第十二章3 『十年前の真実③』
次の日も、その次の日も純は学校には現れなかった。
夏休み期間中であるため、休むことが特別悪いと言うわけではない。ただ、姿を現さない理由を考えたときに、彼がもう二度と彼らの前に姿を現さない可能性は極めて高かった。
『クロは死んだ。それで……終わりだ』
純が最後に残した言葉を、ほのかは納得できなかった。真島純がクロである事実はほぼ確定的なものだ。だからこそ、そこから突き放すように純が言った言葉を、素直に受け入れることができなくなっていたのだ。
ほのかは仲間をもう一度生徒会室に集めて、話をしてみることにした。
「純を……取り返しに行こうと思う。手伝って欲しい」
色々考えた結果、ほのかは素直に気持ちを伝えることにした。しかし、その言葉を聞いて、はいわかりました、と返事を返す人はいなかった。みんな戸惑っているのだ。それは十分予想できた反応だった。けれども、今のほのかには、ただただ、頭を下げて、みんなに理解してもらうしか方法が取れなかった。
しばらくすると、和音が口を開く。
「ほのかちゃんなら、きっとそういうと思ってたよ。……でも、ダメ」
「なんで……?純は生きてるんだよ!」
「そのことだよ。何で、ほのかちゃんはクロが生きていることを知ってたの?何で知ってて、今まで私たちにそのことを黙ってたの?」
和音はほのかを責めた。ほのかも、その事に対しては、悪いと思ってるのか、急に表情を暗くして、明らかに元気を無くした感じだった。
「ごめん……。でも私、口止めされてたから……」
「いったい、誰に……?」
「純の両親に」
ほのかは申し訳なさそうに、そう言った。
「もともと、私が純を見つけたのが、小五のときだったの。学校帰りに、公園でひどく汚れていて、服もボロボロで、もう何日も食事を口にしていないような男の子を見つけたのが最初だった。彼は何にも覚えてなかったけど、私はその子が純だってすぐにわかった。だから、そのまま、その子を連れていって、純の両親に会わせた。その時に言われたの。この事は秘密にしておいてって。いま思えば、純の両親は私たちを憎んでいたのかもしれない」
当時は全く気がつかなかったが、純の話を聞いた今なら合点がいくことがあった。きっとその時の純はもう、悪魔としての転生した姿だったのだ。だから、記憶もなかったし、ひどく汚れた風貌とは裏腹に、本人はピンピンしていたのだ。
ほのかの辛そうな表情を見て、和音は彼女をギュッと抱き締めた。
「ほのかちゃん……。私は……」
そこまで和音が口にしたときだった。
「それでも、ボクはクロは死んだものとして扱うべきだと思う」
今まで口を開かなかった慧が、和音の話に割り込むようにそう言った。和音は慧の方を見る。おそらく、ほのかの話を聞いて、和音が何を言うかわかったのだろう。慧は迷いのない断固とした口調だった。
「ボクはクロの死はちゃんと受け入れてる。昨日まで僕のなかで死んでいたものを、今日からまた死んだものとして扱うことには、抵抗はない。彼は真島純であり、ジョーカーだ。どんな理由があろうとクロとは別人として扱うべきだ」
慧は賢い子だから、感情に流されずに、そう結論を出したのだろう。その口調には、きっとほのかを含め、みんなを説得する意味もあったのかもしれない。
最後に慧は、周りを見ていった。
「みんなはどう思ってるの?」
その言葉に、一同は顔を曇らせた。しばらくの沈黙のあと、最初に口を開いたのは光流だった。
「俺はまだ、わからない。気持ちの整理がついてないから、どう行動すべきか決めかねる」
光流はそう答えた。彼にとって真島純は、生徒会選挙を争った相手であり、ライバル視してきた相手だった。そして、その理由の根底にあるのが、クロへの劣等感であったため、彼にはどうしても、二人が同一人物であるという事実には、抵抗があったのだ。
同じように、孝樹も自分の意見を述べ始めた。
「俺は七人でまた新しい『守護神』を作ればいいと思う」
それは、ほのかに対する遠回しな反対表明だった。
「刻は……?」
そう聞かれて、今まで黙っていた刻も口を開いた。けれども、彼の答えはいたってシンプルなものだった。
「俺は考えるのは好きではない。だから、俺はどうなろうと副リーダーであるほのかに従うまでだ」
結局、ここまでほのかに対する積極的な賛成はなかった。そして、最後に詩の意見を残すだけとなったとき、詩は決心したように立ち上がって言った。
「私はほのかちゃんの意見に大賛成です。だって、私、クロが生きているってわかったとき、素直に嬉しいと思いました。皆さんは違うんですか?嬉しくなかったんですか?」
その言葉に、みんなは黙ってしまった。詩にそこまで言われて、それでも自分の気持ちに嘘をつくことはできなかったのかもしれない。次第に、ピリピリとした空気が、和らいでいくのを感じた。
そして、和音がみんなの意見を代弁するように言った。
「そうだよ。結局、みんなクロのことが好きだったんだよね。なら決まりでしょ?」
みんなは静かに頷いた。けれども、孝樹だけは、最後まで反対した。
「ダメだ!絶対にダメだ!これは俺だけの意見じゃない。みんなのためを思っていってるんだ。あいつは、今まで俺たちを騙して、最後に裏切ったんだぞ!信用できない。もう一度七人でやり直そう!」
孝樹は必死だった。彼自身も本当はわかっていたのだ。自分がどうしたいのかを。でも、ここで踏みとどまらないと、ダメな気がしていたのだ。
「孝樹」
ほのかは孝樹に近づいていった。
「あなたは気づいてないかもしれないけど、バラバラになった私たちが、またこうして集まるそのきっかけを作ったのは純なんだよ。きっと、そういうことなんだよ」
ちょうどその時、生徒会室の扉が開いた。姿を現したのは、真美だった。真美はほのかたちを見て、キョトンとした顔をした。
「珍しいですね。どうしたんですか?守護神のメンバーが揃いも揃って」
真美は、失礼します、と孝樹たちの間を縫って奥まで入ってきた。彼女が生徒会役員ではない、という大事な事実を無視してだ。孝樹はそんな彼女を見て、思い出したように尋ねた。
「そういえば、お前ってなんで俺たちのこと知ってるんだ?」
「そうですね。前にほのか先輩には話したんですけど、私って実は子供のころ、先輩方の守護神に助けてもらったことがあるんです。そのあと何回か遊んだりもしましたけど、覚えてないですか?」
孝樹は首をかしげていたが、どうやら思い出せないらしい。
「ちなみに、私子供のころ髪は超長かったですよ」
「あっ!思い出した!いっつもほのかに引っ付いてたやつか!」
「ピンポン!正解です」
真美は思い出してもらって嬉しかったのか、明るい声で返事を返した。そして、真美はまるで、昔を思い出すようにしみじみとした口調で言った。
「懐かしいな。もう無理かもしれないけど、また守護神を再結成してもらえると、嬉しい限りですねえ」
その一言が後押しとなった。孝樹は、そうだな、と一言つぶやくとにっこりと笑う。それは賛成の意思表示だった。
「すとーっぷ!ボクから最後に一つ言いたいことがある」
「何だ?」
「真島純は悪魔だ。仮にボクたちが彼を受け入れても、周りが彼を受け入れるとは限らない。もしかすると、余計な敵を作っちゃうかもしれないよ?それでもいい?」
「うん、大丈夫。もし、世界中を敵にしても、私は純の味方だから」
ほのかは言った。




