第一章4 『未知との遭遇④』
光流の言葉が純の頭の中でこだました。
「人間じゃない?」
現実からかけ離れてはいるが、昨日彼から聞いた内容、つまり今この世界で起きている状況、そして天野光流に与えられた使命を純は理解していた。いや、正確には理解しているつもりだった。しかし純が驚きを隠せないのもまた事実だった。純はそんなことはまだ先のことだと思っていたし、仮に起きたとしてももっと小さな変化からだと思っていた。
でも現実に今起きている。むしろこの中にいる客の一人が本当に人間じゃないとしたら、の話であるが、もうすでに始まっているということになる。何かしらの『悪意』が。未来でも今でもなく、ずっと前から。
「それは本当なのか?」
純の二度目の確認に、光流は表情を変えずに答えた。
「白鳥海斗が人気のマジシャンで、なおかつ今回は引退前の最後の公演。普段なら集まらないような数の人が今この場所にいる。何をするかわかったものじゃない」
風が吹き、あたりの木の枝が揺れる。さっきまでマジックショーから帰る人であふれかえっていた広場も、もうすでに二人を含めてもは数えるほどしかいない。ほのかや和音もあのまま素直に帰っていったらしかった。
「中に入ってみよう。裏口からでもなんでもとりあえずそいつを見つけるんだ。」
そういって光流は動き出した。純もそのあとをついていく。こうして二人は出てきた道を戻って行ったのだった。
◇◇◇◇
入口はスタッフがたくさんおり、入れそうになかったため、二人は次に裏口へ回ることにした。鍵が閉まっていれば二次元からモンスターを呼び出して壊せばいいと光流は言った。とにかく彼はどんな手を使ってでもこの世界の異物を排除したいらしい。
しかし、裏口へと回り込んだ二人を待っていたのは予想外の展開だった。
「ようこそ、ようこそ。あなたが来るのを待ってましたよ」
そこにいたのは一人の人物。白鳥海斗、本人だった。ステージに立っていた衣装のまま深々とお辞儀をして二人を出迎えた。
「ここに来た、ということは予想外だったんでしょう?そう思って見つけやすいように『僕が邪気を放った』。それをたどって君たちはここまで来た」
その言葉が意味するもの。それはつまり、彼は人間ではないと言う事実だった。
それに気づいて真っ先に動き出したのは、-----真島純だった。
たださっきまでとは全く様子が異なる。『人間ではない』ことを知って、スイッチが入ったのだ。彼の中に眠る『復讐』と言うスイッチが。
スタートダッシュを決めたかと思うと、肩から白鳥海斗に突進し、バランスを崩したところを更に軸足を蹴りはらって完全に地面へと這いつくばらせた。そのまま地面に押さえつけようとしたところ、今度は白鳥海斗が人間離れした跳躍をして地面から起き上がり、距離を取った。
「ちょっと、ちょっと。気が早いよ。僕まだ何もしてないのに」
彼は怒るどころか、服に着いた土を払い落としながら、笑顔でそう答えた。彼にとって見れば、ただの人間である真島純に、悪魔である自分がやられるなんて万が一にも思わないから当然の対応にも見えた。要は彼にとって見れば子供対大人のケンカなのだ。
「真島。おい、真島。どうしたんだお前。落ち着け」
光流があわてて純のところに近寄り、肩をつかんだ。いつもの様子とは違う生徒会長の姿を見て困惑していた。しかし、純は落ち着くどころか逆に肩を震わせて叫んだ。
「家族を……俺の父さんや母さんや弟を……殺したな!」
「待ってよ。僕は誰かを殺したことは一度もないけど」
「でも、おまえは人間じゃない!なら同じだ!」
「落ち着け!!」
純の肩をつかんでいた光流の声が、辺りに響く。純はようやく落ち着きを取り戻してきたようだった。光流はつかんでいた手を放した。白鳥海斗は真島純にやさしい口調で語りかけた。
「君ってもしかして頭悪い?確かに人間でも残虐で非道なやつを悪魔って呼ぶこともあるけど、それでも人間だよ。僕は純粋な悪魔。人間とは違って高貴な存在であるところの悪魔なんだよ。」
「違う。俺の家族は人間じゃない悪魔に殺されたんだ。俺が証人だ。ちゃんとこの目で見たんだ。目の前で死んでゆく家族を見たんだ。」
白鳥海斗は笑顔の表情を保ちながらも、やれやれ話が通じないといった様子で話を続けた。
「君の家族を殺したのは悪魔。そしてあいにく僕もその悪魔の一人。でも、このまま勘違いされてても困るし、君たちも悪魔に関する情報をしりたいでしょう?なら、僕が悪魔について話してあげるよ。あと、そこの君も変な力持ってそうだけど、僕の話が終わるまでは使わないでほしいな」
白鳥海斗は光流を指さして忠告した。そして少し間が空いた後話し始めた。
「まず、悪魔っていうのは人間が想像するような禍々しい姿はしていない。普通に生活していれば人間と区別はつかないよ。ただ、人間と違うのは身体能力が人間よりも上っていうことと、個々の悪魔には『固有スキル』と呼ばれる力が宿っていること。僕の固有スキルは『復活の泉』。簡単に言うと『死んだ人間を短時間生き返らせる力』さ。これはマジックをするときに使わせてもらってるよ」
彼はそこまで話すと一息ついた。ふと空を見上げると空には飛行機雲が浮かんでいた。
「そしてもう一つ、僕がここに来た理由。それは呼ばれたからさ。そもそも僕は悪魔と言ってるけど魔界にいったことがない。昔、魔界からこの地に落ちてきて封印された悪魔がいたんだけど、その悪魔が自分の封印を解き、再び魔界に帰ることができるように、その手段として新たな悪魔をこの地で生み出した。僕はその一人にあたる。でも試みは失敗した。その後、生み出された悪魔は人間界に溶け込んで生活することになる。でも再び呼び出された。何やら時空の歪みというものを利用して魔界に帰ることができるらしいんだってさ」
光流は時空の歪みと聞いて無意識に携帯電話を握りしめていた。
「しかもその時空の歪みで魔界だけじゃなく別の空間も接近してくるらしい。だから僕はわざと邪気を放って餌をつっていたのさ。ちょうどマジシャンやめて暇になったし。でもちょっとおかしな人まで釣れちゃったみたい」
白鳥海斗は純の顔を見てそういった。そして付け加える。
「顔は合わせたことないけど、僕を含めてこの地で生み出された悪魔はぜんぶで八体いるらしい。その中の一人が君の家族を殺したのかもしれない。でもそれはそいつが悪いのであって僕は悪くない。悪魔と言うくくりで一緒にしないでほしいな」
純は憎しみのこもった眼で白鳥海斗を睨みつけた。
「話はこれで終わり。なんか今日は色々あって疲れたから僕はこれでおさらばするよ。僕はこれからこの街をうろうろしてると思うから、もしかしたらまた会うかもね」
白鳥海斗は二人に背を向け立ち去ろうとした。すると
「リアライズ!!」
突然、そう叫ぶ声が響いた。光流が持っていた携帯電話が光りドラゴンが現れる。今度のドラゴンは体育館裏で見たものよりもずっと大きいものだった。
「約束通り、君の話は最後までちゃんと聞いたよ。悪いけど君をこのまま逃がすわけにはいかない。」
「へえ、僕と戦う気?」
この世界に異質なもの同士の戦いが始まろうとしていた。