第十章1 『研究所の秘密①』
研究所についた。
火渡刻によって案内された場所は、看板もない小綺麗な建物だった。そこには何十人という研究員がいるのだろう、たった十人しかいない元素融合体に関する様々な資料があるのだろう、と思いを巡らせると、あまりにも日常に溶け込んでいて、水沢慧の心の中には、憎悪という感情は不思議と沸いてこなかった。
「この中で……」
慧はそれだけを口にした。
この中で父は研究をしていた。もしかすると、父が主にいたのは廃棄された古い研究所の方だったのかもしれない。けれども、そういう細かいことはどうでも良かった。こんな環境で仕事をしていた父の気持ちが、少しだけ理解できた気がした。嬉しかったのだ。同じ血が流れている慧にはわかる。何でこんなものに手を出したのだろうか、と父の気持ちがわからなくなることが時々あったが、その疑問もこの瞬間に氷解した。
慧の目はきらきら輝いていた。不謹慎かもしれないが、わくわくした。
父も同じ気持ちだったに違いない、と思えた。
しかし、慧はすぐに現実に目を向けなおす。
父は自分の過ちに気付いたのだ。こんな研究を続けてはいけないと、中止する方向に動き出したのだ。その結果、行方不明になった。そして、研究所には父の意志を継がない、悪い人間しかいなくなった。
刻から話は聞いていた。
研究所は父の居場所を知っている。研究所はそれを隠していた。研究所は真実を知った刻を監禁した。研究所は武装することを厭わなかった、と。そして、そんな研究所をまとめる人物が、研究対象であるマテリアルとはろくに顔もあわせないほど、礼儀がなってない、『キョウジュ』と呼ばれる人物であること。
(ここに全ての真実がある)
慧は改めて認識する。
ここまでの道のりは、決して一人ではこれなかった。それが偶然、光流やほのかたち、昔の仲間と出会えたことで、ここまでたどり着くことができた。もしかすると、これはもはや必然だったのかもしれない。慧たちの昔のグループ名が『守護神』だった。ろくに友達もできない慧にとって、彼らは初めてできた親友と呼べる存在であり、一緒にいて安心できる『守り神』だったのだ。そんな彼らは慧が困ったときはいつでもそばにいてくれた。彼女だけではない。メンバーが困ったときは、周りが助ける、それが守護神だった。
「さあ、行こう」
そして、一歩を踏み出す。みんなは迷わずついてくる。それが慧にとっては嬉しかった。
閉ざされた門の前に立った。開かなければ壊してでも入ろうと思っていた門が、ゆっくりと開いた。監視カメラでもあるのだろうか、と辺りを見渡す。見つけきれなかった。
門が完全に開ききると、建物の入り口から、歩いてくる人影が見えた。子供だった。しかも、その顔には見覚えがある。
「はじめまして」
向こうがそう挨拶をしてきた。
「初めましてじゃないだろう。以前会ったことがある。お前は、光のマテリアルの……」
「いや。初めましてだね」
彼女は慧の言葉を遮るようにしてそう言った。
「だから双子は嫌なんだよね。困る。私の名前は双葉亜矢。よ、ろ、し、く、ね」
彼女はコホンと咳をして、もう一度慧たちの方を見る。
彼女の見せるその余裕が、逆に不気味で慧たちは研究所へと入りたい慧たちの足を止めていた。
彼女は続けた。
「えっと。伝えたいことがあってここに来たんだ。……水沢慧。彼女だけは研究所の中に入ることを許可された。彼女だけが真実を知る権利がある……だそうです」
亜矢はそう告げた。
名前を呼ばれた慧は動かなかった。動けなかったのだ。罠なのはわかりきっている。それでも一人で行くかどうか決心がつかなかった。
「どしたの?早く行かないと『手遅れ』になっちゃうよ」
「くそっ!」
慧は研究所の中へと向かった。亜矢はそれを笑ってみていた。
「『手遅れ』になるってどういうことかな?」
足止めされた純たちは強調されたその言葉が気になって、亜矢に尋ねた。
「いやー。負け戦続きでしょう?キョウジュももうあきらめちゃって。こっちにも、闇と木の二つの元素しかないし。正直、君たちに勝てるかどうかは五分五分なのよ。だから、研究所内で色々処分をはじめちゃってるわけ」
「二つ?そっちには光の元素があるはずだが」
「そのことなんだけどね。君たち会ったことあるでしょ?双葉真矢。私の妹なんだよね。家に監禁してるの。だから、戦力外」
「はあ?」
「だ、か、ら、私はアイツのことが大っ嫌いなの!だから、監禁してるの。しばらく家に戻ってないからもう餓死してるかもだけど。自業自得よ」
さらっとそう言ってのける亜矢に純は再び恐怖を覚える。
「なんてことを……」
「あ!そうだ。君たち正義の味方気取ってるんでしょ?なら、真矢を回収してきてよ。ほれ、これ私んちの住所」
純はほのかと真美の方を見る。
「……行ってくる」
ほのかはすぐに理解してくれた。
こうしてまた二人、いなくなった。
「さあて、許可を得て入れるのが水沢慧だけなら、俺たちは許可なく研究所に入るとするよ。貴重な情報をありがとう。双葉亜矢さん」
「待てって。言ったろ?元素が後二つ残ってるって。私が持ってるのは闇の元素。どういうことかわかるよね?」
純は亜矢の方を見る。
亜矢は叫んだ。
「闇へ堕ちろ!」
純の視界が突然途絶えた。
「知ってる?人間は外部から得る情報のうち、六割は視覚からの情報だって。そんな視覚を奪うのが、私の能力さ」




