第十章4 『研究所の秘密④』
慧は目の前で起きていることがにわかには信じがたかった。
今まで最優先で探してきた父親が、研究所の最高権力者であるキョウジュだったこと。つまり、トップはずっと変わっていなかったのだ。
「どうしてこんなことしたの?」
慧は素直にそう思った。逆に言えば、今のこの状況で、混乱の極みにある頭の中から引っ張り出せる、唯一の質問であり最大の疑問であった。
「好奇心と言うのは、人を動かす最も手軽で、最も持続性のある燃料だ。ただ、その先が知りたかったから、それ以上の理由が必要かな?慧、お前なら、少なからず共感できる部分があるはずだ」
狂ってる、と思った。
「一般常識と言うものが無いのかな、父さんには」
「お前から、一般常識という言葉が出るのが驚きだ。お前にはそれが備わっているというのか?幼い頃から人付き合いよりも、自分の興味のある事象の観察を優先していたお前に。一般常識というのは、単なる社会生活上の約束事だぞ」
慧は唇を噛み締めた。
「お前は私に似ている。きっと同じ道を辿ることになる」
「そんなことは……ない」
「お前も私も一種の平等主義者だ。自分の回りにあるものは全て、研究対象と言う点で差別しないという思想を持っているのだろう?」
慧はハッとした。似たような台詞を言った覚えがあったから。
「ふっ。残念でした。ボクにはちゃんと友達がいるもんね……」
慧は言った。強がりではなかった。
少なくとも、知り合いというよりは濃い関係で、親友といっても差し支えがないほどの存在が、身近にいた。ただ、唯一の不安点と言えば、向こうがそう思ってくれている保証はない、ということだった。(実際には、慧が思っている以上に、彼女のことを大事に思っていたが。)
その時、耳をつんざくような爆音が、慧の耳を貫いた。
「……何だ?」
「研究所の至るところが爆発する音だよ」
博士は続けた。
「実を言うと、元素融合体に関する研究は粗方終了している。タイミング的にもいま辞めるのがベストなタイミングだと私は考えている。でも、だからといって、研究資料だけを持ち逃げされるのは、いささか不愉快でね。こうしてゼロの状態に戻しているんだよ。データは私の頭の中だけにあればよい」
「ボクたちはどうなるのさ?」
「実験動物の末路なんか、歯牙にもかけないが」
「……実験動物?」
「何を驚いている?いつの時代も、子供というのは親の所有物であり、親の実験台だっただろう?」
慧は父親の理念についていけなかった。
それと同時に、慧の中で何かがはじけた。今まで尊敬の対象だった父親が今は、危険人物の一人に成り果てている。思えば、慧は父親が働いている姿を実際に見たことはなかった。つまり、勝手に理想の姿を想像して、勝手に尊敬していただけだったのだ。
「殺す」
慧は確かにそう呟いた。
その言葉の中には、裏切られたことに対する報復もあったし、この人間を生かしておいても、世の中に悪影響しか及ぼさないという気持ちもあった。
「……ん?いま何と?」
「『殺す』と言ったんだ」
水沢隆一は、高笑いをした。
「はは。殺すだと?親殺しは大罪だぞ」
「関係ない」
「父さんの言った通り、自分以外のすべては研究対象という点で平等だと思っている。だから、父さんを殺すのはそこら辺の虫を殺すのと、変わらない」
そう呟く慧の頬には涙がつたっていた。
博士は机の中から、拳銃を取り出した。しかし、その前に慧は構えていた。手のひらから水弾を飛ばすと、博士の手にピンポイントにあてて、拳銃を弾き飛ばす。
ひるむ博士。慧はもう一度水弾を飛ばす。しかし、それはウォーターカッターの様なすさまじい水圧の水弾。当たるだけでどのような作用を及ぼすかは、慧自身も知っていた。
その水は、博士の体を貫いた。




