第七章3 『水沢慧という女の子③』
水沢慧、灯月和音、連城ほのか、江崎詩、天野光流、浦川孝樹は守護神のメンバーだった。これに火の元素融合体である火渡刻と今はもう既にいないクロを入れると全員揃う。けれども、それはもう叶わない。
その事を知って、当時まだ小学生だったメンバーは悲しんだ。悲しんだけど事実は変わらなかった。
クロがいなくなって、光流が代わりに守護神のリーダーになろうとした。努力したけど空白は埋められなかった。
みんなはその時から一種の虚無感を抱いた。抱いたけどそれは長い時間と新しい環境が解決してしまった。
だから、守護神は空中分解するに至った。それはまるで、長い間手入れしていない自転車が雨水にさらされて錆びていくように。それはまるで、せっかく買った本が読まれることなく積まれ埋もれていくように。一度そういう状況を受け入れてしまうとズルズルと歯止めが効かなくなった。
ところが、不思議な引力が働いたのか、それとも誰かがこの状況を望んだのか、今この場で顔を会わせているのは、あの日お互いに背を向けたはずのメンバーだった。
少なくともその事をメンバーの多くは嬉しく思っていた。
◇◇◇
事件から数日が経った。
ことの大きさから隠し通すことができるはずもなく、今までと比べて大きくこの事は取り上げられた。ゲームの中にいるようなモンスターが多数出現し、建物を破壊した。それだけでも危険視されることである。
しかし、最も問題となったのは、光流たちのような『力を持つ者の存在』だった。直接彼らが非難されることは少なかったが、実際問題としてそういうものはこの世界の異物として排除されるべきであるのは当人たちも同じ気持ちだった。ただ手段として同様の力を使っているというだけ。けれども、この世界にはもうひとつの力があった。政府側の元素融合体である。
もちろん、今までがそうであったように、光流たちと元素融合体は相容れない。そういう理由から、この時を境に今まで以上に二つの対立がより明確に展開されていくのであった。
ーー所変わって、神箜第二学園の生徒会室
この場所には生徒会役員の他に、よく部外者が立ち入る場所であった。笹原真美、浦川孝樹、江崎詩、灯月和音がそうである。この場所にまた一人、部外者のが加わった。それは水沢慧である。
「みなさん、改めてお久しぶりです。十年ぶりかな?」
慧は頭を下げる。相手は昔の守護神のメンバーだった。
「おうよ。連絡がつかないからちょっとだけ心配してたんだぞ」
「ボク、携帯電話持ってないから……」
孝樹が慧の背中に手をまわしながら嬉しそうに言った。慧は少し首をかしげながら真面目に答える。
嬉しそうだったのは孝樹だけではない。みんなが昔のように慧の周りに集まっていた。四方八方から声をかけられて、そちらに顔を向けるため、その度に長い髪が揺れた。和音が言った。
「そういえば、きれいな髪だね。昔は短かったから別人みたいだよ」
「ん?髪。誰の?」
慧は真面目な顔で言った。
「何言ってるの?慧ちゃんのだよ」
和音は不思議そうな顔をしながら答える。慧はそう言われて自分の髪をさわり、そこで初めて自分の髪の長さを知ったような顔をした。慧は昔から自分が興味を示さないものにはとことん無頓着だった。だから自分の髪に対してもそういう気持ちだったのかもしれない。
「ボクの髪ってこんなに長かったんだ」
「でも似合ってるよ」
「……邪魔だな」
慧は和音の言葉が聞こえなかったように、唐突にそういうと、ハサミに手を伸ばす。そしてそれを自分の髪に当てた。その目は至って真面目だった。ザッザッという音と共に長い髪が床に落ちる。
「何してるんですか、慧さん!」
詩がびっくりして声をあげた。
「ん?髪を切ってるだけだよ」
慧は何でそんなことを聞くのか、という表情で返した。
「いいんですか?伸ばしてたりしてたんじゃないんですか?」
「別に。切るのも面倒だっただけだし。これで髪の手入れも楽になる」
慧は髪を切り終わると、右手で髪をグシャグシャにした。
「相変わらずだな、そういうところは」
孝樹が笑って言った。
「ところで、刻が火の元素融合体で、あの場所にいたって話は本当なの?」
慧は単刀直入に聞く。それは、今の慧にとってはとても重要なことだった。またとない機会を逃さないために和音たちについてこの生徒会室まで来たのだ。けれども、最初に反応したのはメンバーではなかった。
「本当だよ」
離れた場所から純が言った。
「なら、詳しく教えて」
慧は場所を移動して、純に詰め寄る。
「いいけど、その前に俺は君が水のマテリアルなのにあいつらの仲間じゃない理由から知りたいね。元素融合体についての情報が不足しているのはこっちも同じなんだ」
慧は一瞬口をつぐんだが、純の顔をもう一度見ると続けた。
「それは……ボクの父さん、水沢隆一は元素融合体の開発者で、父さんが研究チームの同僚の多くと意見を異としたから。つまり、研究所の内部でも派閥があってボクたちは研究をやめさせようと動いている側なんだ」
「『ボクたち』と言ったが、他に仲間がいるんだな?」
「うん。鋼のマテリアルの男の子と、研究員が二人いる。父さんは研究所に行ったっきり帰ってこない。捕まっているかもしくは殺されているか。調べようにもやつらは研究所の場所を移動させていた。人数が少なくて、それからやつらの尻尾を掴むことさえできていないんだ」
慧は悔しそうに言った。
「だから、元素融合体に関する情報はどんな些細なことでもいいから教えてほしいんだ」
切実な目をして、慧は頭を下げていた。純も口を開く。
「事情はわかった。でも……俺たちもさっき言った情報以外は知らないんだ」
それでも、慧はめげなかった。
「だったら、ボクに君たちを監視させてほしい。理由は、もし元素融合体が次に現れるとすれば……」
「俺たちのところだから、か」
「そういうこと」
純は続けた。
「確かに、俺たちがやつらに狙われる理由が十二分にあるからな。いいよ。むしろ、こっちにも元素融合体がいてくれた方が心強い。協力しよう」
「本当!」
「本当だよ。俺を信じろ」
純はにっこりと笑うと、慧へと手を差し出した。
◇◇◇
ーーここはフェンリルが封印されている場所。
そこは居場所のない悪魔たちの溜まり場になっていた。しかし、集まってはいるが決して仲間ではない。彼らは交わることのない孤高の存在なのだ。そこに一人の来客。
「おい、シャドウ!」
姿を現したのは仮面の男、ジョーカー。もちろん中身は真島純である。
「おう、ジョーカー。ちょうどお前の話をしていたところなんだ。おもしろいなって」
シャドウはソファに座ったまま、ふんぞり返って返事をした。他の悪魔は遠目に彼らを見ている。ジョーカーは言った。
「余計なことを。お前があんなことをしてくれたお陰で、俺たちが元素融合体に目をつけられた。俺が今まで築いてきたものを潰す気か?どうしてくれる?」
「ああ?お前にどうこういわれる筋合いはないはずだが。気に触ったか?」
「お前は何もわかってない。いいか。重要なのは力の均衡だ。互いが互いの抑止力となるべきで決して交わってはいけない。その状態が一番なんだ。その為に異能の力を広い範囲に拡散させて、元素融合体が一ヶ所に集まるようなことがないようにしていたんだ。けれども、それももう望めない。今回の一件で、やつらはきっと俺たちを潰しにかかりに来るだろう」
「そりゃ大変だ」
シャドウは興味無さそうにいい放った。けれども、ジョーカーは口の端を吊り上げるだけで、不安そうな顔も、怒りに満ちた表情も見せない。
「フフフフ。まあいい。遅かれ早かれやつらとはいずれ交わることは避けられないとは思っていた。その時の計画もちゃんと考えてある。ならばその作戦を実行するまでだ。できれば元素融合体についてもっと詳しく知ってからの方がよかったが。やつらも俺の固有スキルを使って、俺の支配下におけば、両者共存が可能だ」
「勝てるのか?あいつら結構野蛮だぞ。正義を振りかざしてるだけの暴力集団だ」
「戦うのは俺じゃない。俺の手駒だ。俺はそれを操作するキング。楽しいゲームを見せてあげるよ」
ジョーカーは再び笑うと、静かにその姿を消した。
◇◇◇
ーー研究所にて
「ハッ!」
一人の少年が、ターゲットを破壊すると、爆発音が広い室内に響いた。彼は元素融合体の一人だった。彼には力がある。彼には任務がある。そして、彼には守りたい人がいる。そのための訓練だった。訓練所から出ると、服装を整える。
「ありがとう。いつも助かるよ」
ペンダントを首にかけながら、少年は側にいた若い研究者に礼を言う。向こうも丁寧に頭を下げた。部屋を出ると、長い廊下を歩いていく。今この研究所は『キョウジュ』とみんなから呼ばれている人物がトップにいる。その人から部屋に来るようにことづてをもらっていた。部屋の前に来ると、カードリーダーをかざしてロックを解除した。
「キョウジュ。何ですか?」
「おお、神山瞬か」
キョウジュは神山瞬と呼ばれた少年に向かって、一枚の写真を投げた。
「新しい任務だよ。この男を狩ってこい。こいつの周りにいる怪しいやつも含めてな。お前の雷の力には期待しているんだ」
少年は写真を見る。写真の男は天野光流。少年はこの男を直接は知らない。けれども、こいつが起こした事件は聞き及んでいた。近い場所で起こったこともあって、強い憎しみを感じていた。少年は言った。
「簡単ですよ。一般人の安全を脅かす存在はいらない」
少年は方向転換を行うと、部屋をあとにする。彼の胸にあるペンダントには小さな女の子と二人で写った写真が飾られていた。




