第十章6 『それぞれの結末』
戦いは終わった。
正確には、戦いというより、悲しい真実を見つけるための短い旅だったような気がする。
どちらにしても全てが幕を下ろしたことには代わりはなかった。そこに払われた代償や、もたらされた結果を無視したとしても、このまま継続されるよりかは、幾分かましだったと思いたかった。
慧の父、水沢隆一には、奥村という大学時代の知人で、現在開業医をやっている人物がいた。慧とも顔馴染みであり、その事が功を奏したというべきか。彼には隆一に対する理解があったし、なにより、不確かなものに対して、深く追求しないという優しさもあった。
そのお陰で、負傷した元素融合体の治療も何の不自由もなく行うことができた。
◇◇◇
「奥村先生、この度はその……ご理解ご協力をありがとうございます」
慧は深く頭を下げる。似つかないような丁寧な言葉遣いだったのは、他人と距離をおきたい慧の気持ちの表れでもあった。どうしても、研究所内で自分がやったことに対する気持ちの整理がつかなかったのだ。しかし、奥村はそんなことお構い無く、慧に対して言葉をぶつけた。
「君の父親は……死んだのかい?」
「……はい」
慧の声は震えていた。
「ボクがこの手で殺しました」
急にあの日の光景が脳裏によみがえってきて、どうしようもなくなって、頭を抱えた。彼女は今更ながら後悔していたのだ。
「誰も君を責められないよ。君の攻撃で怪我をしたとしても、それで命を落としたかは定かではない。それに研究所は建物ごと崩れていた。どちらにしろ彼は助からなかった。彼はよく口にしていたよ。他人とは違う未来が欲しければ、他人とは違うスタート地点に立ち、違う道を歩まなければならない、と。それが悪い方に行っただけだ」
奥村はそれ以上は何も言わなかった。
慧の気持ちが落ち着き、部屋を出るときも、彼は机に向かって何かを読んでいるだけで、慧の様子をうかがうことはしなかった。
「よお」
部屋を出たところで、織戸が待っていた。
慧は無意識に目をそらす。
「聞いてたの?趣味悪い」
「そんなことするもんか。ただ慧ちゃんが心配でね。僕も、弟や妹たちも」
織戸の声は優しかった。
「ボクは死なないよ」
「知ってる」
「でも、手を抜いた訳じゃないから」
「それも知ってる」
「ボクは頑張ったんだよ」
「知ってるよ」
慧は最後に言った。
「じゃあ、それでもボクには後悔したことがあるっていうことは?」
「それは知らなかったな。だって、後悔って感情的なものだろ?理性的な慧ちゃんにそんなものは似合わないよ。もししているというなら、それは後悔ではなく、反省だよ。そして、反省したならわかるはずだ、これから何をすべきか、そして、何をすべきではないか」
慧は織戸の目を見る。すると、急に変な感情が沸きだしてきた。
「ボクにだって泣きたくなるときくらいある」
そして、慧は顔を埋めて泣いた。
織戸は慧の頭を優しくなでた。
◇◇◇
「お兄ちゃん」
ベッドに横たわるのは、神山瞬。そばに座っているのは、妹の菜種だった。二人がいるのは奥村医師がいる病院だった。あの日の戦闘による負荷が大きかった瞬は、絶対安静の状態で、床にふしている。
「菜種」
瞬は妹の顔に触れる。
瞬の能力は決して失われたわけではなかった。けれども、今の状態で弱くなっているのは確かだった。妹を守るために力を手に入れた兄。そんな兄を心配した結果、危険に身を投じてしまった妹。二人はお互いを思ったが故にすれ違った。
「ごめんな」
「いいよ」
二人はギュッと手を握った。
◇◇◇
元素融合体は水沢家に保護されることになった。
父親の財力でそこそこ大きな研究室がある水沢家で、三本しか残らなかった『抗元素剤』を十本にまで増やすために、研究を重ねることにしたのだ。
それが一週間前の話。
しかし、問題がある。研究所が倒壊し、研究資料も残ってない。加えて知識のある研究者もいない状況でできることは限られている。父親と同じくらいの研究成果を上げるためには、それ以上の時間が必要なのは明らかだった。
ただ、一つ驚くべき様なことが起こった。野村という研究員が、助力を申し出たのだ。研究員はみんな裏切り者だと思っていた慧にとって、疑わしいことこの上なかったが、彼は、隆一の研究に疑問を抱いていたこと、やめていった同僚もいるなかで、自分はスパイとして残っていただけだと告げた。特に、火渡刻の脱走を手助けしたことに関しては、刻本人にそのような事実があることの確認が取れたため、とりあえずの信憑性は得られることができた。
そして、彼の口から元素融合体の詳細な情報が知らされることになった。
まず、元素融合体は、マテリアル本人が能力を行使しているのではなく、マテリアルが、能力を使うことのできる『微小生物の様なもの』を体内に宿していることで得られる力だということ。能力を封印するには、その微小生物を死滅させればよいこと。そのために『抗元素剤』を使うこと。
そして、抗元素剤については良くない情報がもたらされた。
抗元素剤は体内の抵抗力を上げて、微小生物を殺すための薬で、完全な共存に成功しているマテリアルにとっては、何の効果も得られないということだった。
それはつまり、元素融合体の力をコントロールできている慧たちが、能力を封印するためには、これにとって代わる新しい薬を開発しなければならないという事実だった。
慧は悲しむ一方で、力をコントロールできていないマテリアルにはこの薬は効くということを再確認した。これで、双葉亜矢と双葉真矢の姉妹を、元素融合体の呪縛から解放することができると思った。
慧たちは、彼女たちの体力が戻ると、早速残った三本の『抗元素剤』のうち、二本を彼女たちに使用した。他の人たちと違って、最初から適性があると言われた彼女たちが、能力を支配できなかった事実。それほど、光と闇の元素というのは強大なものだったのだ。
「亜矢、だいじょうぶ?」
「大丈夫だけど、なんか変な感じ。今まで違う自分が自分を操作していたみたい」
「亜矢。退院したら、また二人で遊ぼうね」
「おう。ずっと二人一緒だ」
二人はお互いの顔を見て、そして、笑った。
『元素融合体編』はこれで終了です。次回からは『十年前の真実編』クライマックスです。




