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第十二章12 『反逆のジャック⑨』

朝七時、純はライトの部屋の扉をコンコンと叩く。


「朝ごはんできたよー。ライト起きてこーい」


返事はない。昨日のこともあり、相当落ち込んでいるのだろう、と純はその気持ちを推測した。それは純も同じ立場だったからだ。それでも純がこのような行為に及んでいるのは、家主の海斗がいない今、家事全般がからっきしなライトにとって、生活を支える術を持ち合わせているのは、独り暮らしをしてそのスキルを培った純だけだったからだ。


純はドアノブに手をかけ、扉を少しだけ押してみる。当然だが、部屋のなかは暗かった。


「おーい、ライト……」


その時だった。ドン、という音と共に、ドアが振動する。それに続いて聞こえるライトの怒ったような声。ライトが枕か何かを投げつけたようだった。


「人の部屋を覗くなって言ってるでしょ!バーカ!大体きょうは休みなんだから、こんな時間に起こすな、バーカバーカ」

「は、つーか、お前は毎日が日曜日だろ!いい加減正しい生活習慣をだな……」


純がわずかに開いたドアの隙間から、正しい生活習慣を過ごす重要性を長々と説いていると、その隙間に、動くものを見た。キラリと光ったのは、ライトの瞳だった。


「うるさい。いいから早くドア閉めろ、ハゲ」


バタンと勢いよく閉められるドア。


「は、ハゲてねえし……」


純は悔しそうに呟いた。


◇◇◇


朝十時、ライトがやっと部屋から出てくる。

パジャマ姿のライトはかわいい、と目の保養にじっと見ていると、またいわれの無い罵詈雑言を浴びせられるので、純は軽く視線を送っただけで視線をテレビに戻す。純が見ていたのは報道番組だった。けれども、何かがライトはむっとした視線を純に送っていた。


「どうした?」

「べつに」


全く、年頃の女の子は何を考えているかわからんな、と口をこぼしつつ、チャンネルを報道番組からライトが好みそうなものに変えてみた。けれども、ライトのツンとした態度は相変わらずであった。


しばらくすると、電子レンジで朝ごはんを温める音が聞こえてくる。ライトが席につく。食べ始める。純がなぜ、こんなにも事細かにライトの行動を観察しているかというと、他でもない純の作った料理の感想が非常に気になったからだ。けれども、所詮朝ごはん。作る人によってそう味の質が変わるはずもないか、とたかをくくっていたときであった。


「あんまり、おいしくない……」


ぼそりとライトは呟いた。

途端に純の思考はフル回転する。できたてじゃないからか?炊飯器にいれる水の量を間違えたか?それとも、海斗は隠し味をこっそり加えていたか?いや、そもそも、これはいわゆる愛情というものが足りなかったからか?などなど……


しかし、純がライトの顔色を伺っているように、ライトも純の顔色を伺っていたのだ。純の思い詰めたような表情を見て、ライトは内心急に焦りだす。


「……なーんてね!冗談!朝ごはん作るの下手って、あり得ないから!おいしいよ!めっちゃおいしい!なにこれ!」

「はは……。そ、そうだよな……?」


急に取り繕ったようにライトはそう言うと、純も調子を合わせる。二人はこの微妙な距離感を保ちながらも、少しずつ打ち解けていってるはずだった。


ごちそうさま、という小さな呟きが純の耳に届く。そういえば、いただきます、は聞こえなかったなあ、と思い返す。もしかしたら、本当に言ってなかったのかもしれない。


「ジョーカー、あのね……その……」

「なんだ?」

「ありがとね……色々と……」

「お、おう……」


ライトは純に背をむけたままそう言った。急に恥ずかしくなった純も思わず顔を伏せて、その場に固まってしまった。


だから、彼がその事に気づくのはずっとあとだった。ライトが珍しく自分の食器を手洗いしていたという、そんな小さな事実に……。


◇◇◇


午後一時、ライトは身だしなみを整えた格好でリビングに現れた。どうやら、どこかに出掛けるらしい。


「電話の下の引き出し……電話の下の引き出し……っと」


ライトはそう呟きながら、引き出しを調べていた。純は首をかしげる。


「何してるんだ?ライト」

「あ、あった!じゃーん。海斗の預金通帳!」


ライトは海斗から死に際に預金通帳の在処を知らされていた。けれども、純にとってはそんなことは初耳である。当然驚く。


「おい、そんなのがあるなら先に言え!つーか、お金の管理は俺がする。お前には危なくて任せておけん」

「いーじゃん別に。ケチケチすんなって。海斗は超お金持ちなんだから、無くならないって」


ライトは意地でも通帳を渡そうとはしなかった。海斗が一生遊んで暮らせるほどの超お金持ちだって言うことは純でも知っていたし、その財力にライトがタカっていることも充分承知だった。けれども、その財力がどれ程のものなのかを知りたくなるのが、人の性というものだろう。


「わかったよ。ところで、確認したいんだが、一体いくら入ってるんだ?」

「やっぱ気になる?じゃあ、確認しまーす」


ライトが通帳を開いて通帳記入がされた最後の期日を見る。


「えっと。八月十七日が最後ね……って、あれ?」

「おい、見せてみろ」


通帳を覗き込んだ純もライトと全く同じ反応だった。入ってる金額は、決して少なくはなかった。けれども、一生遊んで暮らせるとは、とても言えない額だったのだ。


何かの手違いだろうと日付を遡っても、わかったことは、決して使い込んだわけではなく、もとから一生遊んで暮らせるとは程遠い収入しかなかったということだけだった。


「俺たちを心配させないために嘘をついていたのか……」


純はどんな思いでこの『白鳥ハウス』を作ったのか、改めて考えさせられることとなった。そして、純以上にあらゆる意味で衝撃を受けていたのがライトだったのは言うまでもない。


◇◇◇


午後二時、ライトは近所のスーパーから出てくる。結局、通帳は純の手に渡り、ライトに手渡されたお小遣いは五千円だけだった。


「あ、やってらんないわね。ニート生活も、もってあと数年か……。バイト探すかな……」


ライトは店先においてあった求人案内を手に取って、ページをパラパラとめくってみた。けれども、どれも今のライトにはハードルが高そうに見える。まず、履歴書というものが何なのかすら、わからなかった。ライトは手に取ったそれを適当に丸めると、持っていた袋の一つに押し込んだ。


しかし、彼女には誤算があった。ニート生活を送る数年どころか、明日を生きれるかどうかさえ、怪しいのだ。なぜなら、すでに死んだと思っているある男が、実は生きていて、蛇のように今か今かと獲物を狩る機会を狙っていたのだから。


◇◇◇


午後二時十五分、帰り道。

ライトはジャックに追われていた。近道をしようと人通りの少ない裏道に入ったのが運の尽き。そこは絶好の狩場だった。


「な、なんであんたが生きてるのよーー!」


ライトは素直に疑問をぶつけたが、ジャックは答えない。

炎天下、生命の危機、尋常ではない量の水分がライトの体から出ていく。息も切れ切れ、のどもカラカラ。助かる術はもうなかった。


「生きたいか?」

「当たり前でしょ!」


ライトの体力は尽き、建物の日陰部分に倒れこむ。目の前に迫るは、ジャックの大剣。


「なら、すまないが、一回死んでくれ」


振り下ろされる大剣。貫かれる体。その瞬間、ライトの命は燃え尽きた。

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