の表情を浮かべた。

「余の三人の妃は、いずれも隣国からの姫たちだ。国の安寧を思い、友好関係を築こうとするならば、王族同士の婚姻は一番手っ取り早い方法だ。愛しているかと問われれば、三者三様で性質は異なるが、愛しているのだろうな。でなければ、傍には置いておかぬだろう」

 違う。違うよ。私が聞きたい答えはそんなんじゃない。

「そんな事、言われなくても分かってることですよ。アレクは皇帝なんだから……。いや、実際には頭で分かってるだけかもしれないけどっ」

 そう言いながら、手酌でグラスに注ぐ。

「では、そちは、先ほどから何を聞きたがっておるのだ? 余が何と言えば、そちは満足するのだ?」

 私はアレクが何と言えば満足するんだろう。うまく説明できなくて、今度は自分が混乱する。

 泣きだしたい気持ちでいっぱいになって、注いだお酒を一気にあおった。実際、溢れてくる涙を、目にゴミが入ったふりをして何度も拭う。

「妃奈、その辺にしておけ。そちは、酔っているだろう?」

 ボトルを取りあげたアレクを、妃奈は睨みつける。

「私は酔ってなんかいませんよっ。私はね、酔わない体質なんです。これくらいのお酒で酔ったりなんかしないんですよぉ」

「酔っている者は、大抵、そう言うな」

「私は酔ってなんかいませんよ。国中の女性が、寝てる間にアレクの部屋に運ばれようが、それがここでは普通だって言うんなら、そりゃ、ちっとも構いませんけどね。私は、この国の人間じゃないですから。一緒にしないで欲しいんですよ」

「一緒にしたつもりはないぞ? それに、そちは何故そのように怒っておるのだ」

 怒ってる? 私が……怒ってる? あぁ、そうか、私は怒ってるんだ。

 私が聞きたい答えは、アレクはお妃さまをとても愛していて、私がアレクを思うことなど笑止千万、身の程知らず、勘違いも甚だしいと、釘を刺して欲しいんだ。

 諦めさせてほしい。

 それが今、私が一番望んでいる答えだった。

 苦しかった。私はずっと、もうずっと長い間、こんな風に人を好きになることを封じていて、それは、かなりうまく行っていたはずなのに、こんなにもあっけなく、アレクが封印を解いてしまいそうなので……だから、うろたえているんだ。

「私が怒っているとしても、それはアレクには関係のないことですっ。ボトル返して下さい。まだ、全然足りませんっ」

「やめておけと言っておるのだ」

 ボトルを取り返そうとしたが、アレクが更に遠ざけたので、伸ばした妃奈の手が、アレクの耳を掠める。その拍子に、耳飾りが一つ外れて飛んだ。

「あっ、耳飾りが……ごめんなさいっ」

 慌てて拾う。黒い、闇の眷属のような石。その耳飾りは窓の下まで飛んでいた。しかし、それをアレクに渡そうと近寄ったところで、鋭い声が響いた。

「よるなっ」

 声に驚いて、アレクを見あげた妃奈は、瞠目した。

 目の色が……。

「アレク、瞳の色が……」

 その瞳の色は、先ほどアレクが、妃奈を包んでくれたマントの色そっくりだった。いつもなら、ラピスラズリの深い群青色のその瞳が、妖しい紫色に変わっている。官能的なまでの、艶やかな貝紫。暖炉の光を映して妖しく揺らめく。

「近寄るなと言っているっ」

「でも……」

 まさかとは思うけど、耳飾りが外れたせいで瞳の色が変わっちゃったの? なんだか苦しそうに見えるのはそのせい? もしそうなら、一刻も早く耳飾りをつけた方がいいんじゃないだろうか。

「あの、これつけた方が……」

 ところが、耳飾りを差し出した手の、手首を掴まれてぐいっと引き寄せられた。

 牙が……。

 鮮やかな紫色の瞳と、鋭く長く伸びた牙に瞠目する。

「アレク?」

「寄るなと言うたのに」

 苦しげに顔を歪めたアレクは、そのまま妃奈を床に押し倒した。ビリッと胸元を大きく引き裂いて、首筋に唇を這わせる。

「アレク、いや!」

 妃奈の声に一瞬動作が止まったが、ぺろりと紅い舌で妃奈の唇を舐めると、噛みつくように口づけた。口腔を逃げ回る妃奈の舌を執拗に追いつめ、むさぼるように絡める。

「妃奈……妃奈」

 耳元で名を呼ばれてゾクリとする。思わず見上げた瞳は貝紫。暖炉の火が瞳の中で揺らめいて、それがまるで、アレクが理性と欲望の狭間で揺らめいているように見えた。

 流されちゃいけない。後で絶対後悔する。頭の片隅でそう思うものの、気づけば絡め取られた舌は、アレクの愛撫に応えてしまっている。

「んっ、アレ……ク、んんっ、んふっ、だめ……だめぇっ」

 アレクの胸を押しながら、力なく涙声で訴える妃奈の声に、再度、アレクの動作が止まった。

「妃奈、耳飾りを」

「え?」

「早くっ」

「あ、はい」

 耳飾りを付けたアレクは、すぐにラビスラズリの瞳に戻った。しかし、未だに、苦しそうに体をふるわせている。

「アレク、あの、私……」

「すまない。頭を冷やしてくる」

 そう言い残すと、アレクは一人、小屋の外へ出て行った。


 一人残された妃奈は、襟元を掻き合わせたまま、ぼんやりと暖炉の火を見つめる。パチンと爆ぜた火の粉が、まるで色違いの蛍のように、ふわりと舞い、消えた。

 官能的なまでに妖しい貝紫の瞳。唇からはみ出した鋭い牙。なのに、血を啜るわけではなく、恋人同士と勘違いしてしまうそうになるほど、何度も落とされた口づけ。

 ここは一体、どういう世界なの? アレクは一体……何?

 かつて夢で見た、とても美しい吸血鬼。アレクは彼にひどく似ていた。

 あれは、夢ではなかったの?

 寒いわけではないのに、襟元を掻き合わせる指先がカタカタと震えた。

 理性を失いかけていたのは、アレクだけじゃない。自分もだ。それもアレクの力なの? それとも……。

 傍らには、打ち捨てられたマント。波打つ貝紫。

 アレクはマントも羽織らずに出て行ったのだ。

 山の夜は冷えると、そう言ってた癖に……。

 もし妃奈の想像通り、アレクが吸血鬼なんだとしたら、今まで何度も妃奈を襲う機会はあったはずだ。だけど、最初の夢以外で、アレクが自分に何かをしたかもしれないという自覚はなかった。思い出すのは、身分差を知っていながら、破格なまでに親切に接してくれたことばかり。

 もしアレクが、自分の本性をあの耳飾りによって封じていたのだとしたら、破ったのは妃奈だ。

 謝らなくちゃ。

 妃奈はマントを握りしめて、丸太小屋をあとにした。


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