第十一章1 『魔界の門①』
綺麗な髪だった。
慧はそう呟いた。彼女が触る自分の髪は、短くなっている。それもそのはずであり、慧自身がハサミでバッサリと切ったことを覚えている。
「ねえー、和音。その長い髪、少し分けて?代わりにアメあげるから」
「いや、無理でしょ。っていうか、アメ一つでつられると思ってるなら、心外だな」
「いじわる」
「そういう問題じゃないし」
「なら、こうしてやる。うりゃ」
慧は和音に飛び付くと、髪の毛をグシャグシャに触る。
「キャー、ヤメテー」
和音は髪の毛を引っ張られながら、叫んだ。
「うるさいんだけど」
「へ?」
声のした方を向くと、口をへの字に曲げたほのかが、部屋の入り口に立っていた。
「あ、おかえりー」
ほのかはつかつかと部屋の中に入ってくる。二人のいるそばを通り過ぎ、奥の方へと歩いていく。
時は八月。夏休み真っ只中。
研究所の案件も一段落つき、束の間の日常が慧のもとへ訪れていた。ほのかは小鳥の用意したお菓子の袋を開けて、それを口に頬張りながら、資料に目を通していた。
「まあ、夏休みだし、いるのは勝手だけど、あんまり会長の心象を悪くするようなことは、しない方がいいかも。純は部外者には厳しいから」
ほのかはやんわりとそう告げた。
ここは生徒会室。本来ならば生徒会役員しか入れないこの場所も、すでに部外者が溢れかえる部屋と化していた。
「人をあんまり悪い人みたいに言わないでくれるかな、連城」
「げっ。純、もう帰ってたの?」
突然、後ろから現れた純に、ほのかはビックリしながら言った。
「彼女たちは追放しない。代わりに彼女たちにはしっかりと仕事をしてもらうことにした。生徒会役員補佐としてね。それならもう部外者じゃない。それに……」
純は手に取ったプリントを整理しながら、続ける。
「それに、俺の仕事も減って、サボれるし」
ほのかはその点について、不満そうな表情を浮かべた。
「よく言うよ。純は今までだって、よくサボってたでしょ。減る仕事は純の分じゃなくて、私の分。間違えないでよね、もう」
「そういう連城だって、最近は息抜きし過ぎじゃないか?仕事がないなら無理に学校来なくてもいいんだぞ。せっかくの夏休みなんだし。ということで、俺の仕事は終わったので、先に帰らせていただきます」
純は生徒会室をあとにしようとした。
「あと……そのお菓子、勝手に食べると、タルトがご機嫌ななめになるぞ。ちゃんとうまく証拠隠滅しておけよ」
「うっさい、ばか」
純はほのかの返事に笑みを浮かべながら生徒会室をあとにした。
「俺が居なくても、生徒会がまわるようにしないとな」
名残惜しそうに純は呟く。
「こんなことを思うなんて、少しだけこの世界に馴染みすぎたようだ。からくり装置は着実に動いていて、エンディングはすぐそこに見えている」
純は懐から仮面とマントを取り出す。
「ここまで長かった。この仮面を使うのも、最後かもしれない」
真島純はジョーカーへと姿を変えると、跡形もなく姿を消した。
◇◇◇
フェンリルのいる間にて。
「さあ、復活の準備ができた。ここまで長かった。魔界の門はすぐそこだ」
時空の歪みが進行した結果、魔界と人間界が交わるのも時間の問題だった。
ジョーカーを始め、八人の悪魔は、フェンリルの間に集合しており、各々、自分の身長ほどの棒を抱えている。
「最後の仕上げとして、この場所を中心として、その八本の柱を立てて魔法陣を作る。そして、門をこじ開けるのだ」
フェンリルの声が不気味に響く。
「時は来たれり」
フェンリルの封印されている場所、それは神箜第二学園の真下だった。




