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第七章5 『浅海葵の思惑』

うぅー、うぅー、と低い唸り声が誰もいない学校の裏庭に響く。


それは、天野光流の口から発せられる音だった。彼は裏庭にある小高く積まれた、粗大ごみにも見える木片の上に腰掛けていた。それは大分前からその場所に放置いされていて、地面に近いところは既に土にまみれている。そんな場所。


そんな場所で、天野光流は一人ぼっちだった。


誰にも彼にも、当然一人になる時間は必要ではある。それは自分が自らの足を前に進めるための一つの口実。しかし、彼は違った。彼は道を誤った。その、彼自身が抱えた大きな爆弾を隠すために、人との接触を避けているだけだったのだ。しかも、その爆弾と言うのも結局は張りぼてだったという事実。爆弾の形をした、ただの風船だったのだ。それを他人の言葉という小さな針でつつかれて、呆気なくしぼんでしまった。


そのわずかに残った『空気』を保つために、彼は『他人の言葉』を拒絶していた。


思い返すと、光流は暴走事件を起こして以来、一度も女神の力を使っていない。自分がしたことを思えば、当然のことだと考えていた。もちろん、これからも積極的に使う気も起きなかった。ならば、と脳裏によぎる『契約解除』の四文字。幸い、光流が力を失っても、分散された力は個々で独立しているため、なんの影響もない。


けれども、決心がつかなかったのは、その『力』こそが、光流の唯一の優位点だったから。それを失えば、彼は他に何も誇れるものがない。それが怖かったのだ。

携帯電話を持つ手が震える。

それを感じ取ったのか、女神は優しく声をかけた。


「光流サン。暴走ガ起コッタノハアナタノセイデハアリマセン。数多クノ人間カラ、アナタヲ選ンダノハ私デス。システムノ全容ヲ把握デキズニ、暴走ヲ許シテシマッタノモ私デス。全テノ責任ハ私ニアルトイッテモ、過言デハアリマセン。ソレニ、今マデ一緒ニ行動シテキタカラワカリマス。アナタハ人ヨリモ、少シ頑張リヤサンナダケデス。デスカラ……」

「もういいよ」


携帯電話から漏れ出てくる女神の声に対して光流は制止をかける。いくら他人に慰められても、彼の犯した事実は変わらない。むしろ、慰められると余計に惨めな気持ちになった。それは女神は決して光流を責めないとわかりきっていたから。発せられた言葉が、彼女の本心だとしても、嘘だとしても、その言葉に少しでも耳を貸した時点で、それは光流にとって一つの敗北だった。


光流はまたひとつ溜め息をつくと、下を向いた。

ふと、彼の耳に小さな足音が届いた。この場所に来る生徒はそうはいない。それはしばらくすると止まり、暫しの沈黙のあと、小さな掛け声へと変わった。


「あの……」

その声に光流は覚えがあった。無意識に体が震える。見つかってしまった、と。他人との接触を避けてこの場所にいる今の光流にとって、この出来事は予想以上の衝撃だった。自分でもビックリするくらい、自身が弱くなっていた。覚悟を決めて顔をあげると、そこにいたのは江崎詩だった。詩が申し訳なさそうに、ひょっこり顔を出していた。

「な……なんだ、詩か」

震える声で光流はそれだけを話す。


「すまないが、一人にしてくれ」

光流はそっけなく突き放す。

「あ……その……」

詩の方も言葉が続かなかった。彼女は昔から饒舌な方ではない。影が薄い、といわれるような立ち回りで、何をするにも奥手だった。そして、今もそう。けれども、何かを言おうとしている様子はうかがえる。言葉にならない音を発しながら、せわしく表情を変える。はたから見れば、実に奇妙な光景だっただろう。

とうとう、業を煮やした光流の方が次の言葉を発した。

「他に何か言いたいことがあるのか!」

光流の方も限界だった。自然と力がこもる。詩はそう言われると、少し顔を背けた。そして


「元気……出してください」


と、詩は小さな声でいった。


「はぁ?」

何とはない言葉だったが、それを聞いた瞬間、何故か体の力が抜けた。

けれども、すぐに身構える。そんな反応しかできない自分に光流は心のなかで泣きそうになった。

「私も責めてないですし、他の人もきっと……」

詩はそう続けたが、光流は顔を下に向けたまま、歯を食い縛るだけだった。

「言いたいのはそれだけか?わかったから、早く一人にしてくれ!」


耳を塞ぎたくなる衝動に駆られながら、光流は叫んだ。気持ちを汲み取ったのか、詩は口をつぐむ。少し間をおいたあとだった。優しい口調で詩は再び言葉を発した。


「……どうしてそんなこと言うんですか?そんなの悲しいですよ」


光流は何も言わなかった。


「いいですか?他人の気持ちなんて、そう簡単にはわからないと思います。だから、私も光流くんの気持ちは残念ながら分かりません。でも、一人で塞ぎ込んでいる人を放っておくこともできないんです。それで、一生懸命考えたんですけど。やっぱりダメで……。こんなこと言って良いかわからないですけど、光流くんは、もっと他人のせいにしてもいいと思います。他人のせいにするのもそれはそれで、一つの立派な方法だと思います」

「他人の……せい?」

「そうです」

「そんなこと……そんなこと言って良いのかよ。そんなこと言ったら、変な能力を使った悪魔が悪いし、孝樹が俺にたてついたのが悪いし、詩が俺に反抗したのが悪いし、ほのかが孝樹たちを勝手に集めたのが悪いし、女神が俺を選んだのが悪いし、そもそも、十年前にクロが死んだのが悪い!」


光流はどこか自暴自棄な様子で言った。実際、彼は自暴自棄になっていたのかもしれない。思い通りにいかない日々。誰かに指示されて、使われるのにはなんだか不服で、かと言って、人の上に立って指示を行う立場になると、途端に反発を食らう。そんな葛藤を抱えながら、光流は周りの人間を恨まずにはいられないのであった。けれども、詩の口から出た言葉は意外なものだった。


「はい、良くできました」

「おいおい。俺は小学生か?」


詩はにっこりと笑うと、光流の方に近づいてくる。隣に座っていいですか?と確認をとると、ヨイショっと光流の隣に腰を下ろした。


「良かった。これは私の自分勝手な行動なんです。私は引っ込み思案ってよく言われて、周りにいいように振り回されてると思われがちだけれど、私はみんなが楽しそうにしているのを見るのが、本当に楽しみなんです。もちろん、みんな、というのは守護神のメンバーのことですよ。だから、十年前はそれはそれは楽しい日々でした。今もそうですよ。でも、みんな昔みたいに子供じゃないし、達観というか、諦観にも似たような感情を抱いてしまっています。それが残念でならないんです。だって、みんな未熟でいいじゃないですか。それぞれ足りない部分があってそれでいて、足りない部分をカバーし合う。私の目から見て、昔の守護神はそんな感じでしたよ。欠点は欠点のままでいいんです。それを補う長所があれば」


「じゃあ、聞くけど、俺の長所は一体何なんだ?」


「それは、光流くんが女神さんに魅入られた理由を考えれば、自ずとわかると思いますよ。チェーンメールを受け取った多くの人間の中で、彼女が光流くんに最初に力を与えたのは決して偶然ではないはずです。他の人にはない『何か』を持っていたんですよ」


光流の位置からは、詩の表情ははっきりとは見えない。彼女の方も、まるで独り言を呟くような感じで話していたため、わざわざ光流に反応を確かめるようなことはしなかった。

二人の間を小さな風が吹き抜け、小さな土埃があがる。よく見ると、詩はそれに合わせるように、ゆっくりとしたスピードでリズムを刻んでいた。それはゆらゆらと揺れる。時折、彼女の表情が少しだけ変わっている気がした。


「それと、私がここに来たのはもうひとつ大事な話があるからです」

「話か?何だ?」

「はい。前島弥彦って男の子覚えてますか?」

「……小学生のあいつか。それがどうした?」


詩は携帯電話を取り出して、光流に見せる。ライトアップされた詩の携帯の画面には、ロボットが写っていた。それは弥彦がしきりに召喚を行っていたロボットだった。詩がボタンを操作すると、その画像は動画として動き出す。


「これは、その子が召喚した、モンスターです。ギガレイヤーって名前をつけていたと思います」


詩は光流の反応を待ったが、何も返事がなかったので、仕方がなさそうに続けた。再び操作を行うと、映像が切り替わる。


「私が気になるのはその動きです。もしかしたら、結構重要な発見かもしれません。見てください。弥彦くんが大蛇に吹き飛ばされる前後で、明らかに動きが違います。これが吹き飛ばされる前、そしてこれがその後です」


そういう彼女の手元の映像には、ギガレイヤーが大蛇と戦っている様子が写し出されている。この映像自体は光流は初めて見るものであった。禍々しい大蛇の姿。光流が起こした騒動のひとつだった。それを実感して表情を固くする。

けれども、詩が伝えたいその事ではないはず、と、もう一度じっくりと観察する。するとひとつ違和感を覚える。一言で言えば、動きが細かくなって、繰り出す技も多彩になっているように思えた。操作するのは召喚者、そんな常識を考えると、何だか違和感があったのだ


「技のバリエーションもそうですが、ギガレイヤーは操作されていると言うより生きている感じなんです。そもそも、行方不明になった弥彦くんをギガレイヤーが救出したところから変です。モンスターが召喚者の意思通りにしか動かないのなら、姿がお互いに見えない状態で場所がわかるはずがありません」


詩は思い出すようにして話した。


「つまり、どういうことだ?勝手に動いていた、と言いたいのか?」

「はい、そうです。弥彦くんに話を聞くと、『名前を呼んだらギガレイヤーが来た』と言ってました。そこで私は考えたんです。名前をつけることで、モンスターは意思を持つのではないか、と。私の知っている限りではモンスターに名前をつけているのは弥彦くんだけです」


モンスターが意思を持つ、それが意味するところは確かに重要かもしれない。召喚したモンスターが自分の支配下にないということは、味方としては強力で、敵としては厄介。諸刃の剣。そんな言葉が脳裏によぎる。

名前をつける、という行為を以前考えなかったわけではない。けれども、それを重要視しなかったのは事実。『女神の力』にはまだまだわからない未知の部分がある、そんなことを改めて実感していた。

詩はそこでやっと言葉を発した。しかし、それは光流に向けられたものではなかった。


「女神さんはこのことを知ってましたか?」


詩はそう言った。


「申シ訳アリマセン。知リ及ビマセンデシタ。ソノ事案ニツイテハ完全ニ肯定ハデキマセンガ、否定モデキマセン。早急ニ試シテミルベキカト」

「それは……ちょっと待ってください」


女神の返答に詩はストップをかけた。


「仮にモンスターが意思をもった場合、手に負えなくなる可能性があります。慎重に行動すべきだと私は考えます」


詩はそう言って立ち上がると、光流の前へと立つ。


「だから、私はここに来たんです。手伝ってくれますね、光流くん?」


まっすぐと光流へと伸ばされたその手は、光流の新しい導き手になるような気がした。


◇◇◇


同時刻

人気にない狭い裏通り

その場所でもう一組の男女が顔を会わせていた。けれども、それはお互いにとって喜ばしいことではなかった。真島純にとっては、目の前の女は、純の計画の障害になる可能性が最も高い邪魔者で、現時点で純の正体に勘づいている数少ない人間。

一方で浅海葵にとっては、目の前の男は、何か裏を抱えた危険人物で、本人自身、人間離れした身体能力を持つ人間ではない『何か』。


「わざわざそっちから呼び出してくれるなんて、こっちから探す手間が省けたぜ」


挑発にも似た口調で、純は話しかけた。そこには殺気を纏った真島純がいた。それこそが彼の本当の姿、そんなことを再認識させる。葵はそんな純と一定の距離を保ったまま、緊張を解くことはなかった。


「まあ、一応こちらとしても相応の危険を冒してるのだし、有用な情報交換ができることを望むわ」


そう言いながら携帯電話をかざすと、ゴゴゴゴという低い音が聞こえ始めた。それが何の音なのかは純は察しがついていた。彼女が以前純たちと話をするために何をしたのか、それを考えれば答えは明白だった。


「嘘つけ。はなっから、あんたとまともに話ができるとはこっちも思ってないよ。でも、俺が人間じゃないことを隠さなくていいから、その点は本当に助かるね!」


その言葉が示す通りに、人間離れした脚力で純は一直線に葵のもとへと向かった。床を蹴ると同時に、地面が下へとへこむ。もちろん素直にはターゲットには辿り着かせてはくれない。葵の方も鉄骨、鉄パイプ、ドラム缶、様々なもので障壁を作る。しかし、彼には効かない。右手のパンチ一発で粉々に砕け散る。


一方で、純の足には数多の紐が絡み付く。それはそれで厄介ではあったが、純の動きを止めきる前に、彼の右手は既に葵のもとへと辿り着いていた。ニヤリと笑みを浮かべつつ、首へと手を伸ばすが、何故か彼の右手は空を切った。正確には、彼女を通り抜けた。


「映像……?」


すぐにその事に気づいたが、その頃には既に彼女の次の仕掛けが発動していた。

彼女が立っていた場所は、丁度十字路の交差する場所に当たるところで、先ほど純がいた場所からは見えない横方向に開けた場所があった。

しまった、と思うと同時に、バンという音が響き、凄まじい風を感じると共に足が地面から離れる。彼が見たのは、巨大な空気砲装置。風圧に耐えきれずに反対側の壁に叩きつけられると、そこには粘着性のものが貼られていた。一度張り付いた場所はどんなに力を入れても離れなかった。


「あなたが人間じゃないから本当に助かるわ。装置に手加減しなくていいから」


スタスタと歩み寄ってくる浅海葵は、純の無様な姿を見て言った。


「最近は何だか血の気が多いようね」

「誰のせいだと思ってる?やっぱり初めて会った日にお前を始末しておくべきだったよ」

「あら?あのときは、わざと逃がしてくれたのだと思ってた」


壁に張り付いた純の体には、鉄屑などの小さな破片が突き刺さっている。しかし、純にとっては気にならないのか、痛がる様子もなかった。


「お前の狙いはなんだ?わざわざ神箜第二学園の制服を着て学校に潜入したりして。お陰で浅海葵という生徒を見つけようと、学校中を探し回った俺がとんだ無駄足を踏んだじゃないか」


「そりゃ残念だったわね。でもね、あなたが私について知りたいように、私もあなたのことが知りたいの」

「俺のことは知ってるじゃないか?俺は人間じゃない、それだけで十分だと思うが」

「私が知りたいのはそういうことじゃないの。まあ、素直に話してくれるとも思ってなかったけど。まあいいわ。次は私の番ね。多分あなたは私が何者かは聞けばすぐにわかるはず。ヒントはこれ」


彼女はポケットから一枚の写真を取り出した。そこに写っていたのは二人の少女。


「これは小さい頃の私。そして隣に写っているのは連城ほのか。そして、私は彼女に昔はこう呼ばれていたわ『クロ』と」


純はすぐに納得がいったような顔をした。それは彼女が純を追い回すには十分足る理由だったからだ。


「ふふ。そういうことか。そういうことだったのか」

「そういうことよ。私は十年前に死んだことになっている、守護神のリーダー。どう?私の正体を知った感想は?」

「まさか、女だったとはな」

「言っとくけど、私は今のあなたが嫌い。今あなたがいる場所にはかつて私がいた。ほのかをはじめ、メンバーに囲まれていたのは昔の私。その場所は、ほのかたちは返してもらう。今日はそれだけ。知りたいこともわかったし。じゃあね」

「おい、待て。これを剥がしていけ!」

「言われなくてもそのつもりよ」


そう言って彼女は純のもとから去っていく。彼女が遠くから携帯電話をかざすと、それに合わせるように純の近くで爆発が起きた。舞い上がる煙になかに純の姿は消える。


「どうせこれでも死なないんでしょ。気持ち悪い」

葵はそう言い残して歩き去っていく。

「体は無傷でも、服はボロボロになるんだよ。クソが」

残された純は一人悪態をついていた。


◇◇◇


雷のマテリアル、神山瞬。炎のマテリアル、火渡刻。


この二人は次の任務を任されていた。そして今はある場所へと向かっている。


「今回は俺が一人で片付ける。お前は極力手を出すな。いいな、刻」


彼らが狙うのは、純たちだった。様々な思いが交錯するなか、次のステージが幕をあげた。



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