第十二章1 『十年前の真実①』
あれから一週間がたった。
ひとつの事件が終わり、いつもと変わらない日常が再び……とは言えない状況だった。まず、何といっても目につくのは、学校の校庭に残された大きな魔界の門。扉はフェンリルが通った時にのみ少しだけ開いたが、現在は、固く閉じられており、とても行き来できる状態ではない。それに加え、門の周辺には、門を守るようにして邪気が漂っており、それも容易には近づけない原因の一つになっていた。
そして、残された悪魔たちはどうなったかというと、こちらは何の変化もなかった。一見するとそれは良さそうに思える。だが、彼らにとって何の変化もないことは、問題だった。今までの彼らは、魔界への帰還という目的があって、常に何らかのアクションを起こしながら生活していた。そんな彼らの日常から、目的だけがポッカリ抜け落ちたのだ。無気力に陥るのも仕方のないことだった。
そんな彼らに更に追い討ちをかけるような事実もあらわになった。彼らには居場所がないということだ。生きる目的もない上に居場所もない。結局、彼らはフェンリルに捨てられたことで、言葉通り要らない存在になり果ててしまったのであった。
◇◇◇
神箜第二学園の生徒会室
カタカタカタ……
真島純の耳には、自分の叩くキーボードの音が、無機質に響いていた。生徒会長として、彼は色々な仕事をこなさねばならない立場にあった。いままでもずっとそうだったし、これからも任期が終わるまで、ずっと続くはずの役割だった。でも、何かが違う、と思い始めていた。何にも変わっていないのに。生徒会長としての立場も、悪魔としての立場も。けれども、訪れるこの無感動はなんなのだろうか?今の彼にとって、それはただの無意味な作業と化していた。
純は突然、手を止めると、髪の毛をグシャグシャに掻き回す。そして、机をバンッと叩いた。
「クソッ!やってられるかこんなこと!俺は……俺は……」
普通の人間じゃない、そう言おうとしたが、純は押さえた。
幸か不幸か、この前の出来事があっても、純が悪魔であるという事実に気づいた者はいなかった。純の持つ固有スキルの性質上、純に対する信頼は簡単に崩れるものではない。そうして形成された純の周りの偽りの人間関係は、今になって純を苦しめた。
「大丈夫ですか、会長?最近イライラしすぎですよ。何かあったんですか?」
真美が心配そうに声をかける。しかし、今の純にとってはその一言も重圧になった。
「……なんでもない。気にするな」
「気にしますよ。だって会長は最近……」
「いいから黙ってくれ!」
生徒会室の中が、純の一言で静まり返る。
「ごめん。ちょっとそとの空気吸ってくる」
純は、真美の視線を背中に感じながらも、足早に生徒会室を後にした。
◇◇◇
純は屋上で空を眺めていた。
「ひどい顔。恐ろしいはずの悪魔がとんだ凋落ぶりね」
声のした方に視線をやると、ちょうど屋上に入ってきた浅海葵の姿が目に入った。
面倒なことになった、と思いつつも純はあることに気付いた。彼女は純の正体に気付いている唯一の人間だということに。そう思うと、途端に心が軽くなった。
「一番鬱陶しかったはずのお前が、今では一番話しやすい相手とは皮肉だな」
純はそんな自分がおかしくて笑った。
「そういえば、お前の目的は結局わからずじまいだった。連城ほのかの従姉妹であることを隠して、俺に近づき、自分が守護神のリーダーであると嘘をついてまで、俺に何かをしようとした」
ベラベラと話を続ける純とは対照的に、葵は真剣な顔つきのまま、一言も話さなかった。
「どうかしたのか?」
「今日、ほのかとなにか話をした?」
「そういえばしてないな。いつも一番に話しかけてくるのに」
「そう」
葵はそれだけを確認すると、用事がすんだのか、くるりと向きを変えて校舎に戻ろうとした。
そんな葵に、純は最後に尋ねる。
「俺はこれからどうすればいいのかな?」
「そんなことで悩む必要はないわ。すぐに自分がどう振る舞えばいいかわかるようになる」
「どういう意味だ?」
意味深な言葉を残しつつ、葵は屋上から姿を消した。
◇◇◇
その日の放課後、ほのかから、話があるからついてきて欲しい、と言われた。そのときのほのかの表情はおそらく今まで見たこともないくらい、落ち込んでいた。
「どうかしたのか?」
「…………」
ほのかは純の袖を引っ張ったまま、目的地につくまで、一言も話をしなかった。
目的地につくとそこには既に人がいた。天野光流、灯月和音、浦川孝樹、江崎詩、火渡刻、そして、水沢慧。全員、守護神のメンバーだった。
「一体何が行われるんだ?」
「一つ聞いてほしいことがあるの」
ほのかが口を開いた。
「今から、私が『純に関する一番重要な秘密』をみんなに教える。ちゃんと聞いて欲しい」
純はドキッとした。純に関する秘密といったら、自分が悪魔である事実以外にない。しかし、そのことをほのかが知っているとは思いもしなかった。どうしようか、と迷っている間にも、ほのかは話を続けた。
「今から二ヶ月前、純は生徒会長になった。今から一年半前、純は神箜第二学園に進学した。その前の三月に純は私と同じ中学を卒業してる。そして、今から四年前、純が中学二年の時、純の家族が殺され、一人になった純は親戚に引き取られた」
一瞬重い空気が流れた。
「今から五年前、中学一年の時、私たちは出会った。今から六年前、純は引っ越しをした」
「ちょっと待て!何で連城が引っ越しの事を知っている?俺たちが出会う前のことだし、お前にその話はしていない!」
「いいから黙って聞いてて。純の秘密を話すって言ったでしょ」
ほのかは話は続けた。
「今から七年前、純は見知らぬ家族に引き取られた」
純は動揺していた。
一体どこで知ったのか、ほのかの言っていることは、全て正しかった。確かに、純は七年前に、見知らぬ家族に引き取られていた。それはまだ子供の悪魔だった当時の純にとって、一人でいるよりも、養ってもらった方が不便がないだろうと思い、固有スキルを最大限に駆使して、周りの大人を純の味方につけた結果、得られたものだった。
「そして、引き取った家族の名字は『黒崎』」
その言葉を聞いたとき、今まで黙って聞いていた周りの人たちが、驚いた表情になった。クロサキ……ジュン……と呟きながら。
怖くなった純は、ほのかに詰め寄った。
「何でそんなに俺の昔こと知ってるんだよ!」
「知ってるよ。その前のことだって全部知ってるよ。だって……だって……純は……」
ほのかは涙をこぼしながら言った。
「純は、守護神のリーダーの『クロ』で、私たちの幼馴染みなんだから」




