第九章2 『学園攻防戦②』
近衛荘真は学校の階段を上っていた。
踊り場を通り過ぎ、あと半分で二階に着くという所で、ちょっとだけ足を止める。学校の設計上、踊り場から二階の様子はよくわからないようになっている。
彼は急に不安になってきた。
彼が心配しているのは、誰かにみつかってしまうことではなかった。その逆だ。もし、二階に上がったその時に、誰もいなかったらどうしよう、という気持ちに駆られたのだ。
「心配してもしゃあねえか」
彼はそう呟くと、止めていた足を再び動かす。
二階に着いた。物音はしない。人の気配もない。
彼は廊下を覗き込んだ。
誰もいなかった。
「だーれもいない。つまんねぇの」
荘真はだれ一人いない廊下で一人その足音だけを響かせ歩きはじめた。
しかし、誰もいない長い廊下を、歩きつづけるのは、ただ、彼の心の中に空しさを募らせるだけだった。
「くっそおおお!」
荘真は右足で空を切る動作をした。まるで、見えないサッカーボールをけるかのような動きだった。すると、その長い廊下に突風が吹き荒れる。
窓ガラスは枠ごと粉々に砕け散り、クラスの書かれたプレートは吹き飛び、壁にかけてある展示物は音を立てながら次々と壊れていった。
「いやっほい。すっきりしたね」
彼は再び歩き出す。先ほどまでのカツカツ、という足音が、ジャリジャリ、という音に変わる。
その音のせいもあり、耳障りなほど閑静だった廊下に、少しの騒音が混じる。彼にはそれが快感だった。
だから、それはあまりにも予想外だった。体に違和感を覚えた時には、既にロープが体に巻きついていた。あれ、と思う間に、割れた窓の外へと繋がったロープに体を持って行かれる。
外に引っ張り出される。
地面に着地するかと思われたが、急に強風が吹き、荘真の体は上昇し、近くの木の上に引っかかった。
「いってえーな」
窓の外は中庭だった。木や花が植えてあり、少し離れたところには小さな駐輪場も見える。
体にまとわりつく小枝や葉を払いながら、荘真はそこに二つの影を見つけた。
浅海葵と久慈原乱。二人は鋭い目つきで荘真を睨んでいた。
「これはこれは、久しぶりだねお二人さん」
荘真は生憎二人とは面識があった。
二つ目のチェーンメールが世にまわった後の、和音や孝樹たちが開いた集会。その場所となった廃工場。その外で、顔を合わせていた。その時はお互いに何もせずに別れてしまったが、それがこんな形で再会しようとは、双方にとって考えていなかったことだろう。
「どこかで見た顔だと思ったら、廃工場の外で会った男ね。奇遇だわ」
葵も荘真の顔を見て、思い出したように口にした。
「とりあえず、降りてきて。そんな所からでは、せっかくの再会も興ざめだわ」
「どうしようかなあ……」
そう言いつつ、荘真は自分の真下に広がる地面に目をやる。
「……っていうのは嘘。地面に掘り返した跡がある。何か仕掛けられてるってバレバレなんだよ」
「……」
「……図星?」
葵はその言葉を聞くと、荘真にも聞こえるような大きなため息をついた。
「乱。あなたの作戦ばれてるじゃないの」
葵は乱に言った。
「いいんだよ」
乱は明るい声でそう返した。そして、右手で荘真のいる木の方向を指さす。
「結果的に、あそこから引きずりおろせばいいだけの話だ。葵はそこで見てなって」
乱は不敵な笑みを浮かべ、得意げに言った。
荘真も同じくらい得意げな表情で乱を見た。
「随分と簡単そうに言ってくれるじゃないか?ああ?」
そうは言うものの、実際どこに何があるのかは、わからない。しかし、明らかなことが一つ。今二人が立っているその場所は確実に安全地帯だということ。
荘真が辺りに散らばっていた透明なあるもの手に持った。ガラスの破片。それを風に乗せて二人がいる方向に飛ばし始めた。
「凶器乱舞!!」
乱は携帯電話をかざしながらそう叫ぶと、向かってくる無数のガラスの破片を召喚した『凶器』で撃ち落とす。ついでに、その一部を荘真の立っている木に向け、その枝を切り落とした。
その隙に葵は物陰に隠れていた。
「私は傍観に徹するわ。あなたいつも裏方は嫌だって漏らしてたから、だから、こうやってわざわざ表に出てきた。私の出る幕はない」
その言葉は聞こえていたはずだが、乱は返事をしなかった。
「それとも、私が手伝ってあげようか?」
「まあ、慌てなさんな」
乱は今度は笑って葵に返した。
ビュンと風を切る音が二人の間を飛び交う。
「ちぇ。アイツが風使いなら、せっかく用意した催涙ガス系の武器は無意味だな。ポイッ、と」
乱は手元にある武器のいくつかを破棄していた。色々な作戦を考えていたのだろう、その顔は少し残念そうに見えた。
そして、これを境に、今までほぼ互角だった二人のやり取りも、急に荘真が優勢に転ずる。
荘真が駐輪場から、自転車を投げ飛ばしてきたのだ。
「いっ!」
乱はたまらず、葵のいる物陰へと逃げ込む。
乱がいた場所には無残に変形した自転車が転がっていた。
「あら、もう降参?」
「うるせえ」
「手伝ってあげよっか?」
「黙ってみてろ。かっこいいとこ見せてやるからよ」
そんなやり取りをする二人。
そんな二人の会話をさえぎるように、二人の間に影が一つ落ちた。
「み~つけた」
そこには、いつの間にか近衛荘真が立っていた。
◇◇◇
同刻。
運動場にポツンと泉飛鳥は立っていた。
「暇だな。うん」
彼女はそう呟くと、手近にあった小枝を拾い、地面に落書きを始める。運動場にだれか来ない限り、飛鳥の仕事はない。それは、理解はしているが、どうしてもふてくされてしまう。
「荘真、だいじょうぶかなあ?」
飛鳥は校舎の方に目をやる。
先程、校舎の方で窓ガラスが割れるような大きな音がした。おそらく、荘真が何かしたのだろう、とは簡単に想像できた。荘真の手荒な性格を考えると、どんなに常識外れなことをしても不思議なことではなかった。時には人一人が吹っ飛んでくることもある。そんな時に、吹き飛ばされた人を手柔らかくキャッチするのが飛鳥の役目でもあるのだ。
「よし頑張れ、わたし!」
飛鳥はそう言うと、気合を入れなおす。
そんな時だった。
「あーそびーましょー」
男の声が聞こえた。
「誰?」
「貴様に名乗る名などないっ!」
「何しに来たの?」
「貴様に教える義理はないっ!」
「おい、大吾。何言ってんだ?仲間のピンチに駆けつけるのは当然だろ?」
「ですよねー」
「だよん」
負傷した藤宮大吾、天野光流、灯月和音の三人がそこにいた。
「お前らあれか?神山が追いかけてた獲物か?」
飛鳥は両手を地面につく。
「なら、暇つぶしにはちょうどいいかな?」
お互いに身構える。
「三対一だからって、油断しないこと。土の上にいて、この私に勝てるとは思わないことだね」
地面が揺れ始める。飛鳥は唱えた。
「森羅万象、この世の根源となりし、土塊の根城より、出でよ。その生命燃え尽きるまで、我に使役せよ。ゴーレム!土製の巨人!」
運動場の地面から、複数体のゴーレムが生成される。
「俺たちも行くか」
大吾と和音は頷いた。
「「変身!」」
「詠め。その一声は、雷鳴の如く、己の正義の為すがままに。その実現に自由が欲しいというのなら、名を与えよう。現実召喚。名は『古の雷帝の朱雀』!」
泉飛鳥は笑っていた。
◇◇◇
研究所内、地下室
火渡刻は目を覚ます。
「なんで俺はここにいる?」
そこで、ようやく刻は思い出す。キョウジュがどんな人物だったのかを。そして、自分が何をされたのかを。意識がとぶ前に聞こえた『処分』という言葉を思い出す。しかし、今こうして息をしているし、元素の力も今までと変わりなく使えている。
一体、何が変わったのだろうか、という疑問が浮かんだ。その疑問を解消するために、扉に近づいた。
独房から見える位置に一人の人間がこちらに背を向けて立っていた。
「やっと目を覚ましたか」
その男は身動き一つせずに言った。
「ここはどこだ?研究所の中なのか?俺はどうなる?」
「慌てるな。俺は一研究員に過ぎないけど、味方さ。君の助けが欲しい。協力してくれるね?」
「信用して……いいのか?」
「研究所の全ての人間がキョウジュに賛同しているわけではない。そういうことだ」
「とりあえず、こっちを向いてくれないか?その状態で話されると気味が悪い」
「それは無理だ。監視されている。だから、君のようにマテリアルの中から寝返ってくれる人が出るまで待っていたんだよ」
「一体俺に何をしてほしいんだ?」
「別に。私から指示することは何もない。ただ、『誤って』無害の薬をきみに注射して、能力を持つ者に対しては、ほとんどセキュリティがないも同然の地下の独房に閉じ込めて、これまた能力者に対して抵抗する力のない研究員が、監視している。それだけだ」
刻はそれを聞いて理解した。
「ありがとな」
(俺はもう迷わない。だから、みんな無事でいてくれ)
その日、火渡刻、脱走の知らせが研究所を駆け巡った。




