第八章2 『雷炎の襲来②』
神山瞬が孝樹の携帯電話から送ったメール。
それは、仲間の危機を伝える文面とともに、彼らを助けるために向かうべき場所が指定されていた。罠か、挑戦か、それとも驕りか。その場所は孝樹たちのいる廃工場の近くだった。
メールは確かに各々に受信された。
ちょうどそのとき、連城ほのかは生徒会室にいた。その隣に、興味深そうに生徒会室のパソコンを覗き込んでいる慧の姿も確認できる。ほのかが文面を見て驚き立ち上がると、同じく室内にいた真美たちの注目を集めた。
一方で、同じとき、天野光流は江崎詩とともに行動していた。二人がいるのは人気のない開けた空き地。光流はその場所で召喚していた『あるモンスター』を元に戻すと、詩と二人で顔を見合わせる。
彼らはメールの文面を見ると、すぐに『指定された場所』へ向かった。
慧にとっては元素融合体との接触が目的である。光流にとっては進んでいく理由はなかったものの、詩に急かされてその場所へ向かうことになった。
そして、もう一人。
そのメールは、真島純の元にも届いていた。少しずつ自身のメッキをが剥がれていくのを感じ、鬱憤を溜めている真島純。彼のとる選択肢は一つだった。
真島純はそっと携帯電話を閉じる。その表情は堅く、唇はキュッと結ばれていた。
「どいつもこいつも、鬱陶しい。実に不愉快だ。俺が築いてきたものを壊させはしない。元素融合体をぶっ潰す!」
こうして、彼らは廃工場へと向かうことになった。
◇◇◇
廃工場。
辺りに人の姿はなく、時折風に吹かれて古く寂れた建物や機械がギーギーと音を立てる。
純が指定された場所につくと、そこには一人だけ姿を確認できた。水沢慧だった。
「やほ。やっぱり来ちゃったんだね、君も」
慧は純の顔を見るなり、そう言って悲しそうな表情を浮かべた。悲しい顔をする理由が純にはわからなかった。慧は顔を純から工場の方へと戻す。しかし、視線は若干下向きだった。
「悪いか?」
「悪いさ。できれば帰ってほしいかな。ボクはほのかや真美と一緒にいたんだけど、同行したいと言う彼女たちを置いてきた」
「足手まといだからか?」
純の言葉に、慧は今度は困った表情を浮かべる。
「はは。そんな直接的な表現を言われちゃ……。ただ、大切な人を守りたいって理由じゃダメかな?」
「心配しなくても大丈夫。最前線には立って戦うほど勇気はないよ。戦うのは力を持つ君たちの役目だ。俺の役目は生徒会長として培った、行動力と交渉力だ」
「あら、それは頼もしい。じゃあさ、早速だけど、今のこの状況を分析してもらえるかな?」
彼女は言った。
その状況を見れば彼女が一人で待っていた理由がわかる。何もなかったのだ。
敵はおろか、孝樹たちもおらず、まして、争った形跡すらなかった。
「妙だな。それで一人では何が起こるかわからないから、他の人たちの到着を待っていたわけか」
純はそう言った。慧はうなづく。
しかし、それがわかったからと言って、純もすぐには行動を起こせない。モンスターを召喚する光流の力か、せめて、武器を召喚する詩の力があれば……、と考え、もしそれが叶わないのならば……、と考えた。
そんなことしていると、ひとつ足音が聞こえた。思わず身構える。
二人で振り向くと、目に入ったのは詩の姿。その後ろには光流もいた。光流はやけに小さく見えた。先の暴走事件が起きてからそう時間がたっているわけではない。やはり、彼はそのことがまだ気にかかっているのかもしれない。
「お、おう。真島。それに水沢……」
二人の姿を見て、改めて確認するように光流はそう口にした。
「む。なんか元気ない。ひかるん、どしたの?」
慧が率直に尋ねた。しかし、すぐに合点が言ったように声を張り上げる。
「あ、わかった!……髪型変わってる?髪切った?」
慧の的外れな答えに、あたりの雰囲気が変わる。
「いや、なんか、ちょっと……。どう考えたらそうなるんだよ。っていうか、元気がない理由が髪を切ったことなら、それカットに失敗してるってことじゃん」
「うん、そうだよ。だって、ひかるん変な髪形じゃん」
「悪かったな!もともとだよ!それと、『ひかるん』って呼び名禁止な!」
「えーなんで?せっかく和音から教えてもらったのに……」
「アイツのせいか……」
光流は面倒臭そうに髪をいじりながら、溜息をついた。慧は口を尖らせる。
「やっぱり元気じゃん。心配して損したかも」
「なんか言ったか?」
「何でもないですよ、ひかるn……くん?」
若干語尾が怪しい感じになりながらも、慧は呼び名を変更していた。
二人の会話が終わったところで純が間に割って入る。
「まあいい。とりあえず情報分析だ。目的は孝樹や和音たちの捜索。今いるのは四人。手当たり次第に探してもいいが、気になるのはこの静けさだ。何かの罠かもしれないここは慎重に行こうと思う」
「了解しました」「了解した」「わかった」
各々に返事をする。
「江崎。君は拳銃を一つと大きめの盾を一つ召喚してくれると助かるのだが。できるか?」
「わかりました。現実召喚」
召喚は手慣れたもので、あっという間に、拳銃と盾が具現化した。純はそれを両手に持つ。深呼吸を一つ。他の三人を見渡すと、みんな準備ができたように真剣な顔つきになる。
すると、それを待っていたかのように、近くでドン、という低い音がした。それっきり、また静寂が辺りを覆い、得体のしれない不気味さが漂ってた。
「何だ」
音のした方向を見る。あったのは扉のしまった建物。
「あっちだ。行って……みるか?」
「うん……」
改めて盾を構え直した純は、辺りを警戒しながら建物の扉の前まで行った。耳を澄ますが何も聞こえない。細く隙間を開け中を覗くがよくわからない。意を決して、重い扉を開け、四人は中へと入っていった。
次の瞬間。
壮絶な熱風が純の顔へと当たる。おかしい、と思った次の瞬間には、目の前には真っ赤な炎が見えた。
鳴り響く轟音。変形する扉。黒く煤こける壁や地面。四人はその勢いに吹き飛ばされて、空中を舞った後、先ほど立っていた地面に激しく叩きつけられた。
横たわる四人。そんな純たちを見下ろすように、建物の中から影がひとつ現れた。
火渡刻だった。
「刻……」
最初に立ちあがったのは、慧。慧の目は彼を見据えていた。
「水沢慧?何の因果があって、俺はこう何度も幼馴染と顔を合わせにゃならんのだ」
刻は慧を見て、光流を見て、詩を見て、そう言った。
「ボクも驚いたよ。本当にキミが研究所の手先に成り下がっているなんてね」
黒く汚れた服をさすりながら、慧は憎らしく言った。刻も負けてはいない。
「何か勘違いをしていないか?『成り下がっている』とはひどい表現だ。正義のヒーロー……とまではいかなくても、俺は『悪』を討伐する側の人間だと自負しているわけだが」
「『悪』なんて立場が違えば変わるものでしょ。現に父さんを監禁したまま返してくれないのは研究所側の方で、ボクにっとっての『悪』は、キミたちだ」
その言葉に、戸惑いの表情を見せたのは、刻の方だった。
「父さんを監禁?そんなのは知らんが。それは事実か?」
「事実だよ。少なくとも今のボクにとってはね」
それを聞いてか、刻は何かを考える表情をした。
「ふむ。確かに、君の父親、水沢隆一が研究者で、この元素融合体計画に関わっていたことは知っている。しかし、途中から研究を指揮するトップの人間が変わった。それ以降、水沢博士の消息は知らない」
「トップが変わったと言ったな?そいつは誰だ」
「残念だがそれも知らない。トップが変わって体制も変わったんだ。会うことがないから顔も知らない。ただ、名前は、他の研究者が彼を『キョウジュ』と呼んでいるので、俺たちもそれに倣って『キョウジュ』と呼んでいる。それだけだ」
「そいつだ。父さんはそいつを説得しに行って、帰ってこなかった」
慧は決めつけるように言った。刻もそのまま口を閉ざす。
「……なるほど。それで、君は俺たちを目の敵にしているわけか。でも、俺たちの目的はこの世界の安全。こちらとて、このまま何もせずに帰るわけにはいかない。君たちの持っているその力をおとなしく渡してくれれば、何もしない。君の父親の件は調べておこう。どうだ?」
慧は刻を睨みつける。横で話を聞いていた純は、会話に割って入る。
「はは、残念だったな。一つだけ間違っている。俺たちは安全を脅かす立場じゃない。キミたちと同じ安全を脅かすものを駆除する立場だ。ただ使う力が同じであるだけだ」
「それでもだ。そんな言い分は認めない」
「まあいい。仮にそうだとしても、彼女の父親が帰ってこないということは、研究所には君たちの知っている目的以外の何かあるということだ。やっぱり渡すわけにはいかない」
「そうか。本当は話し合いで終わらせるのがベストだったんだが。では、その力とやらが、どれほど危険か、あるいは危険じゃないか、この目で確かめさせてもらおう」
刻はその右腕を真横に振る。
「炎華業王剣。染め上げろ、紅蓮の斜光!」
刻の腕からまっすぐに伸びた真っ赤な炎は、その勢いを衰えさせることなく瞬く間に広がる。押し寄せる熱気。眩む建物の輪郭。気が付くと、辺りはすでに火の海だった。
光流たちはその熱さに思わず顔を腕で隠した。
慧の口が動く。
「散り舞い踊れ、水龍!」
辺りに立ち込めていた熱気は消え、代わりにその頬にあたるのは、小さな水しぶきだった。
慧たち四人の周りの地面だけが、きれいにその炎を消す。
それを見て、刻は驚いた表情を見せた。
一方で、純も別の意味で驚いていた。
「……これが、元素融合体同士の戦いか」
純は呟かずにはいられなかった。




