第十二章7 『反逆のジャック④』
『白鳥ハウス』
現在の住居人、三名。
まずは、家主の白鳥海斗/カイト。彼は元売れっ子高校生マジシャンという経歴を持つため、手にしている資産は、仕事をせずに数年豪遊しても問題ないほど莫大なものになっていた。その有り余る財力と、悪魔とは思えないほどの素晴らしい人の良さ(本人談)から、彼は多岐に渡る資金提供を行っており、白鳥ハウスもその一環だった。白鳥ハウスでは、主夫のような役割を進んで引き受けた結果、家主なのに一番苦労する立場になるという、ある意味お人好しな悪魔であった。
次に、真島純/ジョーカー。彼は神箜第二学園の生徒会長であり、持ち家もあるのだが、ちょっとした事情により、現在は白鳥ハウスに居候状態だった。一住人としては、問題ない生活態度なのだが、どこかよそよそしい感じが拭えず、カイトからは困った顔をされていた。
そして、最後はライト。人間でいうと中学生に当たる年齢であり、カイトやジョーカーと一緒に暮らすことにちょっとした不満を持っているが、他に行く当ても無いため、仕方なく白鳥ハウスで過ごしている。その生活態度はひどく、好きな時間に起きては、好きな時間にご飯を食べて、好きな時間に寝る自由な生活を送っている。時折、好きなゲームなどを買ってはカイトの大切な貯金を食い潰している。
そんな三人の生活模様がここにはあった。
◇◇◇
ライトはいつものようにお菓子を側に常備して、一人テレビゲームにいそしんでいた。ピコピコとコントローラーを操作する音だけが静かな部屋の中に響く。そんな折、冷房の風に流されて、ライトの食べ終わったお菓子の袋が、ちょうど部屋に入ってきた純の足元へと転がってくる。純はそれを見ると、はあ、とため息をついた。
「おい、ライト!ゴミはきちんと捨てろッ!子供か貴様はッ!自分の部屋も散らかってて、寝る場所くらいしかないじゃないか!おい、聞いてるのか!」
「うるさい、黙れ。変態」
ライトは女の子とは思えないほどの乱暴な言葉遣いでそう返した。一瞬怯む純の目に映ったのは、テレビ画面に表示される『GAMEOVER』の文字だった。ライトは手に持ったコントローラーを投げ捨てると、純の方をキッと睨む。
「あーあ。つまんなくなっちゃった。で、さっき何か言ってなかった?」
「片付けろって言ったんだ。ここも、あと自分の部屋もな」
「人の部屋勝手に覗いてんじゃないわよ。趣味わる」
「あのな」
反省の色を見せる気配のないライト。そんな彼女にあきれたような視線を送る純に向かって、カイトが横から口を挟んだ。
「まあ、いいじゃないか。ここにいて良いって言ったのは僕の方だしね」
「だよねー。さすがカイトは話がわかるじゃん」
便乗して調子の良いことを言うライトに向かって、純は再度口を出す。
「自立する気はないのか、貴様は?」
「ここまで堕落した人間が、自立できるわけないじゃん。ニート最高。はっきりわかんだね」
「そこまで自覚してるのか……」
自分には働く意思もなく、かといって一人でも生きていけない。そこを自覚したうえで自ら堕落した生活に身を落としている悪魔の少女に、純はかける言葉が見つからなかった。
「あ、でも、そこまで私もバカじゃないよ。お金も無限にある訳じゃないしね」
「だったら働け」
「うっさい。お金が足りなくなったときは、カイトがまた表舞台に復帰すれば良いって話よ。私が一ヶ月働くよりも、カイトが一日働いた方が、お金になるもの。頼りにしてるわよマジシャンさん」
ライトはカイトにウインクを送る。送られた当のカイトは、あはは、と苦笑いを浮かべていた。純は彼女に興味を持つだけ無駄だと諦めて、彼女との口論で浪費したのどの乾きを潤すために、冷蔵庫に向かった。その純の行為をライトが見逃すはずもなく……
「あ、私にも、ちょーだい」
「全く。悪魔になる前の人間時代に一体どういう生活をしていたか気になるくらいだ」
純は新しいコップを一つ取り出すと、手に持った麦茶を注ぐ。それを純のところまで取りに来たライト(そこだけは誉められる)に手渡した。ライトは椅子に腰かけると一気に半分ほど飲み干したあと、純の方を不思議そうな表情をしながら見ていた。
「あんた、おかしなこと言うのね。私たちがもと人間だったってフェンリルの話を本当に信じてるわけ?」
「違うのか?」
「そりゃ、まあ。本当の話かもしれないけどさ、今のところ私も含めて、誰も本気になんかしてないんじゃないかな?ってか、悪魔のくせしてそういうところだけは素直なのね、あんたって」
純は麦茶の入ったコップを持ったまましばらく考え込んだ。ライトの言葉に純の心は揺れた。ほのかのことは嘘かもしれない、嘘に決まっている、と。そう思うと、本当に嘘になってしまう気がしたからだ。けれども、あの時のことを思い出すとどうしても嘘と切り捨てられなかった。
「そう言えば、俺がここに来た理由を、二人にはまだ言ってなかったな」
純はそう切り出した。すると、二人は興味深そうな目で食いついてきた。だから、純は断る理由もなく話を続けた。
「人間時代に俺と友達だったって言うやつが俺の学校にいたんだ。そいつは俺が教えてないことまでなぜか知ってた。もし俺が人間だったらと仮定したら全ての辻褄が合うような情報をね。だから、俺は怖くなってここに逃げてきたんだ。だから、悪魔が人間って話を俺は簡単に切り捨てることができない」
そこまで言うと、急にライトが自分のコップをテーブルに乱暴に置いた。ガシャンという音がして、中に入っていた麦茶が大きな波を立てていた。
「そんなのわかんないじゃん!」
ライトは吐き捨てるように言った。
「そんなの……その友達が嘘をついてるかもしれないじゃん!私たち悪魔には居場所なんてどこにもないんだよ。帰る場所なんて……ないんだよ!」
純はライトの目を見て気づいた。それはなにかを信じている目だった。そのとき純は思ったのだ。彼女だって、フェンリルの話を決して信じてない訳じゃない。もしかしたら、信じたくないだけかもしれないんだと。彼女は悪魔と言ってもまだ子供だった。だから、自分の本心を上手にコントロール出来ずに、素直に『帰る場所が欲しい』と言えずに、ただ嘘を信じることでしか自分を保てない状態に陥っているのかもしれない。純はそう思ったのだ。
けれども、ライトはじっと顔を見られて不機嫌になったのか、頬を少しふくらますといつもの調子に戻っていた。
「ああ、もういいでしょ。この話は終わり。ねえ、ジョーカー。冷蔵庫にアイスあったでしょ?取って」
「はは、そうだな。俺も一つ食べるとするか」
「僕にも一つお願いしようかな。ちょうどアイス三個買ってるはずだから」
ライトがそう言うと、純もカイトも便乗して、アイスの話に移り、冷蔵庫にいちばん近かった純はアイスを求めて、その冷凍庫のドアを開けた。しかし、見つけたアイスは一つだけだった。
「もしかして……ライト!勝手に食べたな!」
「し、知らないもんっ!」
ライトは明らかに様子がおかしかった。目も合わせようとしない。導かれる答えは一つ。食べたのだ。カイトもどうしようもなさそうに肩を落とす。純は一つしかないアイスを見つめて、もう一度溜息をついた。
◇◇◇
「ありがとうございました!」
近所のスーパーから、袋を抱えた三人が出てくるところだった。足りない分のアイスを求めて、スーパーまで足を運んだ三人。夏の暑い日差しにあてられて、体の表面には汗がにじんできていた。
「ほら、早く帰りましょ。暑いし、アイス溶けるし」
「そうだな」
ライトはだるそうに言った。もとはと言えばこいつのせい、というような視線を送りながら、純は返事を返した。うなだれるような暑さの中、夏休みのせいか、子供の姿がそこらじゅうに見受けられる。純は人を探すように視線を泳がせた。白鳥ハウスと純の学校は、離れている。こんな所でばったり会うこともそうないだろうと思いながらも、ほのかたちがいないか警戒していたのだ。
けれども、取り越し苦労のようでそんな人物は見受けられなかった。しかし、純はある所で気になって視線を止める。それはちょうど裏路地に入る細い道のところ。こんな夏には似合わないような格好の人物がそこには立っていたのだ。マントをかぶっていて顔も見えない。しかし、その姿に見覚えはあった。
「ライト、カイト。おい、あれを見て見ろ」
純は二人に呼びかける。二人はそれに応えるように動きを止めた。そして、言われたとおりに見た。純が指差した先にいたのは、シャーリーだった。




