第十二章8 『反逆のジャック⑤』
シャーリーの姿を見つけた純は彼女の様子がおかしいことに気付く。表通りに出るか出ないかの境目で右往左往しているように見えたからだ。気のせいだ、と割り切ってそのまま帰ることもできた。ライトも、ほっとけ、と言うかのようにしきりに純の腕を引っ張っていた。けれども、そうしている間に、純は当のシャーリーと目があってしまっていた。
「ちょっと様子見てくる」
そう一言告げると、純は持っていたスーパーの袋をライトに手渡して、シャーリーのもとへ駆け寄った。すると、純が確認するよりも早く、シャーリーの方から口を開け、言葉を発した。
「助けてください!」
はっきりとそう言ったのだ。今まで彼女の方から誰かに助けを求めることはおろか、話しかけるという行為さえしている所を見たことがなかったため、純は驚いていた。対人恐怖症として認知されている彼女の方から助けを求める状況。それだけ切羽詰まっているのかもしれない、と純は感じ取っていた。
「何があったんです?」
純が近づくと、やっぱり誰かが近くにいるのは怖いのか、少しだけ後退り、距離をとったシャーリー。けれども、今の状況をはっきりと伝えようという意思はあるのか、口だけはパクパク動かしていた。
「ジャックさんが何だか怖いんです。急に襲いかかってきて。私、どうして良いかわからなくなってしまって……。でも、カグラさんが私だけでも逃げろって、逃がしてくれたんです。それで、助けを呼ばなくちゃって思って。私……私……」
シャーリーの説明で状況は何となく掴めた純であったが、目の前にいるひどく怯えたシャーリーを見ていると、何よりも、彼女を確実に安全な場所まで連れていくことを優先すべきだと思えたのだった。
そんな折、純の背中を突っつくものがいた。
「心配しなくても大丈夫だと思うよ。今頃はジャックの死体が転がってるって。ね?」
純のすぐ後ろにはライトとカイトの姿があった。先程のシャーリーの話を聞いていたのか、ライトは明るい声でそう告げた。ただ彼女は気休めでそう言っているのではない。ライトは、自分は他人の固有スキルを見ることができるから、と言って説明を続けた。
「私、カグラとジャックの両方の固有スキル知ってるけどさ、万が一にもカグラが負けることはないって。まあ、カグラが固有スキルを使えば、の話だけどさ、死にそうになったら流石に使うでしょうよ」
「だと良いのですが……」
シャーリーは不安そうにそう返す。心配になるのも無理はないことだった。そんな様子を感じ取ったのか、今度はカイトがシャーリーの肩に手をかけて優しく諭す。
「とりあえず、僕の家に行こうか?あそこなら落ち着けるだろうし、アイスも用意してあるから」
「ちょっと!私の分はあげないからねっ!」
「はいはい」
そんなどうでも良い会話を交わしながら、カイトはシャーリーの背中を押した。背中を押されたシャーリーも拒絶することなく、ゆっくりと歩を進め出した。明るい雰囲気を作り出す二人。しかし、そんな二人とは裏腹に、純は嫌な予感がさっきからしていた。
「さあ、行こうか」
そう言って四人が表通りに出たときだった。純は裏通りに動く一つの影を見た。それは鳥にしては大きな物体で、人にしては、飛んでいる位置が高すぎた。その手に持つは、鈍く光る一太刀の大剣。視認できるほどの距離に来たとき、純の顔の色は恐怖に染まった。
「危ない!ジャックだ!」
「見つけたぜ。嬢ちゃん」
ジャックがシャーリー目掛けて、手に持った大剣を降り下ろした。しかし、当たったのは彼女を庇うように伸ばされたカイトの腕だった。辺りに真っ赤な血が飛び散るのが見えた。
「逃げるんだ!早く、走れ!」
手負いのカイトは叫んだ。
「何カッコつけてるの?あんたも早く逃げるわよ!ばかカイト」
ライトがカイトの服を引っ張りながらそう言った。カイトは、そうだった、と一言いうと、一緒に走り出す。四人が目指しているのは、白鳥ハウスだった。しかし、ジャックもみすみす見逃してはくれない。ジャックを含めた五人の悪魔は、逃げ手と追い手に分かれた鬼ごっこを始めた。
道すがら、ライトはカイトの腕の傷を心配そうに気にかけていた。
「その傷……」
「大丈夫だよ。深い傷じゃない」
「そういうことじゃないの。ジャックの攻撃は一回でも受けたら、もうお終い。それがアイツの固有スキルなの。言いたくないけど、カイトは死ぬよ」
「それはまずいな……」
カイトは顔をしかめた。いつまでも止まらない腕の傷からの出血が、点々と跡をつけている。ライトの言っていたことの正しさを示すかのように、カイトの走るスピードは次第に落ちていき、前方を走る純やシャーリーとの差を確実に広げていた。
「ライト。君にこれを渡しておくよ」
「なに?」
「僕の家の鍵」
カイトは戸惑うライトにそのまま鍵を押し付けた。その行為が意味するもの。それはカイトが家までたどり着けないという事実だった。
「あと、電話機が置いてある所の下の引き出しに、預金通帳と、暗証番号を書いた紙が入れてある。足りなくなったら、自由に引き出して構わない……よ……」
「縁起でもないこと言うな、ばか」
「はは。死ぬって言ったのは君の方じゃないか。頼んだよ」
ライトはカイトから視線をそらした。それを肯定と受け取ったカイトは最後に付け加えた。
「良い子だ、ライトは。約束するよ。君の居場所はきっと見つかる」
カイトは足を止めた。
ライトとの距離が一気に離れて、逆に後ろから迫るジャックとの距離が急激に小さくなった。カイトはジャックに向かって、ニッと笑いかける。
「知ってるか?ジャック。アイツらには、これから輝かしい未来が待っているんだぜ。だから……」
ジャックの姿がすぐ目の前にまで迫る。ジャックは大剣を振り上げた。
「ここでくたばれ、老いぼれ!」
ジャックは大剣を降り下ろす。カイトは傷を負ってない方の腕を振り上げた。カイトの渾身のパンチがジャックの顔面に迫る。しかし、次の瞬間、吹き飛んだのは、ジャックの体躯ではなく、振り上げたカイトの腕の方だった。あらわになった切断面から、大量の血液が滴り落ちる。カイトは、くそ、と小さく呟くと、膝から崩れ落ちて、そして、動かなくなった。
「予定外だったが、とりあえず、固有スキルをもう一つゲットだ」
ジャックは面倒くさそうに呟いた。
◇◇◇
ライトはペースを落とさずに走りながらも、時折後方を確認していた。
カイトの決死の足止めが功を奏し、多少なりとも、ジャックとの距離は広がっていた。しかし、カイトの戦闘力ではあまり期待はできない。ライトは涙を飲んで、逃げるスピードをさらに早めた。
「おい、カイトは?」
「死んだよ」
前方の純と合流したライトは、純の質問に対し、ぶっきらぼうにそう答えた。それを聞いて、純はなにか言っていたが、ライトには何と言っているのかは聞き取れなかった。そして、ライトはもう一度後方を確認した。見えたのは、道端に立ち止まるジャックの小さな姿。彼は追いかけては来なかった。
「なんだ、アイツ。諦めたのか……?」
ライトは不思議に思った。しかし、予想は見事に打ち砕かれた。ジャックがとったのは投擲のフォーム。彼はライトたちに向かって大剣を投げてきたのだ。放たれた大剣は一直線に迫ってきた。
「横に避けて!」
ライトは純とシャーリーに向かって叫んでいた。次の瞬間、三人の隙間を大剣の軌跡が貫いていく。しかし、それだけではなかった。外れた大剣は、今度はその向きを変えて、前方から迫ってきた。今度こそ避けられない。そう思ったときだった。
銀色の髪の男が、ライトたちの前方に立ちはだかり、大剣を蹴りおとした。
「大丈夫か?シャーリー」
颯爽と現れたのは、あのカグラだった。




