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第十二章6 『反逆のジャック③』

 白昼での出来事。

 大事な話をしていたカグラとシャーリーとの間に、それは突然やって来た。二人が数秒前に立っていた、その場所には、傷がつき、大きく窪んでいる。明らかな敵対行為だった。


「フェンリルがいなくなった途端に、仲間割れとは情けない。我々が戦う理由はないはずだ」


 現に、カグラはジャックに恨みを買われるようなことはしていない。ただ、生活のために後ろ暗い仕事を彼はやっているため、その関係上、少なくない人間の不評を買ってしまうことあるが、それでも、それ以外のところでは全うに生きてきたつもりだった。


 ジャックはカグラの言葉に耳を貸すのに疲れたのか、退屈そうに首を回すと、口を開く。


「すまんが、そちら側にはなくても、こっちにはあるんだよな。いや、理不尽だとは思うさ。でもな、……頼むから俺のために死んでくれ!」


 ジャックは大きく一歩を踏み出すと、一瞬にして間合いを詰める。

 そのまま、手に抱えた大剣を下から上に振り上げた。カグラは持ち前の優れた動体視力でその剣筋を見切ると、体を反らしながら上手に避けた。そして、そのまま華麗な動きで、もう一度ジャックとの間合いをとった。そんな彼の後ろには、怯えながら身を隠す、シャーリーが控えていた。


「狙いはどっちだ?俺か?それとも、シャーリーか?」

「どっちもだ。いや、もっと正確に言うのなら、フェンリルに置いていかれた悪魔全員というところか」


 カグラはそれを聞いて一気に表情を険しくした。目の前の相手を改めて敵だと判断したのだ。彼は足を広げると、両手で構えの体制をとった。


「逃げろ、シャーリー。こいつはここで俺が制裁を下す」


 カグラは武術に長けた悪魔。固有スキルを使わない分、己の体術で補っているのだ。彼の体からは既に並々ならぬ闘志があふれでていた。シャーリーは、カグラの意志をきちんと汲み、足早に去っていった。それを確認すると、カグラはジャックに告げる。


「その、身の丈ほどの大きな剣を振り回す、貴様の腕力は誉めてやろう。だが、その大きさ故に小回りが効かぬ刀身。見切るのは容易い」


「いやいや、本当に恐れるべき所はそこじゃねえんだよ。俺の固有スキルは『略奪の剣』って言って、他人の固有スキルを奪う能力なんだ。この剣でつけられた傷なら、例えどんなに小さな傷でも致命傷になる。ただの人間にとっちゃあ、効果はないが、同族の悪魔を相手にした時、真価を発揮するんだよ!」


 ジャックはまた、先程と同じように、大きく踏み込んで距離を詰めてきた。

 しかし、カグラは慌てない。軽くその攻撃を避けると、今度はカグラの方から相手の懐へと入っていった。そして……


「ふんっ!」


 少し屈んだ状態からの、相手の顎へ向けての強烈な蹴り。その一発を食らって、ジャックはぐらぐらと頭を揺らされる。カグラはそこでできた一瞬の隙を突いて、今度はそのあげた足を曲げると、大剣が握られた右腕へと絡めつけた。そこからの華麗な体捌きで、ジャックは仕方なくその大剣を手放すはめになった。


「剣が邪魔ならその剣を握らせねばいいだけの話」


 カグラが再び体制を整え終える頃、ジャックにもようやく、はっきりとした意識が戻ってきた。ここからは丸腰の悪魔同士の交じり合い。武術の心得があるカグラの方に歩があった。


 予想通りのカグラの猛攻が始まる。ジャックも防いではいるものの、カグラは大事なときにちゃんと急所を突いてきた。ジャックの膝がガクッと落ちる。


「意識ははっきりしてようが、それなりの痛みはあるはずだ。このまま決めさせてもらう!」


 その時、ジャックが右手をクイッと曲げる。その行為の意味はすぐにわかることとなった。離れたところにあった大剣が、ジャックの方に戻ってきたのだ。


「ーーッ!」


 死角からの思わぬ攻撃に、カグラは反応が遅れてしまう。それでも、辛うじてそれをかわすと、カグラは一旦ジャックと距離をおいた。カグラは自分の動悸が早くなっていることに気付く。


(さっきのは危なかったーー)


 反応が遅れていたら、自分はもうご臨終だったかもしれないと、カグラは今さらながら恐怖を感じるのだった。カグラはもう一度拳を握りしめ、ジャックと向きなおす。しかし、一歩が踏み出せなかった。


(なぜだ。さっきよりもやつが恐ろしく見える。いや、俺が恐怖を感じているだけなのか?大丈夫。やつは俺の攻撃を受けて、多少は動きが鈍くなるはず。それでも、あの剣の存在がーー)


 カグラは得たいの知れない恐怖を感じていた。大剣がただの剣ではなく、まだ他にネタを隠していたとするならば、不用意に近づくべきではないと思った。あの剣による傷が一つでもついた時点で負けなのだから。


 だとすると、カグラのとれる手段は一つだけだった。


(ええい、何を迷っている。大切なものを守るためなら、プライドなんて関係ない!固有スキルを使えば済む話だ!)


 カグラを一つの決心をして、右手を前に差し出す。


「まさか、貴様に俺の初めてを見せることになろうとはな」


 カグラは全身に力を込める。カグラの固有スキルは戦闘向きだった。使用すれば、すぐに決着はつくと思われた。が、しかし。次の瞬間、カグラは自分の体から何かが抜けていくのを感じた。そして、気が付くと、カグラは膝を地面につけていたのだった。


「一体、何が起こっーー」


 ジャックの高笑いが聞こえた。気が付くと、カグラの目の前に何者かが立っている。そして、その存在を確認したとき、時カグラはもう一度驚愕することになった。


 もう一人の自分がそこにいたのだ。


 頭が混乱した。相変わらず体にも力が入らなかった。そんなカグラを見て、ジャックは得意気に話を始める。


「いや、驚いたな。固有スキルが分離して出てきやがった。初めて、とか言ってたが、体が拒絶してるじゃねえか」


 話を聞いてカグラは理解できた。もう一人の自分は自分の中の固有スキルなのだ。そして、それはカグラの意思とは関係なく、勝手に移動を始めた。向かっているのはジャックの方だった。


「固有スキルさえ手に入れば問題ない。もらったあ!」


 今度こそ、ジャックの放った一閃はカグラ(固有スキル)の体を貫き、貫かれた方は霧のように空中に分散して消え去った。満足そうな顔をしたジャックは倒れ込んだまま動かないカグラの方へ歩み寄る。


「固有スキルさえ吸収しちまえば、お前に用はないんだ。見た限り、お前に力が入らないのは、固有スキルが抜けて、人間の体になったからだろう。良かったな。お前、人間になりたいって言ってただろ?」


ジャックはフッと笑うと、カグラをおいてけぼりにして、去っていった。


「待て、ジャック……。シャーリーに、手を出す……な……」


 カグラの弱々しい声はむなしく空中に消える。彼の耳に残されたのは、コツコツ、と響くジャックの足音だけだった。

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