第八章3 『雷炎の襲来③』
巨大な二つのエネルギーがぶつかり合うその衝撃に、純は慄きながらも、次第に歓喜していった。
(これが……これが、俺の求めていた力、魔界の門を開くに足るエネルギー。まさか他でもない人間界にこんな力が眠っていたとは……)
そして、彼は改めて思った。
(是非とも、敵ではなく、味方として、その力を利用したいものだ)
純にとっては、慧の父親や研究所の方針などどうでもよかった。彼は悪魔である。ただ、魔界の門を開くだけのエネルギー源、そうなるだけの、利用価値があるかどうか、全てはそれだけだった。
だが、慧にとっては、元素融合体は父親へとつながる重要な手がかりであり、そんな慧は、光流たちにとって、困っている幼馴染であった。
そんな彼女たちは、純の裏の顔も露知らず。
慧は目の前に立ち塞がる一人の男、火渡刻を冷ややかな目で見つめている。
先程の刻が発した炎は、しばらくは彼の右手に宿っていたが、次第に落ち着いて消えていった。
「これは驚いた。元素持ちがいたとは。しかも、水とは実に相性が悪い」
刻は、慧を見てそう言った。
「そんなこと……言ってる場合じゃない!」
慧は叫ぶ。
「刻。お前は知っているのか?この力の仕組みを」
「知るか、そんなもん!そんな難しいことわかんねえよ!バカにしてんのか!」
「じゃあ、降参して?」
「……」
刻は何も言わなかった。
慧は、チャンスだと思ったのか、ちょっと借りるね、と、純の手から拳銃を奪うと、それをポケットにしまって、刻の方へ向かって歩き出す。
一歩ずつ進むたびに、地面にできた水たまりが、水滴を跳ね上げ、波打っていた。その音が、決断を迫るカウントダウンのようにあたりに響いた。
「……降参はしない!」
「……今一瞬迷ったよね?」
慧は間髪を入れずに返した。
「うるさい!俺を降参させられるほどの強さがあるのなら、力づくで降参させてみろ!果たして、お前にどこまでできるかな?」
刻は、もう一度手を横に振る。慧は刻まであと三メートルほど、というところで、大きな炎に包まれた。しかし、水の元素を操る慧にとって、それは目くらましにしかならない。あっという間に鎮火される。
もう一度、開けた目の前を確認するも、そこに人影はなかった。
刻の姿が消えた。そして、慧の目の端に映るゆらりと揺れる一つの影。
「そこかっ!」
慧は右側に向かって拳を振り下ろす。
狙い通り、確かに、刻の姿はそこにはあった。
しかし、刻の動体視力は慧のそれをしっかりと捉え、難なくかわす。彼はその隙に慧の懐へと潜る。
「ごめんな……」
そう呟きが聞こえた後、めりっ、と音がして慧の腹部に重いものがめり込んだ。
「ぐっ……あ……」
慧は、地面に跡をつけながら、後退した。苦しそうに呼吸をする。だが、倒れはしなかった。
それに驚いたのは刻の方。腕っぷしには自信があったのか、ひどくあわてた様子だった。
くそっ、っと悪態をつきながら、もう一度慧に向かって拳を振り上げる。
だが、二度目は空を切る。
慧はそれをしっかりとよけたのだ。よけながら左手でその突き出された腕の手首をつかむ。そして、右手は刻の胸ぐらへ。背中を向けてその体を乗せ、そして思いっきり振り落した。
背負い投げだった。
「刻。これは昔キミから教えてもらった」
そう言いながら、腰にしまった拳銃を取り出して突きつける。
「今ここで炎を出すと、暴発しちゃうかもね。だからやめてね」
慧は刻に向かって言った。
慧は落ち着きを取り戻すかのように深く息を吸った。
「要求その一。今すぐ戦闘を中止させること。そして要求その二。研究所の場所を教えること。できなければ、……どうしちゃおうかな?」
慧は拳銃をさらに押し付けて、返事を促す。
しかし、刻の返答は小さな声だった。
「どうして、お前らなんだ……」
「ん?」
慧は聞き返す。
「どうしてお前らなんだって言ってんだよ。俺の強さはこんなもんじゃない!お前らが相手だといつもの調子が出ない!」
そう叫んで、刻は慧の腕を掴み、捻る。その隙をついて、足を使って慧を横に押し倒すと、今度は刻の方が馬乗りになった。
「なぜ、そんなに強さに固執するの?」
立場が逆になりながらも、慧の瞳はしっかりと据わっていた。
刻も面白くないのか、なんだかイライラしているようだった。
「俺が強さに固執するのには理由がある。小さい頃は、俺はお前らみたいに頭の回転が速くなかった。だから、幼き日の俺は己の強さこそが、大人に対抗する唯一の手段だった。それは今でも変わらない。強くあることがおれの存在証明であり、誇りであり、行動原理だ。そんな俺の強さを、研究所は、キョウジュは、認めてくれている。だから俺は……ここにいるんだ」
「だから、何?」
慧は涙を浮かべていた。
「そんなの関係ない。もし、父さんが死んでたら、お前たちのせいだからな。父さんが死んだら、家族を支えるものがなくなっちゃうじゃないか……」
それを聞いて、刻は黙った。
「いいから降参して、ボクたちに協力してくれないか?」
刻は迷っている様子であった。そこに、一人、光流が声をかけた。
「刻。聞こえるか?」
光流は刻に語りかける。
「お前は十年前、子供にしては異常なほどに強かった。そして、その強さを必要としたのが、クロであり、守護神だった。お前はただ、自分の強さを生かせる居場所を探しているに過ぎなかった。誰しもみな、自分が必要とされている場所は居心地が良いものだからな」
「うるさい!」
不安の表れなのか、自然と声が大きくなる。
「もとをたどれば、光流、お前があの日、あんな危ない場所に行こうとしなければ、クロは死なずにすんだんだ!そしてら、俺たちの守護神はあんな形で崩壊はしなかった!お前の自分勝手な行動で、どれほどのものが失われたか……」
光流は黙ったままだった。
「何か言えよ!光流!」
光流が口を開いたのはしばらくした後だった。
「俺は……愚かで、わがままで、無価値だ。同じ過ちを繰り返すし、なんの成果もあげられなかった。その事実を否定もできないし、自分から否定するつもりもない。でも、俺は思った。俺は開き直るしかない。クズはクズなりに、自覚しながら、歩いていくしかないんだ!だって、人間ってそう簡単には変われない!」
光流のその言葉に何を思ったのか、刻は再び火を灯す。
「紅格子、弾けろ炎!」
整然と空中に並んだ多数の火の玉が、光流を襲う。しかし、光流は動じない。
「成長しろ。火渡刻」
光流は携帯電話を取り出す。
「そして、これが成長というものだ」
画面が光り、光流の口が動く。
「詠め。その正義のために、無二の形が必要ならば、名を与えよう。喰らって、邪を打ち滅ぼす力と為せ。現実召喚。名は『蒼き焔炎の青龍』!」
巨大な青い龍が、空を覆い、その吐息にあたりの炎は青く変わった。
「炎夢」
刻の赤い炎を光流の青い炎が包み込み、刻の視界は青く染まった。




