第十章3 『研究所の秘密③』
目の前は文字通り真っ暗だった。
視覚を奪われたことに、どうしようもなくなる純たち。動けなかった。
「ははっ!どうした!かかってこいよ!」
亜矢は挑発した。誰もが自分の目が見えないことに恐怖を覚えてそれどころではなかったが、一人だけ挑発に乗る人物がいた。
藤宮大吾は、その声に応えるように、目の見えないまま、体を構えて動き始める。
「斬撃!」
大きな音が響いた。彼の攻撃が何かを破壊したことは音でわかるのだが、一体全体何が起きているのかまでは誰もわからない。実際には、大吾の攻撃した場所には何もなかった。しかし、ひとり純は驚いた。
大吾が攻撃した場所は、純の近くだったのだ。もう少しずれていれば、純に当たっていた。その証拠に攻撃を行ったはずみで飛んできた土片が、純の体に降り注いでいた。
「おい、藤宮!何をやっている!」
「おれ、おかしいな?こっちから声が聞こえたから……」
「目標の位置がはっきりしないんだから、安易に攻撃するんじゃない!」
純は考えた。
亜矢は今まで戦ってきた元素融合体とはわけが違う。物理的な殺傷能力はないものの、視力を奪うということは相手自身の弱体化を意味する。ならば、異能の力に頼らなくとも、ナイフなど武器を持てば、優位に立てるのは明らかだった。
ならば、手遅れになる前に対策を練らなければならない。純が考えていたのは、闇の力が発動する条件だった。現代の物理法則が通じる相手なら、人の視力を奪う方法は二つある。人間の視覚に関係する器官に細工をするか、人間の目に届く光自体を細工するか。
亜矢は能力を使う前に、誰にも触れていない。だから一つ目の線は薄いと純は思った。単純にそれだけで決めていいのかわからない。しかし、より可能性のある方にかけてみることにした。
「藤宮!真上に飛ぶんだ!」
純は叫んだ。単純に、能力を発動する条件は場所だと思った。ならば、この場所から離れれば、視力が戻る可能性はあった。ここは外。頭上には何もない。
大吾は、言われたとおりに、真上に飛んだ。それを見た亜矢が、焦ったように、待て、というのを聞いて、純は確信する。
「ビンゴ!目が見えるようになったよ」
大吾は頭上でそう叫んだ。
「みんな、藤宮に続け!」
和音と孝樹は大吾に倣って、『飛行』で空へ。光流は、アークレイトレインを召喚して上空へと飛んだ。飛行手段がない純は、一人残されたが、視力が戻っていた大吾が、上空から『束縛』で無理矢理引っ張り上げた。
「やり方が手荒いな」
純はそう口を漏らすと、大吾はちぇっ、と一言つぶやいて、純をアークレートレインの上へとおろした。
「コラー!降りてこいっ!卑怯だぞ!」
亜矢は上空にいる純たちに向かって、悪態をつく。その後も、弱虫、腰抜け、臆病者、などと叫んでいたが、純たちは下りなかった。いや、降りられなかったのだ。下の戻ると、また視力が奪われる。攻撃するならこの距離を保たねばならなかった。
そんな時だった。
地面から急速に迫りくるものがあった。それらはあっという間に、純たちのいる上空へと到達すると、彼らに絡みつく。それは蔦だった。気が付くと、その蔦はすごい力で純たちを下へ下へと引っ張っている。抵抗するも空しく、次々と地上へと戻される仲間たち。
「十五分……経ったから出てきたよ」
地上に現れたのは、最後の一人、木の元素融合体、倉敷楓だった。彼女は自分の腕時計で時間を確認しながら、亜矢にそう告げた。
「ちっ、余計なことを」
「約束だもの」
二人がそんな会話を交わすころにはすでに、純たちは地面に磔状態だった。
「そんな目で見ないでちょうだい。勝ちか負けかと言われたら、すでに私たちは負けているのよ。ここまで私たちは追い詰められた、その事実は変わらない。今はキョウジュによる最後の後始末が終わるのを待つだけだよ……」
そこまで話すと、楓の表情が驚きの色を見せた。
なんだろう、と思うと同時に、純は自分の体が自由になっているのに気が付く。辺りに散らばった植物の残骸をよく見ると、何かに切られたように、綺麗な断面を見せていた。
「よお。久しぶりだなあ。楓」
そこには一人の男が立っていた。
「桐崎織戸。やっぱりあなたね」
楓は言った。
純はその男を知っていた。慧から詳しいことは聞いている。
「お前が桐崎織戸か。水沢家の警護を任されていたんじゃ。どうしてここに?」
「家を守る必要がなくなった。それより慧ちゃんはどこにいる?」
「研究所の中に」
「遅かったか」
織戸は大きなため息をついた。
「考え得る限り最大の裏切りが行われた。よく聞け。最初からすべては自作自演だったんだ。キョウジュは水沢隆一博士本人だ」
◇◇◇
慧は研究所の中に招待されてから、誰もいない室内を走り回っていた。
そんな慧の動きを監視カメラだけが追っていた。
「ようこそ。私の研究所へ。私は君と二人で話がしたい」
先程から、キョウジュと思われる人物からの館内放送が流れて、慧はある場所へと誘導されていた。
「君の動きは監視カメラで見ている。私のいる部屋まであと少しだよ」
慧は一度も障害物に阻まれることなく難なく目的の部屋へたどり着く。急いで扉を開けて中に入る。そして、彼女は知ることになった。ここまで自分が優遇されている理由、父親の行方が分からなかった理由、そして、父親の本当の姿を。
「父……さん……?」
「ようこそ、私の研究所へ。慧」
そこにいたのは、水沢隆一だった。




