第八章6 『雷炎の襲来⑥』
瞬に対して名を名乗ったジョーカーだが、瞬の態度が変わることはなかった。
「悪魔……か。ふざけるなっ!そんなファンタジー信じるか!」
「何を言っている?きみはそのファンタジーに現に足を突っ込んでいるではないか。君が今まで相手にしてきたそれがファンタジーではなくて何というのだ?」
「どうやら、その口を塞がないと黙らないらしいな。痛めつけてからたっぷり話を聞いてやるよっ!」
瞬は再び動き出す。
ジョーカーはすれ違いざまに攻撃を入れる、が、感触がない。あるのは、感電した時に感じるあのビリビリとした痺れだけだった。
(まずいな。本当に実体がないのか?)
ジョーカーが瞬の方を振り向くと、瞬は不敵に笑っていた。
「ずいぶんと面白い体をしてるんだね」
「そっちこそ、この攻撃を耐えうるとは。普通の人間ではないことは確からしい」
「だから悪魔だと言っているだろうに」
ジョーカーは焦った。
瞬の攻撃を耐えることはできるが、ダメージは決してゼロではない。このまま持久戦になると、負けることは目に見えている。だから、何かしら手を打たなければならなかった。
ジョーカーは辺りに散らばっていた、瓦礫を盾にしては攻撃をしのぎ、また、蹴りあげては、何かしらのダメージはないかと、瞬との攻防を続けていた。
しかし、それも自由にはできない。
地面には、感電して気絶している、慧や和音たちが横たわっている。攻撃方向を間違えれば、それこそとどめを刺してしまうことになる。それだけは避けたかった。
ここで一つの疑問がジョーカーの頭の中をよぎる。
和音たちはもともとこの場所にいたので、攻撃対象になるのはわからなくもないが、あとからやってきた慧たちを『敵』として判断する材料はどこにあるのか、と。
そこでジョーカーは思い出す。自分たちは、『メール』によってこの場所に導かれたのだと。
疑問を解消すべく、ジョーカーは尋ねた。
「それにしてもわからないな。君が我々を敵と判断する材料はどこにある?通りすがりの一般人ではないことがどうしてわかるのだ?」
「そんなのわかんだろ?犯罪者は、どこまでも追跡する。それだけだ。お前たちは『二週間前の大規模な戦闘』であの場所にいて、かつ、破壊活動が確認された人物、ということでリストアップされているんだよ」
それを聞いて、ジョーカーの頭の中には嫌な予感がよぎった。
二週間前にあの場所にいて、今この場所にいなかった人物がいる。慧が同行を許可しなかったからこの場所にいない人物がいる、と。
(これは、あまり長引かせるわけにはいかないかもな)
ジョーカーは一つの作戦を思いつく。
(少々荒っぽいが、一般人を人質にとるか……)
ジョーカーは、その作戦を実行に移すべく、地面に落ちていた、詩の召喚した拳銃を拾う。
そして、人質を探して、その場所から離れていった。
「おい、待て!どこに行く!」
案の定、瞬は追いかけてくる。
しかも、速い。
あっという間に追いつかれ、電撃を浴びせられる。
(ちょっと、無理があるか……)
ジョーカーは思った。
しかし、偶然にも、工場からそう離れていない、建物の陰に、一人の女の子の姿が見えた。
(なんであんな所に?まあいい。好都合だ)
ジョーカーは方向を変えると、その女の子の元へと急ぐ。
ジョーカーは知らなかった。
彼女の名前は神山菜種。瞬が工場に現れたとき、孝樹が真っ先に逃がした女の子だった。
ジョーカーは逃げようとする菜種を強引につかみ、瞬に見せつけるように拳銃をその子に突き付けた。
それを見た瞬は明らかに動揺していた。
しかし、何かがおかしかった。
「お兄ちゃん……」
その子が泣きそうな顔をしながらつぶやいた。
「菜種、どうしてここに?」
瞬も動きを止めた。
菜種は瞬の妹だった。
「ふははははっ。何だか知らんが、兄弟だったとはな!」
ジョーカーは笑った。
瞬は混乱しているのか、言葉が出なかった。
そして、最初に言葉を発したのは、妹の菜種だった。
「もうやめて。もうやめてよ、お兄ちゃん」
彼女は言った。
「私は心配してたんだよ。私はお兄ちゃんが傍にいてくれるだけで良かったのに」
「ただ……ただ、俺は菜種を守ろうとして……」
その話をジョーカーが遮った。
「すまんな。妹を守りたかったら、おとなしく言うことを聞くんだ。悪いようにはしない。俺を信じろ」
瞬は、それを聞いて叫んだ。
「信じられるか!早く菜種を解放しろ!」
「お兄ちゃん!」
ジョーカーは、そのセリフを待っていた。
「仕方がないな」
ジョーカーは、菜種から手を放す。
菜種は瞬の方に向かって走り出す。
そして、ジョーカーは、菜種の背中に向かって拳銃を向けた。
「やめろおおお!!」
瞬は、妹をかばうようにして、菜種に抱きつき、自らが盾になった。
もちろん、βイグニッションを解除しなければ、銃弾は貫通して妹に命中するどころか、自らのまとった電撃で、妹を傷つけてしまう。
だから、瞬はβイグニッションを解除した。
だから、瞬の体に銃弾は着弾し、瞬は叫び声を上げながら、地面に倒れた。
最後までその身を案じていた妹は、皮肉にも、兄の体に残った僅かな電撃を浴び、気を失った。
「素晴らしい兄弟愛じゃないか」
その場に立っていたのはジョーカーだけだった。
「悪く思うな。俺は……悪魔だ」
純は仮面を外し、その場を立ち去った。
◇◇◇
静かになった戦場で、ただ時間だけが過ぎていた。
しばらくすると、慧が起き上がる。
「一体どうなったの?」
慧の隣には、純が座っていた。慧は純に尋ねた。
「わからない。俺が目が覚めた時は既にこうなっていた」
純はあの後、瞬と菜種を、この場所まで連れてきて、誰かが起き上がるのを待っていた。
「これから、どうする?」
純は尋ねた。
慧は辺りの惨状を見て、答えた。
「とりあえず……救急車を呼んだほうがいいのかな?まあ、病院の方は、父さんのつてで、昔からよくしてもらっている医者がいるから、何とかなると思うけど」
「そうか。それなら良かった。じゃあ、おれは学校に向かう」
ほのかたちが心配だった。
瞬の話が本当なら、学校にいるほのかや真美も攻撃対象だからだ。
「へえ。もう体の方は大丈夫なの?」
「まあな。俺は丈夫だからな」
そんな会話を交わしながら、慧は、再度辺りを見渡して、首をかしげた。
「それより。刻くんは?居ないけど」
「さあな。いつの間にかいなくなってた」
それは事実である。
いつの間にか刻は姿を消していた。
純がこの場所を離れたときに、いなくなったと考えるしかなかった。
そうこうしているうちに、次々と周りの人の目が覚める。
慧は立ち上がると、みんなに告げた。
「とりあえず、救急車は呼んである。念のために、詩ちゃんとひかるn……くんはここに残っておいて。ボクたち二人は、学校へ向かう」
「お前も来るのか?」
「もう体の自由も効くし、大丈夫だよ」
慧は柔軟体操をして見せた。
「わかった」
「さあ、行こう」
こうして、純と慧は学校へと向かった。
◇◇◇
研究所にて。
火渡刻は、自力で研究所に戻って、キョウジュにありのままのことを話した。
「ご苦労だった。神山はどうした」
「おそらく、敵につかまりました」
刻は、戦闘の最後までは見ていない。しかし、戻ってこない所をみるとそう判断するしかなかった。
「そうか。下がってよいぞ」
キョウジュは言った。
刻は最後に口を開いた。
「進言します。援軍を送るのを考えておられるのならば、やめた方がいいと思います。負けたとはいえ、あいつらはそれほど危険なやつではないと思います。このまま様子見を」
「それは、彼らがお前の幼馴染だから……か?」
キョウジュは言った。
「知っておられたのですか?」
「当然だ」
キョウジュはつづけた。
「それに、そういうことはお前が考えることじゃない。心配するな。もうすでに近衛、清浦、泉の三人が神箜第二学園に向かっている」
「そんな……。今すぐ中止を!どうしてもと言うのならこの俺が!」
「その必要はない」
その時、研究員たちが、不自然に刻の周りを取り囲んだ。
刻は怪しいと思いながらも、何も仕掛けてこないので、どうすることもできなかった。
それと同時に、キョウジュに向かって、ずっと気にかかっていた『あること』を口にした。
「あとひとつ。水沢博士の行方はご存知ですか?この研究所に監禁されているという話が……」
「そうか」
突然、刻の周りの研究員が、拳銃を構え、刻に向けていた。
このとき、刻の疑惑は、確信へと変わった。
この研究所には、秘密がある、と。
そして、慧の言っていたことが正しかったのだと。
「キョウジュ。一体、いつから研究所は武装集団になったんですか?」
「ずっと前からだよ」
キョウジュが合図を送ると、刻を囲んでいた研究員たちの数人は、一斉に刻を拘束し始めた。
「そいつはもう実験サンプルとして役に立たないだろう。処分しておけ」
「くそっ!これだから大人は!やめろ。俺に触るな」
刻はどうすることもできなかった。刻は拘束されその腕に注射器をあてがわれる。
「やめろ。何をする気だ。うわあーっ!」
刻の意識は遠のいた。
◇◇◇
研究所に光のマテリアル、双葉真矢が訪れた。
「本当はお前がいけば良かったものを」
「ごめんなさい、キョウジュ。私はあんまり力を使いたくなかったから」
それを聞いて、キョウジュは不敵に笑う。
「そうか。まあ、今はそういうことにしておこう」
真矢が去った後、キョウジュは不気味な笑いを浮かべた。




