第一章5 『未知との遭遇⑤』
ドラゴンが、尾を揺らし、うめき声をあげながらその鋭い眼差しを目の前の獲物に向けていた。純と光流はドラゴンの後ろで相手の出方を探っているのに対し、白鳥海斗はドラゴンの目の前で嬉しそうにその雄々しい姿を眺めていた。
「正直、びっくりしたよ。こんな力があるなら君も凄腕マジシャンになれるじゃん。」
自分の力に自信を持ってるが故の余裕なのか、ドラゴンの姿を見ても全く臆する様子はなかった。むしろおもちゃをもらった子供のように嬉々としてその姿を目に焼き付けているようであった。
しかしそんな時間もつかの間、今度は真剣な表情にもどって、二人に告げる。
「これは、宣戦布告ってことでいいよね?」
その威圧感にどこか恐怖を覚え、光流は思わず一歩退いた。これが初めての戦闘となる彼にとって、やっぱりやめときます、と言いたい気持ちが全くわかなかったといえばウソになる。しかし、それ以上に彼は見栄っ張りだったのだ。
「構わない。もちろん、負けるつもりはない!」
「だったらこっちからいくよ。さっき僕は自分の固有スキルを『死んだ人間を短時間生き返らせる力』って言ったよね。もちろん、これはマジックに使うためじゃない」
白鳥海斗が手を横に払う。するとそれを合図にするかのように十数人の兵士たちが何もない空間から現れた。鎧を装着し、手には剣や斧などの武器を持っている。ドラゴンのシルエットもあって、まるで映画でも見ているかのような光景がそこには展開されていた。
「僕がわざわざ低俗な人間風情を生き返らせる理由、それは人間を歩兵として利用するためさ。さあ始めようか」
兵士たちが一斉にドラゴンに向かっていく。ドラゴンは前足を上げ、まるでアリをつぶすかのように先頭の兵士二、三人を叩き潰す。その光景を白鳥海斗は笑って眺めていた。兵士も負けじと足に剣を突き刺したり、遠くから弓を放ったり、ドラゴンの下に潜り込んだりと奮闘していた。兵士たちの怒声、ドラゴンの叫び声、弓が放たれる音が響く。ドラゴンの尾が振り回され壁に激突、壁が大きくえぐれた。
そんな中、純と光流はその光景をただ眺めるしかなかった。女神の話によれば、光流は召喚したもの、今でいうとドラゴンをある程度自由に操れる権限があるらしいが、今はそんなことには考えが及ばない位、目の前の光景に驚きを隠せないでいた。
これが異世界の力、時空の歪みがもたらす結果なのだということに。
すると一人の兵が突然こちらに向かってきた。もちろん自分たちが攻撃対象になったのだということは光流にもすぐわかった。しかし、頭が真っ白になり声を出そうにも、あっ、あ、という声しか出なかった。「死」という文字が光流の頭に浮かんだその時、
「危ない!」
真島純が兵士にタックルを決めた。兵士は倒れはしなかったものの、動きを止めることになった。純が光流の方に目を向け笑いかけた。しかしそんなのもつかの間、すぐに兵士は純を体から引き離し投げ飛ばした。投げ飛ばされた先には光流が立っていた。
「うわあっ!?」
二人は仲良く地面に倒れこみ、その拍子に持っていた携帯電話が光流の手から飛んで行った。そして、このことがこの戦闘を終結へと導くきっかけとなった。携帯電話が光流の手から離れた瞬間、ドラゴンの動きが止まったのだ。しかし、兵士たちは動きが止まったドラゴンにさらなる攻撃を加える。純と光流は兵士からの攻撃をよけて身を守るのに必死なため気付く様子はない。しばらくしてドラゴンが動いていないことに気付いた白鳥海斗は落胆したように言った。
「あれ?ドラゴン動き止まってるよ。つまんないの」
そして、二人の方に目をやる。兵士から逃げ回るので精一杯という感じの二人を見てさらにつまらなさそうにしていった。
「なにやってるの、あの二人。……もういいよ君たち消えて、あとは僕がやるから」
突然兵士が煙のように消えた。ドラゴンは依然として動きを止めたまま。兵士が突然消えたこと、そしてドラゴンが動いていないことにやっと気づいた二人に白鳥海斗は告げた。
「ショーもいよいよ大詰めとなりました。二人とも見逃さないように瞬きをせずにご覧ください。……これが力の差というやつです」
そういうと彼は地面を蹴りあげ、ドラゴンの顎のあたりにジャンプしたかと思うと、ドラゴンの顔に思いきり蹴りを入れた。大きな打撃音が響き、ドラゴンはうめき声を上げる。そのまま、ドラゴンの肩に乗りさらにジャンプ。建物の壁を使い跳ね返ってきた彼は今度は上から蹴りを入れる。ドラゴンは先ほどよりも大きな声を上げた。しかし、白鳥海斗の攻撃は休むことなく、再びドラゴンに蹴りを入れる。地面、壁、ドラゴンの体、様々な場所を足場に使い、上から下から横からドラゴンを蹴る、蹴る、蹴る、蹴る。最後に一段と大きな音が響いたかと思うと、とうとうドラゴンは地面に倒れこみ、跡形もなく消えた。
華麗に地面に着地した白鳥海斗は辺りを見渡し、そばに落ちていた携帯電話を拾う。それを壊すかと思われたが、そのまま二人のところに歩いていき、携帯電話を手渡した。
「そういえば、自己紹介まだだったね。僕は白鳥海斗、元マジシャン。よろしく」
そして再び笑顔になる。先ほどとは違い今度は二人にはその笑顔は不気味にしか見えなかった。
「……天野光流。神箜第二学園二年」
「真島純。同じく二年」
またどこかで会えるといいね、最後にそんな風なことを言って白鳥海斗は去って行った。二人が追いかけてこないようにか、大きくジャンプしたあと屋根伝いに遠ざかっていき姿を消した。
二人は汚れた服装のまましばらくその場を動くことはなかった。
◇◇◇
そして、その後の話。
純が生徒会のメンバーと七夕の飾りつけをしていた時、とつぜん光流が現れて言った。
「やっぱりドラゴンだけじゃなくてほかのキャラも使いたいよな。何かアイデアないか?」
この前の悪魔との戦闘、不慣れな点があったとはいえ、明らかな敗北。ドラゴンを二次元から呼び出したはいいが、全く扱い切れていなかった。純はそんな力はもっていなのではっきり言ってしまえばあんな戦闘になれば足手まといである。ここでアイデアを出さなければ一緒に行動している意味がない。かといってすぐに思いつくものでもなかったのでその場はごまかしてみた。
「そういうのも大事だが、ここはもっと別の可能性を探ってきたらどうだろうか」
「別の可能性?」
「そう例えば人を傷つける強くてかっこいいキャラよりも、人を癒すかわいいキャラの方が日常生活でも使えて便利だと思うが」
(日常生活……どこで使うんだ?)
「まあ、そういう考えもあるかな。女神、かわいい癒し系のキャラって用意できるか?」
光流はポケットから携帯電話を取り出し、聞いてみた。
「探シテミマス……用意デキマシタ」
「じゃあとりあえず、リアライズ!」
するとぬいぐるみみたいなものが光の中から現れた。そのキャラは確か今、子供に大人気の某アニメにでてくるキャラだった。それを見た目クール系の天野光流が持っているのを見て思わず純は吹き出した。
しかもちょうどいいタイミングで生徒会の女子メンバー三人組が現れた。その三人は某アニメのキャラクターをみて光流に群がってきた。
「見て、これかわいい。これってあれのキャラだよね」
「天野くん、こんなの持ってるんだ。かわいい」
「なんかこれ、結構リアルじゃない?」
二次元から直接呼び出したのでリアルなのは当たり前である。本来ならば動くはずだが、ぬいぐるみが出てきた拍子に携帯電話を落としていたためドラゴンと同様、動かない。普段は女子とあまり話さない光流
は顔を赤くして目で純に助けを求める。純はさらに笑いそうになるのを陰に隠れながらこらえていた。すると
「純、これってどうすればいいんだっけ?」
ほのかがドアを開けて現れた。一瞬動きが止まるほのか。目線の先にはぬいぐるみを持って、女子に囲まれている光流がいた。
ほのかは開けた扉を再び閉めて、無言で出て行った。