第十二章11 『反逆のジャック⑧』
カグラの体はピクリとも動かない。それはもちろん、彼の生命活動が停止した明らかな証拠に他ならなかった。彼の死を受け入れなければならない、そんな現実を突きつけられ、シャーリーは茫然自失し、ライトはうろたえ、純は絶望した。
それでもなお、ジャックの反逆行為が止むことはない。ジャックはカグラに受けた右手の負傷があるものの、戦闘の意思があることに変わりはなく、確実に次のターゲットに向かって歩みを進めていた。
「生きたいか?」
彼は急にそう尋ねた。しかしながらそれは、天からの救いの手ではない。彼らにとってみれば、地獄からの死の誘いだった。シルバーはやれやれ、と首を振ると、純たちを守るようにジャックの前に立ちはだかる。
「何が貴様をそこまで突き動かすのかは儂は知らぬ。できればやめて欲しいとも思っておる。けれども、私の能力は同じ相手には二度とは効かぬもの。あの五分間を貴様が耐えきったと言うのなら、儂には対抗する手段がもう残っておらぬ」
「そうかい。それは……残念だったな。ああ、実に残念だ」
ジャックは悲しそうな表情を作り、そう言った。
「まだ、負けを認めたとは言っておらぬぞ」
「何……?」
「まあ、勝てるとも思っておらぬがの。できるのは、貴様が決して望まぬ形での勝敗をつけることぐらいじゃ」
そこからのシルバーの行動は迅速だった。気が付けば、もうひとつの死体が目の前に転がっていた。シルバーがやったこと。それは、自分の杖で自分の体を二回つつき、懐から取り出したナイフで、自分の首をズブリ。切断された頸動脈からは血飛沫が絶え間なく迸る。
「おい、何やってんだ!」
その声を真っ先に発したのは、ジャックだった。
彼は力なく倒れこむシルバーの体に急いで近づくと、左手で持った大剣で何度も切りつけた。何度も何度も傷つける度に、シルバーの体からは血が滲み出る。それでも、ジャックは何かを探すように必死に切り続けた。
「ちくしょう。取り出せねえ!よくも……よくも……。死ぬなら俺に固有スキルを渡してからにしやがれってんだ!このじじい!ただの無駄死にじゃねえか!」
そう叫びながら、ジャックは死んだとはわかっていながらも、固有スキルを取り出そうと、何度もそれを続けた。
そして、その光景は確実に純やライト、シャーリーにはトラウマとして刻み付けられる。
「なんなのよ……これ」
「ジャック……貴様っ……!」
純の体は怒りでわなわなと震えだす。これで、もとは八人だった悪魔もその数を半分に減らした。そして、その大半は目の前の男の欲望が引き起こした悲劇だった。
純は覚悟を決めて、ゆっくりと歩き出す。しかし、ライトが腕を掴んでそれを止めた。その手は純とはまた違った理由で震えていた。
「いかないで……お願い……」
彼女の視線は下を向いていた。暗く落ち込んだようなその表情に、今までの彼女の明るさは完全に消えていた。だからこそ、純は行かなければならなかった。彼女の居場所を守るために。幸い、彼にはジャックを倒す術があった。彼の固有スキルには、この状況を逆転させるあるからくりがあったからだ。もちろん、それはそれなりの代償は伴うものではあった。
「お前らしくもないぞ、ライト」
「うるさい……弱いくせに、強く見せないでよ……」
そんなやり取りをしていたときだった。
すぐ横を黒いシャボン玉が通りすぎていった。それはシャーリーの固有スキル。見渡すと、辺りには数十個ものそれがすでに浮遊している。そしてその全てが、ある標的に向かって動き出していた。
「ジャック……。私にとって、固有スキルは忌まわしいものでしかなかった……。絶望をもたらすものでしかなかった……。欲しいのなら、いつでもあげるつもりだったわ……」
シャーリーはライトの横を通りすぎ、そして、純の横を通りすぎた。その時に見たもの。それはシャーリーが流した涙だった。
シャーリーに狙われたジャックは、シルバーの死体から離れ、防御体制にはいる。そんなジャックに向かって彼女は続けた。
「けれども、そんな私でも、大切にしてくれる人がいた……。一緒に暮らそうと言ってくれた……。初めて、生きても良いかもって思えた……。彼は私にとって、唯一の希望だった」
シャーリーはカグラの前に立つ。けれども、彼はもう二度とシャーリーに優しくしてくれることはない。
「許さない……。許さない……、許さないっ!」
シャーリーは激昂した。
そして、それに合わせるかのように現れた、数多の黒いシャボン玉は、ジャックを瞬く間に取り囲む。それは、シャーリーが初めて見せた本気だった。
純たちはそれを感心したように見つめていた。シャーリーはこんなにも強かったんだと。例えるなら、まるで、蜂に追われた子供のようだった。数が多くて対抗できないまま、確実に増えていく傷痕に、防御体制しかとれないジャック。
「何を考えてるか知らないけど、逃げようとしないのは、まだ勝機があると思っているからかしら?」
シャーリーは攻撃の手を休めることなく、ジャックに告げる。
「あなたはまだ、私の能力の恐ろしさに気付いてないみたいね。私はこの爆弾の大きさを自由に変えることができるの。だから、あなたが呼吸をする度に、空気と一緒に体内に取り込んでいる極小の爆弾も相当量あるのよ」
シャーリーは右手を挙げる。
「この手を下ろせばあなたは死ぬ」
右手を下ろせば、ジャックは内側からの爆撃に耐えられずに死ぬはずだった。しかし、それを実行しようと思う度に、脳裏のよぎるのは、かつての親友の無惨な姿だった。
一瞬だけ躊躇する。
すると、ジャックはその機会を狙っていたかのように、シャーリーの攻撃をくぐり抜けて、大剣を投擲する。それは一直線にシャーリーのもとへと向かった。
「ーーッ!」
しかし、シャーリーはそれを避けることに成功する。そして、今度は迷うことなく右手を降り下ろした。次の瞬間には、ジャックは血溜まりの中に倒れていた。
シャーリーは目の前の光景に嫌悪感を覚えながらも、安堵した表情で立ち尽くす。これで終わったのだ、と。そのはずだった。
ーーザシュッ
急に背中に痛みが走る。振り返ると、純とライトが慌てた表情で駆け寄ってきたいる。見ると背中には大剣が刺さっていた。忘れていたのだ。大剣は外れてもブーメランのように戻ってくることを。シャーリーはカグラの死体の真横に倒れこむ。
「シャーリー!」
純は急いで剣を引き抜いてシャーリーの意識を確認する。シャーリーは笑っていた。
「これで……いいのよ。彼のいない世界で一人で生きていてもしょうがないもの……。いっしょに逝けるのなら、それで満足よ……」
シャーリーは最期にカグラの手を握った。それはまるで恋人がそうするように。そうしてシャーリーは息を引き取った。
ライトはこの短い間で起きたことを思い返していた。海斗が死に、カグラが死に、シャーリーが自分の命と引き換えにジャックを葬った。
「終わったのは良いけど、二人になっちゃったね……」
「そうだな……」
残された二人は、これからのことについて、このときはまだ実感が沸かなかった。
◇◇◇
真夜中の現場。
ジャックが息を引き取った場所に現れたのは、浅海葵と、…………ジャックだった。
「あなた、負けてるじゃない」
「ああ、そうだな。お前の用意した精巧な複製ロボットが無けりゃ、今ごろ本当に死んでたな」
ジャックは現場に残された大剣を手に取る。先程の戦闘で死んだのは本物ではなく、葵が戦士の力で召喚した複製ロボットだったのだ。二人は裏で協力をして、今回の計画を進めていた。確実にそれを成功させるために。
「どうする?もう一体、作る?」
「いや、残るはあと二人だし、固有スキルも四つある。あいつら相手なら間違っても俺が負けることはねえよ」
「それが命取りにならなくちゃいいけどね」
葵とジャックは、既に次の獲物にターゲットを定めていた。
純とライトはこの事をまだ知らない。




